後輩とライバル①

 俺の住むアパートの一室には、悪魔が住んでいる。


 実際は悪魔ではなく、女子高生だ。でも、あいつはもしかすれば女子高生のフリをした悪魔なのかもしれない。


 ほぼ毎日俺の家に来て、ご飯を食べたり、俺を揶揄からかったり、テレビを独占したりして、俺の嫌がることを制覇せいはしてくる。


 そんな隣人JKの七葉の他に、なんだか近頃俺にやたらとちょっかいをかけてくる女がいる。


「せんぱ~い、お昼行きましょうよ~」


 会社の後輩、森下菜摘もりしたなつみだ。


 森下は仕事上俺と関わることは今までそう多くはなかった。なのに最近になって、よく話しかけてくるようになり、お昼ご飯に誘ってくるようになり、俺は別に用もないからいらないと言ったのに無理矢理LINEの交換もさせられた。


 送ってくる内容も夜中の三時に「先輩まだ起きてるんですか? 明日寝坊しますよ?」という内容だったりする。勿論俺は夜中の三時に起きているわけではない。


 森下がスタンプを連打してきて、起こしてくる。


 なにか急ぎの用があるのだと思い、すぐに返信したらさっきのような内容のメッセージがくる。本当にタチが悪い。


 そこまでして俺を揶揄ってなにになるんだろうか。俺先輩だし、なんでこんなに揶揄われてんだかわからん。


「昼は弁当だって言ってんだろ、他当たれ」


「先輩がいいんですよ~、私、先輩とご飯食べたいです……♡」


 ♡じゃねぇよ。揶揄い方まで七葉に似ている森下といると、会社なのに七葉に揶揄われているようでなんだか気が抜けない。


 というかそもそもここは会社だから気は抜いてなんかないが。


「ん~、まあ家庭的なところがあるのはいいことですからね、見逃してあげます」


 なんでこいつこんなに態度でかいんだよ。俺、先輩だぞ。


 別に先輩風吹かせたいわけでもないし、偉くなりたいわけでもないから、なにも言わないけど。


 森下は会社内で有名人だ。なぜ有名なのか、それは森下の人懐っこい性格などがあってだろう。


 関わる人間を全て魅了していく森下は、会社内でアイドルのような扱いを受けている。


 本人はそのことに気付いているのだろうか、わからない。男性社員はみんな森下に甘い。理由はおそらく、みんなの反応を見る限りは下心だ。


 森下は男が好みそうな良い体をしている。本当にアイドルみたいだ、グラビアの。みんなが鼻の下を伸ばしてしまうのにも、納得する。


 でもそんな良いところを全て台無しにしているのが、あの揶揄いだ。俺はあんなやつには屈しない。どうしても七葉と被ってしまって、『森下に下心を見せる』それはイコールで『七葉に下心を見せる』ということになってしまうほどに、こいつらは似ている。


 見た目が似ているわけではなく、なんというか、属性みたいなものが。


「お昼は見逃しますけど、夜は一緒に食べましょう」


 夜。いつもは七葉と、俺の家で食べている。


 そして今日も、食材は買ってあるし、きっと七葉はいつも通りに忍び込んで待っているだろう。


 もしも俺が森下と外で食べて帰るようなことになれば、七葉の夕食はどうなる。あいつはいつも俺が作るのを待っているから、きっと何も食べずに俺の帰りを待つことになるだろう。


 身近にいる大人として、高校生にそんな思いをさせるわけにはいかない。別にあいつと食べたいとか、そういうんじゃない。


 だから森下のこの誘いを、俺はどうにか理由をつけて断らなければならない。


 でも「家で女子高生が待ってるから」なんて言えるわけないし、どう言えばいい。ここはあえてシンプルに行こう。いくら森下でも、先輩に対してそうしつこくはこないだろう。


「家に作り置きしてるんだ。今日食べないと、腐っちまう。だから他あたってくれ」


 決まった。これで、俺は無事に家で七葉と夕食を食べることができる。おっと、この言い方だとまるで七葉と一緒に食べるのを待ち遠しく思っているみたいだな、断じて違う。


 俺のそんな浅はかな企みは、この二代目七葉には通用しなくて。


「そうですか~、じゃあ先輩のお家で食べますか!」


 なぜそうなる。


 まさかの返しに俺は何も言えず、森下が「じゃあ定時になったら声かけますね~」と言って離れていってから、ようやく声が出る。


「っておい!」


 なぜそうなる……。


 このままでは森下が俺の家に来て、七葉と鉢合わせてしまう。


 七葉に連絡して、今日は来ないように伝えることも考えたが、きっと伝えたらあいつは喜んで邪魔してくる。


 俺が困ることを喜んでするあいつだから、来るなと言えばきっと来る。


 そうなれば、七葉と森下が鉢合わせてしまうわけで。


「やばいことになった……」


 どうにかして、森下が来るのを阻止しなければならない。でも森下は七葉と同じくらいの自由さをほこる困った奴だ。


 多分俺がどう抵抗しても、勝手に上がり込んでくるのだろう。


 だったらいっそ、堂々としてみたらどうだろうか?


 隣人の女子高生と一緒にご飯を食べるなんて、普通だ。なにもおかしなことはない。それなのになぜお前はそんなに驚いているんだ? とか言ってやればいい。


 うん、そうしよう。


 それならきっと、なんとかなるんじゃないか。


 そんなふうに考えた俺は、きっとどうかしていたんだろう。


「先輩が女子高生誘拐してたなんて……」


 俺の家に入った森下の第一声がそれだった。

 まあ、なんとかなるわけないよな、冷静に考えて。


「お兄さん、この人誰? 彼女?」


 森下もそうだが七葉も、どうしてそんな誤解をするんだ。


 俺が女子高生を誘拐するわけないし、森下が俺の彼女だなんてありえないに決まっているだろう。


「誘拐じゃないし彼女じゃない!」


「「なんだ……よかった」」


 なんだよこいつら息ぴったりかよ。


 先輩が誘拐犯じゃないと知って「よかった」と安堵する森下の気持ちはわかるが、どうして森下が彼女じゃないと知って七葉も「よかった」と言っているのかわからない。


「とりあえず、飯にするか……」


 帰れと言ってもどうせ聞かないし、俺は仕方なく三人前の食事を用意することにした。

 隣人の女子高生と会社の後輩と、どういうメンバーだよ。


「お兄さん、手伝うよ」


「先輩、手伝いますよ」


 二人が俺を挟むようににらみ合う。なに、なんで喧嘩になってんの。


「七葉ちゃんだっけ? なんで隣人の七葉ちゃんが先輩の家でご飯食べるの〜?」


「お兄さんが一人じゃ寂しいだろうから、毎日来てあげてるんですよ~」


 別に寂しくはないんだけどな。


 それとさっきから火花みたいなものが見えるんだけど、幻覚?


「だったら今日は私がいるし、七葉ちゃんは帰ってもいいよ?」


「お兄さんがいてほしいって言うからいるんです」


「もうお前ら二人とも座ってろ!!」


 二人の腕を引いて椅子に座らせる。


 この調子で俺を挟んで喧嘩されたらたまったもんじゃない。大人しく待たせておく。大人しく、できるよな?



 三人前の夕食を作り終えて、テーブルに並べる頃にはなにがあったのか、二人は隣に並んで座っていた。でも決して仲が良くなったわけではなく、険悪なムードは少し残っているように感じる。


「なにがあった?」


「なにも」


 不機嫌に七葉が答える。絶対なにかあっただろ。


「なんなんだよ……」


「これが妥協点です」


 森下がニヤつきながら言った。


 なんの妥協点なのかはさっぱりわからないけど、喧嘩にならないならそれでいい。


 食事に手をつけようとして、飲み物を用意していないことに気付いた。


 七葉も同時に気付いたようで、俺より素早く冷蔵庫に向かった。でもきっと、この険悪ムードだし、七葉は森下の分は用意しないんじゃないか、そう思って、俺も立ち上がった時。


「菜摘さん何飲みますか? 水と緑茶がありますけど」


「緑茶にしようかな、ありがとう」


「……」


 喧嘩してたんじゃないのか。いつの間にか七葉は菜摘さんって呼んでるし、普通に仲良さそうだな。俺の気にしすぎだったのかもしれない。


「なにへんな顔してるんですか? 先輩、一緒の食卓に私がいるからコーフンしちゃいました?」


「してねぇよ!」


「お兄さんは水だよね」


 俺の前に水の入ったコップを置いた七葉が言う。七葉とはもう何度も食事を共にしているから、俺のことをよくわかっている。


 なぜかそのやりとりを見て森下が膨れているのが意味不明だ。それと七葉はなんでドヤ顔なんだよ。


「お前ら、本当はなにかあったんだろ?」


「「なにも」」


 ほら、なにかあったよこれ。


「お兄さん、早くご飯食べようよ」


「そうですよ先輩。せっかくの料理が冷めちゃいますよ」


「だな、さっさと食べちまおう」


 そして俺は、どうしてこうなったのか、隣人の女子高生と会社の後輩と三人で食卓を囲んだのだった。本当にどうなってるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る