風鈴とゲームセンター②

「はーいお兄さんウノって言ってなーい!!」


 私がお兄さんにプレゼントした向日葵ひまわり風鈴ふうりんがちりんちりんと綺麗な音を奏で、お兄さんが汗だくになりながら抱えて持って帰ってきた扇風機の風が私を冷やす。


「くっそ、うぜぇ……」


 私が扇風機の前を占領しているから、お兄さんは首にタオルを巻きながら私とunoをしている。


「お兄さん、そんな凡ミスで勝ちを逃すなんて、ほんとどんくさいね?」


「やかましいわ」


 ホームセンターから帰ってきた私たちは扇風機を組み立てて、暇を持て余していた。


 お昼ごはんも食べたし、ソフトクリームも食べた。時刻は四時という夕食にはまだ中途半端な時間。


「そういや、この近くにゲームセンターができたらしいな」


 そんな私の思考を読んだかのようにお兄さんがそう呟く。


 そんなの、行くしかないじゃないか。


「お兄さん、いこっ!」


 もちろんお兄さんは少し嫌そうな顔をする。ほんとは私とデートしたいくせに、そうやってとりあえず嫌そうな顔をするのがなんだか愛おしい。こういうのを推しがとおと》いというんだろう。


「いかねぇよ」


「えーなんで!」


「ゲームセンターだぞ、お前の同級生とかもいんだろ。 なんか勘違いされたらどうすんだ」


「私はいいよ? お兄さんとなら……♡」


「俺がよくねぇんだよ!」


 自分からゲームセンターの存在を提示しておいて行かないなんて言わせない。でもお兄さんについてこさせる方法なんてあるのだろうか。


 お兄さんは頑固がんこだし、負けず嫌いだから、きっと押すだけじゃだめだ。


 お兄さんは頑固なうえに負けず嫌い……そうだ、それを利用してやる。


「お兄さん、私にゲームで負けるのが怖いんだ?」


「……は?」


 かかった。


「そうやって言い訳つけて私との勝負を避けてるんだよね? 例えば誰かに勘違いされたとしても、お兄ちゃんだとか適当に誤魔化ごまかせるのに、お兄さんはそんなに私に勝てる自信がないんだね?」


「……」


 私を見て固まるお兄さん。これは、我慢している顔だ。


 理性ではこんな挑発ちょうせんに動じるなと思っていても、本能では私にゲームで一泡吹かせてやりたいとうずうずしている、そんな顔。


 ここまではお兄さんの「負けず嫌い」な部分利用してやった。ここからは、お兄さんの「頑固」な部分を利用してやる。


「もう、わかったよ。諦めて一人で行くよ。でもさ、あのゲームセンター変な人が声かけてくるらしいんだよね」


「変な人?」


 くいついた。


「友達が言ってた、強引にナンパしてくるって。私怖いよ~」


 まずゲームで負けることを恐れているのかとあおることで、お兄さん自身が行きたくなる理由をつくる。そして次にお兄さんと私が一緒に行く言い訳を与えてあげる。


「それなら仕方ねぇな、そんなあぶねぇ場所に隣人のお前を一人で行かせて、もしなにかあったら俺が後味悪いしな。しかたない。そう、これは仕方ないことだ。……夕食までの暇つぶしだぞ」


 お兄さんは一体誰に言い訳しているんだろう。自分自身を騙すように「俺は悪くない、俺は悪くない」と、そう言い聞かせているようにしか聞こえない。


「うんっ! ありがとう、お兄さん!」


 ごねているようにみせつつ、自分がわくわくした表情になっていることに、お兄さんは気付いていない。そんなところが、可愛いんだよなぁ。




 ゲームセンターは休日と夕方ということもあって、中学生や高校生であふれていた。


 そんな場所に私と来ることは、お兄さんにとってやっぱり少し怖かったりもするのだろうか。心配してお兄さんの表情をうかがうが、そんな心配いらないくらいに目がキラキラと輝いていて。


「アリオカートからやろうよ」


「ま、まあお前がやりたいならいいぞ」


 ほんと、めんどくさいくらいに可愛い人だ。


「私はカッパ様を使うよ! トゲトゲしてて可愛いし!」


 背中の甲羅こうらにいくつも殺傷さっしょう能力の高そうなトゲトゲを生やした魔王のキャラクター選択して、次にゲーム内でアイコンとして使われる顔写真の撮影に移る。


「お兄さんはどのキャラにするの?」


「どれが強いとかあんのか? 俺このゲームしたことなくてわかんねぇよ」


 アリオカートしたことない人なんているんだ……。国内だけに限らず世界でも有名なレーシングゲームなのに。


 でもここはお兄さんの無知を利用して揶揄からかってやろう。


「ピンク色のドレスを着たお姫様のキャラが一番強いよ。ほら、そのポーチ姫って子!」


「本当だろうな? いいのか、俺が使ったらお前の勝ち目なくなっちまうぞ」


 本当に知らないんだなお兄さん。初心者がどのキャラ使ったって大して何も変わらないのに。


「私は経験者だからね、譲ってあげる。キャラを選んだら写真撮影があるんだけど、上手く枠に収まれば収まるほど強くなれるよ!」


 本当はそんなボーナスはない。


 でもこう言うことでお兄さんはポーチ姫の髪型とドレスを着た写真を撮ることになって、それがレース中ずっと表示される。


「こ、こうか?」


 写真を撮っている段階でこんなに恥ずかしそうにしているんだから、レース中にずっとこの写真が表示されると知ったらレースどころではないだろう。勝利は私がもらった。


「よし、可愛く撮れたね」


「ってこれ関係ないんじゃ……しかも恥ずかしいじゃねぇか!」


 作戦通り。


「ほらお兄さん、レースが始まるよ! アクセル踏んで!」


 三、二、一、とカウントが進む。


 三から二に変わるあたりでアクセルを踏む。そうすることで私はお兄さんよりもスタートダッシュを早くきることができて……。


「あれ、お兄さんスタートダッシュはやっ!」


 なんか間違えて早めにんでしまっていたお兄さんが、奇跡的に私よりも早くスタートした。


 ゴールに向かう道中、私のアイコン写真がお兄さんの画面をジャックするアイテムでお兄さんを邪魔したり、逆に私が同じアイテムを投げられてポーチ姫化したお兄さんに爆笑したりして、お互いを邪魔しあった結果。


「二人で下位独占しちゃったね……」


「CPUに一位取られるなんて……」


「ほらお兄さん、気を取り直そう! 次は和太鼓の達人しよう!」


 これもゲームセンターといえばコレ、というくらいの人気のあるゲームだ。アリオカートと同じで、知らない人なんていないと言えるくらい有名だけど……。


「これは知ってるぞ。赤と青の顔を叩くやつだろ」


 知ってたけどなんか覚え方が独特だった。


「『ドン』と『カッ』だよ。『ドン』の時は和太鼓の表面を叩いて、『カッ』の時は和太鼓のふちを叩くの。ノーミスだったらフルコンボっていって、なんていうか……とにかく凄いの!」


「なるほどな」


 納得できたのか、お兄さんは和太鼓の前に立ち、素手でビシビシと叩き始める。


「こんな感じか?」


「お兄さん、そこに挿さってる棒で叩くんだよ……」


 薄々うすうすわかっていたけど、お兄さんって鈍感どんかんな上に天然なんだよなぁ。


 私たちはアリオカートの次に和太鼓の達人をすることにして、私が左の和太鼓に、お兄さんが右の和太鼓の前に並ぶ。


 店内を見渡せば高校生のカップルが多くいることに気付く。


 こうしてゲーム機の前に並んで、横にいるお兄さんを見上げてみると、やっぱり大人だなあと強く感じる。


 私の頭がある高さにはお兄さんの肩があって、服装はイマドキの高校生と比べるとお兄さんはかなり落ち着いたシンプルなもので、流行りとかは一切知らないんだろうけど無難な大人って感じがして。


 私たちがもしも同じ年に産まれていたら、制服を着て放課後にタピオカでも飲んでいたんだろうか。それも悪くないけれど、きっとお兄さんは高校生の時も流行りに鈍感だったんだろうな。


「おい、曲どれ選べばいいんだ」


「最初はお兄さんの好きなやつでいいよ」


 私は色んな曲を聴くから、大体なんでもわかる自信があった。


 でもお兄さんはきっと数ある曲の中でもほんの一部しか知らない。だから、譲ってあげたわけだけど。


「だめだ、わかるのがねぇ」


「なんで!?」


 それもそのはず、お兄さんが見ていたのはクラシックのジャンルだった。普段聞かないのにそんなのわかるわけがない。私だって聴かないからわからない。


「お兄さん、Jポップで探そうよ。ほら、これとかわかるんじゃない?」


 人気ドラマの主題歌で、曲もそうだけど可愛らしいダンスも人気を博した空野源そらのげんさんの愛という曲をお兄さんに聴かせる。


「ああ、これならわかる。純が踊ってたよ」


「よし、じゃあこれにしよう!」


 純さんではなく、お兄さんが踊っててほしかった。好きな人のダンスなんて需要じゅようかたまりではないか!


「ほら、始まるよ! 構えて!」


 お兄さんは難易度を『ふつう』に、私は『むずかしい』を選択した。ちなみに言うと、難易度は全てで五段階ある。『やさしい』、『ふつう』、『むずかしい』、『おに』、更に上には隠しステージ的な役割の『裏おに』という馬鹿みたいに難しい難易度のものも存在する。


 一度友達とふざけて挑戦して、全く動くことすらできずに曲が終わってしまったことがある。きっとあれは常人には無理なんだ。


 曲が始まって、思わず踊り出しそうな前奏から、歌いたくなるサビを通る。


 譜面ふめんが簡単になり余裕が出たらすかさずお兄さんの様子を伺うと、お兄さんはやはりこういうゲームはあまり得意じゃないみたいで、難易度は誰でも楽しく遊べる『ふつう』のはずなのに、何もできないでじたばたしていた。


「なんだよこれ、難しすぎだろ」


「お兄さん下手だな~」


 曲が終わり、スコア発表が始まる。


「お兄さんミスばっかりだね~」


「初めてなんだから仕方ないだろ!」


「初めてでももう少しマシなんだよ普通」


 どうやらお兄さんにはゲーム全般の才能がないらしい。今日のデートではそのことがわかって少し満足だ。でも、私にはゲームセンターにお兄さんと来たら必ずやっておきたいことがあった。


「ねぇねぇお兄さん」


「なんだ」


「最後にあれで遊ぼうよ」


 私はあえてソレの名前を口には出さない。どうせ出したってお兄さんは知らないだろうし、知ってたら知ってたで断られることは明白だから。


「あれって、プリクラか?」


「え、知ってるの?」


「アホか。プリクラ知らないヤツなんていねぇだろ」


 アリオカートも和太鼓の達人も全然知らなかった人が何言ってんだか。


「ま、せっかく来たしいいかもな。正直あまり得意じゃないけど」


 まさかお兄さんがプリクラを知っているなんて。それに知ってても反対しないのも意外だ。


 お兄さんのことだから、きっと嫌がるだろうと思ったのに。


「お兄さん、本当に撮ってくれるの?」


「なんだよ、いらねぇならやめとくぞ」


「ううんっ、撮ろっ!」


 どうしてこんなにも協力的なのかは知らないけれど、ここは大人しく一緒に撮ってもらおう。


 好きな人と一緒に撮れるプリクラなんて、宝物だ。


 機器の外側で四百円を投入して、撮影ブースの中に入ると、そこはもうカップルの空間になる。


 狭くて、カーテンのおかげで誰にも見られない空間が出来上がる。


「ここ、狭いな」


「お兄さんプリクラ撮ったことあるの?」


「葵と純と何回かあるぞ」


 たしかに、じゅんさんはきっと慣れてるしあおいさんも女の子だし、一緒にいるお兄さんも自然と撮る機会は増えるだろう。だったら経験があっても不思議ではない。


 最初は他の女性のきたことがあったのかと少しモヤモヤしてしまったけれど、お兄さんだしないかと安心してしまった。


「おい、始まるぞ」


 お馴染みのプリクラ機器の声でポーズの指定をされる。


『二人でくっついてピース!』


「お兄さん、もっと近づかなきゃ。そういう指令なんだからさ」


 これは思わぬハプニングだ。


 まさかこのプリ機、カップル専用の物だった。


 専用と言っても、カップルじゃなきゃ使ってはいけないわけではない。


 ただ、プリ機から出されるポーズの指令がカップル向けに出されるというもの。

 つまり、『二人でくっついてピース!』なんて、まだまだ序の口なわけで。


『手を繋いで見つめあって!』


 二つ目の指令。お兄さんは既に「は?」という顔になっている。


 でも不服そうに私の目を見つめながら手を繋いできて……くれたらいいのに。

 結局二枚目は無難に変顔をした。後でお兄さんの変顔をしっかりと拝むことにしよう。


『次は二人でハートを作って!』


「お兄さんハートだよ! ほら、私と合体して!」


 腕を大きく広げて半分のハートを作る。そこにお兄さんも恥じらいながら腕を広げて。


「できた! 完璧だね!」


 その後も指でハートを作ったり、ウインクをしたりした。


 私はプリクラを撮ってもらくがきはいつも人任せだったから、今回もらくがきは必要な最低限に済ますことにした。


「いいのか、そんだけで。純は原型なくなるくらい書いてたぞ」


「いいの。ありのままでも充分可愛いからね」


「自信満々だな」


 そういう意味じゃないんだけどね。


 せっかくの二人の思い出なんだから、余計なものはいらない。初めて撮ったプリクラ、初めて撮った写真。これはずっと、私の宝物だ。


「そろそろ帰るか」


「だね」


 印刷いんさつが終わり、二分割にして二人で分け合ったプリクラを見ながら歩く。

 少し前を行くお兄さんはすぐに財布の中にしまっていたけど、真顔のピースも、指示を無視した変顔も、顔を真っ赤にしながら二人で作ったハートも、私は目が離せないくらいに嬉しくて。


「そんなに撮りたかったなら」


「……?」


 お兄さんが立ち止まり、私を見て。


「また、来るか……?」


「うんっ!!」

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