保護者と解決②

 とうとう土曜日がやってきた。今日、私の処分が決まる。


 休日の学校に向かう足取りはいつもよりずっと重くて、憂鬱だ。


 それは休日なのに学校に来ることに憂鬱さを感じているのではなく、これから始まる話し合いに対してだ。


 お仕事で忙しいのに、パパも来てくれる。


 私は沢山の人に迷惑をかけてしまっている。お兄さんにだって。


 学校に入る前の長くて勾配の急な坂が、いつもよりしんどく感じる。


「はぁ……」


 緊張してきた。上手く説得できるだろうか。


 パパは少し遅れるみたいだから、私一人で先に行って待ってなきゃいけない。


 その間に、少しでも校長先生を説得してやる。私はなんとしてでも、お兄さんと離れ離れになりたくないから。


 一階の廊下を少し奥に進んだら、偉そうに一番奥にある校長室。さらにその部屋の奥、偉そうな大きな椅子に座っているのが、偉そうな校長先生。


 深呼吸して、ドアをゆっくり三回ノックする。


 たしかこういう偉そうな人がいるところに入る時は、ノックはゆっくり三回するのがいいと聞いたことがあるから。


「お邪魔します」


 しまった。ついいつもお兄さんの家に忍び込む時と同じ挨拶をしてしまった。思い返せばそもそもお邪魔しますも言ったことなかったけど。


「座って待っていて下さい。お父様ももうすぐ来られるそうです」


 校長先生はやっぱり偉そうに偉そうな椅子で座っていた。私はそんな校長先生に促されたソファに腰掛けることなく、机に広げられたお兄さんと私が映った写真を手にして。


「この人と私は、何もありません! ただの隣人です!」


 今一度、告げる。


 ただの隣人。そういった私の手には、お兄さんの腕に絡みつく私が映っていて。


「君、本気でこれがなにもないと? いい加減にしてください。私だって我が校の生徒に援助交際をしている子がいるとは思いたくないんです。でも、これは第三者が撮った紛れもない事実でしょう?」


 よりにもよってこの写真を突きつけてしまったのはミスだ。


 どうすれば、濡れ衣だとわかってもらえるのか。


 仲の良い、ただの隣人なのに。


「私だって大事にはしたくないんです。でもねぇ、誰が撮ったのかもわからない写真に、本当に援助交際ではないという証拠がない」


 校長先生の言ってることは正しい。それはわかっている。だからって、お兄さんとの日々を捨てたくなんてない。


 私にとって、お兄さんとの日々は何にも代えられない宝物なんだ。


「でも……」


「でもでどうにかならないんですよ」


 もう、ダメだ。


 校長先生はもう、話を聞く気がない。


 疑わしきは罰せよの考えで、私の意見など聞き入れてくれていない。


 もう、お兄さんには会えないのか。そんなの嫌だ。嫌だけど、どうしたらいいの……。


「お兄さん……」


 呟くように溢れたその言葉の先には、ドアを三回叩く音が続いて。


「入ってください」


 パパが来たんだ、そう思って振り向いた先には、ずっと待ち望んだ、心から求めた人がいた。


 ずっと会いたかった人。側に居たい人。


「お兄さん!」


 あの時と一緒だ。私たちが、初めて会ったあの日から、何も変わらない。


 変わらないまま、大好きなお兄さん。


「君は……!」


 校長先生が写真とお兄さんを交互に見て目を見開く。それもそのはずだ。まさか問題になっていたお兄さんが、自分からやってくるなんて思いもしないだろう。


「ただの、隣人です」


 面倒ごとを嫌うお兄さんなのに、わざわざ駆けつけてくれたのは、自分が社会的に死ぬのを防ぐため?


 それとも。


「俺たちはただの隣人です。本当に少し仲が良いだけなんです。信じてください。それになんでこんな奴と俺が……」


「ちょっとお兄さん、こんな奴ってなに? 私のどこらへんがダメなんですかー! スーパー美少女JK七葉なのはちゃんだよ!?」


「うるせぇ今そんなこと言ってる場合じゃねぇだろうが!」


「先に言ったのはお兄さんじゃん!」


「文句あんなら普段からもっと素直にしとけ!」


「素直だもん! お兄さんこそ素直になんなよ! 本当は私が美少女過ぎて照れ隠しにこんなやつとか言ってんじゃないの!?」


「お前助けに来てやったのに良い度胸してんなぁ!?」


「別に頼んでないもん! べー!」


「うおっほん! ……二人とも、お静かに」


「「あ、すみません」」


 久しぶりにお兄さんとまとも(?)に話せて、ついついヒートアップしてしまった。


 校長先生に言われるまで周りの状況が全く理解できていなかったことに、反省しなければ。


 お兄さんは助けに来てくれたと言った。でも、正直お兄さんが来たら余計に私たちの関係が疑われるだけだ。


 なのにどうしてだろう、こんなに心強くて、安心できてしまうのは。


「七葉、久しぶり」


「パパ、そんなに久しぶりでもないよ」


 パパは過保護だから、三日以上会わないと久しぶり認定になる。


 そんな親バカのパパと、私、そしてお兄さんを加えた三人でソファに座り、校長先生の説得に入る。


「校長先生、初めまして。七葉の父です」


「初めまして。校長です」


 なんでそこで名前ではなく役職で答えるのか。


 この校長先生、自分が校長であることを自慢に思っているんだろうな。


「校長先生に、伝えておきたいことがあり、今日は来させて頂きました」


 パパのこんなよそ行きな話し方、初めて聞いたかもしれない。普段はもっとおちゃらけていて、私によく似ているのに。


「彼には、私自身から七葉のことをよろしくとお願いしています。だから、一緒にいるのも私からの願いなのです。彼には信用を置いているので、どうかもう少し、仲の良い隣人同士として様子を見ていただけないでしょうか?」


 私のことをよろしく、なんて伝えていたのか、知らなかった。そもそもお兄さんはパパにとつて、娘の隣人の弟という立場だったはず。でも、今こうしてパパとお兄さんは一緒にここにきた。


 ここに来るまでになにがあったのかはわからない。でも、隣人ということはパパももうわかっているみたいだ。


「すみませんが、全ての決定権はもうじき来る理事長が決めることになっています」


 校長先生が偉そうにしていたから、てっきり校長先生が全部決めるのかと思っていたけど、どうやらまだ偉い人がいるらしい。


 その校長先生の言葉に反応するように、廊下から足音が、この部屋に近づいてくる。


 テクテクテク、カツカツカツ。


 二種類の足音がある。一つは革靴の重い音。重さからして男の人っぽい。そしてもう一つは、子供? 軽い、楽しそうな足音。


 足音が校長室の前で止まり、それに反応するように偉そうに座っていた校長先生が飛び上がり、ドアが開く。


「やあやあ、お待たせしました」


「やあやあ!」


 現れたのは、見覚えのあるツルツルの頭と、可愛い女の子。


「あー! おじさんとねーねだ!」


 私とお兄さんは知っている女の子。それとツルツルの人。


 夏休みに出かけた水族館で、迷子になっていたりんちゃんだ。それとツルツルの人。


「おじさんじゃねぇって……」


「おや、あなたたちは、りんちゃんを見つけてくれた……!」


「理事長、お知り合いですか?」


 どうやらこのツルツルの人が、理事長らしい。じゃありんちゃんは理事長の孫ってことか、御令嬢じゃん。


「この方たちが今回の件の?」


「ええ、そうです」


「まさかあなた達とこんな形で再開できるとは思いませんでした」


 理事長はお兄さんと握手しながら、笑顔で対応する。


「理事長さん、俺たちは本当に疾しい関係じゃないんです。信じてください」


「僕からもお願いします。娘と苺谷いちごたにさんを信じていただけないでしょうか?」


 お兄さんとパパと私はまっすぐな目で訴える。手を合わせて願った。どうか、私からお兄さんのいる日常を奪わないでほしいと。


「あなた達には恩があります。親御さんのご了承得ているようですね。それに、何人もの人が見て見ぬふりをした迷子のりんちゃんを、助けてくれた。そんな人を、私は信用します。ですが、流石に無条件で見逃せるほど小さな問題でもありません」


 理事長は首より上に生えてある唯一の毛である髭を触りながら。


「少しの間は、様子を見るという形をとります。もしもまた、このようなことがあれば、その時はしっかりと処罰を受けて頂きます」


 つまりは、今回は見送りということで。


「お兄さん!」


「七葉!」


「「っし!!」」


 二人でハイタッチをした音が、静かな校長室に響いて。


「お静かに」


「「あ、すみません」」


 何はともあれ、今回はとりあえず見送りになった。


 でも、まだなにも解決していないことがある。それを解決しない限り、私たちの関係はまたすぐにかき回されることになる。


 写真と怪文書を学校のポストに入れた犯人、その犯人が堀川ほりかわくんであると、証明しなければいけない。そして、もうやめるようにお願いしないと。


「おじさんおこられてたの? ださーい」


「うるせぇな、大人を揶揄うなよ」


 お兄さんとりんちゃんが戯れている間に、私は一人、校長室を出て校門に向かう。


 堀川くんに、校門前に来てほしいと送ったLINEには、昨日の時点で既読がつき、『わかった!』と返事も来ている。時間も伝えたし、もういるはず。


「やあ、こんにちは花咲はなさきさん」


「堀川くん。やっぱり君だったんだよね」


 堀川くんに、黒縁のメガネを突きつける。


「あのアパート、防犯カメラがついてて、そこに堀川くんが映ってた。全部、堀川くんの仕業だったんだよね」


「な、なにを言っているんだい? 僕は君たちを撮ったりしてないよ?」


「ほら今、『君たち』って言ったよね。私、別になにも言ってないのに」


 本当はアパートにカメラなんて付いていない。ただ、かまをかけるための嘘だ。


 それなのに、堀川くんの動揺具合。そして私だけではなく、複数人の写真を撮ったという事実を知っている。


 そもそも、堀川くんは私の部屋が誰かに覗かれていたことも知らないのに。


「どうして……どうして!!」


「えっ……」


 堀川くんが私の腕を掴み、充血させた目を見開いて顔を近づけてくる。


 怖い。優しかった堀川くんの面影なんてそこにはなくて。


「僕はこんなにも君をすきなのに! あんな奴を選ぶくらいなら、僕を選びなよ! 僕なら君を幸せにしてあげられる! 君たちの関係は誰も認めてくれないよ!」


 怖くて脚が動かない。腕を掴んできている手を、振り解く力も入らない。


 でも、堀川くんはどんどん近づけてきて。


「僕のものにならないなら……!」


 腕を振り上げて、私目掛けて。


「おい、なにやってんだ」


 振り下ろされる直前に、男らしい腕がそれを阻止して。


「お前だろ、盗撮犯」


「ち、違うっ! 僕じゃない!」


「馬鹿野郎。今のみんな見てたんだよ。もう、言い逃れ出来ねぇぞ」


 お兄さんの後ろには、パパも、校長先生も、理事長も、りんちゃんも。


「君が、写真と怪文書の?」


「……っ! そうだよ! 僕は正しいことをしただけだ! このおじさんが七葉ちゃんを誑かしたから!」


「違うよ、堀川くん」


「えっ……?」


「私は自分からこのおじさんに関わってるの。このおじさんはむしろ、被害者みたいなものだよ」


「だからおじさんじゃねぇよ……」


 堀川くんも、私のその言葉でようやく冷静さを取り戻して、というかなんかがっくりしてて、全部を諦めたような。


「君は少し校長室で話そうか」


 お兄さんから堀川くんを預かった校長先生と理事長が、校舎内に消えていく。


「かっこよかったね! おにーさん!」


 りんちゃんも、後に続いて。


「ようやくお兄さん呼びかよ。あのやろう」


「ありがとう、お兄さん。また助けられちゃったね」


「は? また? なんのことだよ」


「んーん、なんでもないっ」


 お兄さんは忘れてしまっているけれど、私は初めて会ったあの日から、お兄さんにお世話になりっぱなしだよ。


 だから、今日くらいは照れくさいけど、ちゃんと伝えなきゃいけない。


「お兄さん、いつもありがとう」


「なんだよ急に……」


「にっしし~。照れた? 今照れたでしょ!?」


「照れてねぇよ!」


 結局また揶揄ってしまった。でも、これが本来の私たちの関係であるような気がして、安心する。やっと、戻ってきたんだ、って。


「そういえば、なんでパパとお兄さんが一緒に?」


「苺谷さんから呼ばれてね。娘をくれ、って」


「んなこといってない!」


 お兄さんが恥ずかしそうにパパを止める。何を恥ずかしがってるのかわからないけれど、パパもニヤニヤしているし、とりあえずは問題なさそうだ。


「いやぁ蓮太郎れんたろうくん、まさか君がうちの娘をそこまで思ってくれているなんてねぇ? にっしし~」


「あんたら親子だなぁ!?」


「え~! お兄さんなんて言ったの!? パパ教えて!」


「くそ、お前らやめろぉ!!」


 これからも私たちがこうして関わっていくことで、今回みたいなことになるかもしれない。でも、それでも私はお兄さんと一緒にいたい。


 今はまだ恥ずかしくて言えないけれど、お兄さんが大好きだから。

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