雨と幼馴染④
お兄さんの幼馴染である
大変というのは、純さんがお兄さんを合コンに誘ってしまったことだ。
ベランダでこそこそ男子トークとか言っていたわりに、しっかりと小窓が開いていて会話の内容は筒抜けだった。
葵さんと恋バナで盛り上がっていたところに、「今度の合コン、本当についてくるだけでいいから、数合わせで来てくんね?」という純さんの声が聞こえてきて、私たちは固まった。
お兄さんの性格を考えると合コンなんてきっと行かないだろうけど、お兄さんがそもそも合コンという
行ってほしくなかったけれど、行かないでなんて言えるはずもなく、今日がその日。お兄さんが合コンに行ってしまう日だ。
私はというと、合コンの様子が気になって、二人の後をつけることにした。
「ごめんね、純が余計なことしちゃって」
葵さんが申し訳なさそうに言う。葵さんには、私の好意があっさり見抜かれて、「協力させてほしいの、七葉ちゃんの恋」と言われて、合コンにこっそり付いていくことに、付いてきてもらった。
やっぱり女性の勘は当たるんだろうか、お兄さんには全然気付いてもらえないのに、葵さんにはすぐバレてしまった。いや、お兄さんが
「気にしないで下さい。お兄さんが他の女の子の前ではどんな感じなのか、見てみたいですし!」
本当は凄く嫌だ。好きな人が合コンに行くなんて、最悪のイベントだ。できることなら行ってほしくない。でも、私に止める権利なんてない。彼女でも何でもない、ただの隣人なんだから。
「それと、ずっと気になってたんだけど……」
「……? どうしました?」
「それ、変装? 余計に目立ってるよ、ふふっ」
私たちは今、お兄さんと純さんの尾行をしている。だから、気付かれないように変装をしていこうと、二人で決めたんだけど……。
「どこが変ですか?」
私は今、お兄さんにバレないように普段あまり履かないデニムパンツに、上は白一色のTシャツというシンプルな組み合わせにしている。更にバレないように、黒のキャップ、メガネ、付け
「髭はいらないよ~、ははははっ」
「え、そうですか?」
変装といえば髭だと思っていた。
「
言われてみればそうかもしれない。ここは大人しく付け髭は外しておこう。ちょっと気に入ってたんだけどな……。でも、葵さんも私のことを言えないと思う。
葵さんの格好は明らかに男装だ。服装は勿論、ウィッグまで被って、これではただの男装だし目立つ。と言いたいけれど、凄くよく似合っている。身長も私より十センチほど高いから、私たちはカップルに見えるかもしれない。
「葵さん、男装似合いますね」
「そう? ありがとう」
「女の子にモテそうです」
「そうなの、女の子からよく告白されるんだよね」
それも納得できる。だって私も、葵さんのことをかっこいいと思っているから。流石に好きとまではいかないまでも、クラスにこんな男子がいて、お兄さんより先に出会っていたらわからなかったかもしれない。
「葵さん、彼氏いないんですか?」
「いないね。純の面倒見るので精一杯でそれどころじゃないよ」
まるで純さんは子供だ……。
でも、二人はなんだかお似合いのように思う。少し接しただけでわかるくらい純さんはチャラいし、子供っぽいし、きっと純さんの相手は苦労するだろうなと思うけど、葵さんなら上手く扱いそうだ。
「純さんはどうなんですか?」
「えっ!? ないない!! だって純だよ!?」
純だよ!? と言われてもそこまで純さんを知らないからわからないけれど、お兄さんの家で数時間接しただけで伝わるあの感じ、たしかに私なら「ない」と思う。でもどこか、母性をくすぐられるような感じもする。私はお兄さんみたいに優しくて頼れる人がいいけど、多分葵さんみたいな面倒見の良い人は、純さんみたいな人がいいんじゃないかな、とも思った。
「私はなんだか二人、良い感じに見えましたけどね~?」
「ないよ。ほら、二人見失っちゃうよ。行こう!」
二人の後を追う葵さんの後ろ姿が、お兄さんに照れて顔をそらす私と被って見えて、少し恋の匂いがした。
「じゃっ、自己紹介していこーか!」
純さんの合図で、合コンが始まった。
場所は私とお兄さんが住むアパートから徒歩二十分ほどの場所にある少しお洒落な居酒屋。私はオレンジジュースを、葵さんはビールを注文して、気付かれないようにお兄さん達を観察している。
「っぷはーっ! やっぱこれだわ~!」
葵さんが勢いよくジョッキのビールを飲み干して、早速二杯目を注文した。
私はまだ未成年だから、お酒を飲んだことがないけれど、葵さんの飲みっぷりを見ていると凄く美味しそうに見える。大人になったらお兄さんと一緒に飲みたいな。
「葵さん、お酒好きなんですか?」
「うんっ! 大好きだよ!」
これまで大人っぽくてダメなところが一切ない綺麗なお姉さんって感じだったけど、お酒を飲むと突然少年っぽくなった。なんだかギャップで可愛いな、と思える。このギャップはずるい。
そんなことより、本来の目的を見失ってはいけない。私たちの目的は合コンに来たお兄さん達の観察だ。
葵さんと一緒にお兄さんがいるテーブルを見た。
どうやら自己紹介が始まっているようで、純さんがスタートをきった。
「俺は純っていいます! あいりちゃんの会社の友達でーす! よろしく~!」
純さん、合コン慣れてるのかな。すっごいチャラい。
「ほら、
「あ、ども。
それと比べてお兄さんの慣れてなさがすごい。純さんが名前で名乗ったのに、苗字で名乗ってしまった。なんかこういうところも可愛くて好きだなぁ。
「えっと、ごめんね、こいつ慣れてなくてさ! 蓮太郎っていうんだ!」
「よろしくね蓮太郎くん。私はあいりっていいます」
「はいよろしくぅ〜!」
目の下にほくろがある綺麗目なお姉さんが言った。なにあの胸、すっごいでかい。あいりさん、要注意だ……。
「まいでーす、よろしくね~」
もう一方の女性はまいさん。むっちりしていてエッチな男の人の理想って感じのあいりさんと違って、まいさんは細くて綺麗な人だ。清楚な感じの服装だし、綺麗な黒髪ロングだし、あの人も男ウケ良さそうだな……。
お兄さんはどんな反応だろう? そう思って、お兄さんの表情を遠目ながらも伺ってみる。
「なに、あの顔……」
お兄さんはすごーく無表情だった。ここはどこ? 私はだあれ? みたいな顔をしている。
お兄さんはそもそも合コンという言葉も知らなかったんだから、こうなるのは当然かもしれないけど、まさかここまでとは思わなかった。
「蓮太郎、固まっちゃってるね」
「あれは……戸惑ってるんですか?」
「んー、俺なにしてんだろって感じだろうね、あれは」
お兄さんはどうやら合コンがどういうものなのかまだ理解ができていないようで、状況が掴めていない。
「さーてさてさて! 今日はみんな集まってくれてありがとう! 楽しんで帰ろうな~!」
純さんの音頭でみんなが乾杯する。お兄さんもよくわからないままジョッキを掲げて、あいりさんやまいさんとも乾杯した。
それからは純さんが女性陣に質問したり、女性陣も男性陣に質問したりして、打ち解けてきたころに、伝説の合コン定番ゲームが始まった。
「あ、俺王様だ」
「ちぇ~、蓮太郎に王様取られちまった~」
王様ゲームはプレイヤー全員がくじを引き、一つだけある印のついたアタリを引いた人が王様になり、他のプレイヤーになんでも命令できるゲーム。
そして今、その王様がお兄さんの手に渡った。
王様の言うことは、たとえどんなエッチなことでも……。
「じゃあ純、これからは家に来る時予め連絡するのと、勝手に入ってくるのをやめろ」
「「「「「えっ?」」」」」
思わず私と葵さんまで声が出た。純さんも、あいりさんやまいさんもだ。
王様ゲームでこんなこと言う人いるんだ……。
「え、それが命令?」
「そうだよ、なんか変か?」
「やっばーい、蓮太郎くんおもしろ~い」
巨乳のあいりさんが珍しいものを見るような目でお兄さんを見る。見ているだけじゃない。少し身を乗り出して、お兄さんに近づいている。
あのおっぱいはやばい! お兄さん逃げて!
「蓮太郎くんって好きな女の子とかいるの~?」
巨乳のあいりさんが距離を詰めながらお兄さんに聞く。距離を詰めるのはけしからんって感じだけど、それは気になる。
「えっ、い、いないっすね……」
その戸惑いは、本当は好きな人がいるから、言い当てられたことに焦ってしまったのか、それとも、いつの間にか隣に来ているあいりさんのおっぱいが腕に当たってるからだろうか。だとしたらお兄さんのバカっ!
「え~、蓮太郎くんモテそうなのに、恋愛しないともったいないよ~」
その上目遣いやめてくれないかな、あいりさん。
多分あいりさんはお兄さんにターゲットを決めたようだ。というかそもそも純さんの知り合いみたいだし、純さんには興味なかったんだろう。
そういえば、まいさんはどうなんだろう。
細身で男ウケの良さそうな彼女が、お兄さんに迫るのも勘弁願いたい。
「純くん、学生の頃は何かスポーツしてたの?」
どうやらまいさんは純さんに狙いを定めたみたいだ。
あいりさんはエロいお姉さんって感じで、私とは全然タイプが違う。でも、まいさんは完全に私の上位互換みたいな人だから、まいさんに迫られるのは困る。
私よりスリムで、私より綺麗で、私より……ってやめだやめだ。お兄さんを絶対手に入れるって決めたんだもん。まいさんより私の方が可愛い! そう思っておく。
純さんとまいさんが話しているところを、葵さんはどんな心情で見ているのか、様子を伺った。
葵さんは純さんのことをなんとも思っていないと言っていたけど、なんだかんだ言っても純さんを気にかけているように思う。だから、今どんな気持ちでこの光景を見ているのか知りたくなった。
純さんとまいさんの距離は近い。付き合っているんじゃないかってくらいに、距離を詰めて見つめ合い、楽しそうに話している。
そして葵さんは、二人を睨むように見ていて。
「葵さん、なんで睨んでるんですか?」
本当は好きなんじゃないですか? そういう解釈もできる声のトーンで言うと、葵さんは全く私の予想していなかったことを言った。
「純、口に食べ物入ってるのに喋ってる。いつもやめろって言ってるのに……はぁ」
やっぱり私の早とちりかもしれない。葵さんは純さんを、弟のように思っているのんだろうか。わからなくなってしまった。
その後も私たちはお兄さんたちの観察を続けた。
お兄さんは最初からブレずに固い男のままで、あいりさんからのおっぱいアタックを「近い、離れてくれ」と回避している。
純さんも最初は楽しそうに会話していたのに、段々とつまらなさそうになっていった。純さんはよくわからない。
「葵さん、ちょっとトイレ行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
お兄さんたちに気付かれないように、コソコソとトイレに急いだ。
トイレを済まして、鏡の前で自分と向き合う。
お兄さんを合コンに行かないでほしいと言えなかった自分の
「なに楽しそうにしてんの……お兄さんのバカ……」
私には見せない笑顔をあいりさんには見せていた。巨乳だから? 私じゃだめかな? 溜息をついてトイレから出ようとしたとき、誰か、聞き覚えのある、大好きな声が。
「悪いけど、俺帰るよ」
「えっ!? なんで!? 楽しくなかった?」
間違いない。お兄さんと純さんがドアの向こうにいる。
女子トイレの正面に男子トイレがあって、トイレの前で話しているんだろう。この通路は店内からは見えない位置にある。
わざわざあいりさんたちから隠れて話す内容、私はトイレからは出れず、二人の会話に聞き耳をたてる。
「俺がこういうの苦手って知ってんだろ」
「それは、まぁ……」
そうだそうだ、お兄さんに合コンなんて似合わないんだ。
「それにさ、今冷蔵庫に何も入ってねぇんだよ」
「「は?」」
思わず私まで言ってしまって、純さんと声がかぶる。トイレのドアはそこまで厚くないから、声が少し漏れてしまった。でもどうやら気付かれていないみたいだから、よしとしよう。
それにしても、どうしてそんな理由で帰るのか。合コンから途中で抜ける理由が冷蔵庫になにも入っていないから、なんて聞いたことがない。私はそもそも合コンに参加したことすらないけど。
「ほら、七葉のやつが俺の冷蔵庫の食材目当てにしてて何も買ってないかもしれないだろ。だとしたらあいつ今日なにも食うもんねぇだろ。だから、これから買って帰る」
「ほんと蓮太郎は面倒見の鬼だな。葵には劣るだろうけどさ。でも普通隣人の晩飯の管理までしないぞ?」
純さんが苦笑しながらお兄さんの肩を叩いた。
私はお兄さんの優しさに感動して鳥肌がたち、尾行なんてしてきた自分の愚かさを呪った。
そうだよ、お兄さんなんだもん。お兄さんはいつも私を大切に思ってくれている。別に恋人でもない、ただの隣人だけど、お兄さんと私は、きっと巨乳のあいりさんよりも、細身で綺麗なまいさんよりも、特別な関係なんだ。
「うるせぇな、ほっとけよ。あいつはまだ高校生なんだから、誰かが気にかけてやらねぇとだめだろ」
「はいはい、惚気もほどほどにしとけよな~」
「惚気じゃねぇよ!」
「仕方ないから蓮太郎は不慮の事故でお家に帰りましたって言っとくよ。蓮太郎いねぇんじゃつまんねぇな、もう俺もすぐ帰ろうかな」
その場でお兄さんは自分が飲み食いした分のお金を純さんに渡して、そそくさと店を出ていった。
まずい、私は今家にいることになっている。お兄さんより早く帰らないと。
急いで自分のテーブルに帰って、葵さんに事情を説明しようとした。でも、葵さんはお兄さんが出ていったところを見ていたみたいで、すぐに察してくれた。
「私払っとくから追っかけなさい!」
「ありがとうございますっ!」
葵さんに甘えて、私はすぐにお兄さんの後を追った。
お兄さんは純さんに何か買っていくって言っていた。お兄さんは外食はあまりしないから、この時間ならまだいつものスーパーが開いているし、多分そこだろう。
走って、お兄さんが通らないであろう道から先回りした。
スーパーに着いたとき、スーパーから少し離れたところにお兄さんを見つけて、私は急いで走ってきた痕跡を消す。
髪を
尾行していたことがバレないためでもあるけど、少しでも可愛く見られたくて。
「あれ、なんでいるんだ」
「偶然だね。お兄さんが家にいなかったから、お腹すいちゃって!」
本当は尾行してたなんて言えない。
「ったくお前ってやつは、俺の予想通りだな」
「にっしし~」
「一緒に行くか?」
もう暗くなって、時間的にも夕方とは言えないこの時間。
外灯の下でお兄さんが私を見て、スーパーを親指でさしながら言う。
なんだかようやくお兄さんが遠い場所から帰ってきたみたいな感覚を感じた。だから、とびっきりの笑顔でいつも通り、私はお兄さんを迎えて。
「うんっ! 行こっ!」
やっぱり私は、こうしてお兄さんと買い物してたりする、この何気ない時間が大好きだ。
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