雨と幼馴染③

 幼馴染ってのは、切っても切れない何かで繋がっているのだろうか。俺には小さい頃から仲のいい、柚木葵ゆずきあおい田村純たむらじゅんという幼馴染がいる。


 葵は面倒見のいいやつで、俺と純をまるで弟のように扱ってくる。世話焼きで頼れるというのもあって、いつも学校で女子の中のリーダー的存在だった。サバサバした性格で男らしいところもあるから、女子にモテていた。だからと言って男子からモテなかったわけではない。


 今はケータイショップで働いているらしい。仕事の話はあまりしてこないので詳しくは知らないが、葵のことだしきっとうまくやってるだろう。


 もう一人の幼馴染の純。こいつは一言で言うならバカだ。


 純は持ち前のコミュ力を活かして、営業の仕事をしている。休みの日を利用して月に三回くらいの頻度で俺の住むアパートを訪れる。


 そして今日も突然連絡が入って、今から葵と一緒に来るということらしい。まるで決定事項であるかのように、俺には有無を言わせないメッセージ内容だった。


 本当に俺の周りには、こういう奴が多すぎる。ちらりと、壁越しに七葉なのはの部屋の方をみた。


「おーっす! ただいま蓮太郎れんたろう!」


「ここはお前の家じゃねぇ」


 純は当たり前のように、インターホンを鳴らさずにずかずか上がり込んできた。まるで七葉だ。


「お邪魔します」


 そんな純とは対照的に、丁寧な挨拶と共に玄関で脱ぎ散らかした純の靴まで整える葵。ほんとこいつら姉と弟だな。


 葵はそのまま居間に向かい、いつものように手荷物を置いてから手を洗いに洗面所に行く。


「純も手洗いなさい」


「家出る時洗ったから大丈夫だって!」


 いや洗えよ。と言いたかったがそんなことを言う必要はない。純のことは葵に任せておくのが一番だから、俺が言わなくても。


「いででででっ!」


 葵が純の耳を引っ張って洗面所に連れて行った。ほらな、葵に任せとけば大丈夫だ。


 手を洗い終えて戻ってきた二人のために椅子を引いた。普通一人暮らしの男の家に、四人がけのローテーブルがあることに疑問を感じる。このローテーブルは、純が勝手に買ってきたものだ。


 葵とよく来るから、無いと不便なのは知っているが、住人の俺になんの断りもなく配送されてきた時はさすがに怒った。


 今となっては七葉とご飯を食べる時に使っているから、まあいいんだけど。


「とりあえず座れよ。飲み物だすから」


「コーラでいいぜー」


「そんなもんない」


 俺の家の冷蔵庫にはコーラなんてない。俺は炭酸を飲まないんだ。そう思って冷蔵庫からお茶を取り出そうと開く。


「なんであるんだよ……」


 全く買った覚えのないコーラが、冷蔵庫に入っていた。とりあえず意味がわからないが、純に入れてやることにしよう。


 葵はいつもと同じ、お茶。葵はお茶かお酒しか飲まない。因みに酔うとめんどくさくなる。


「さんきゅー! で、蓮太郎最近どうよ? 彼女の二人や三人でもできたか?」


 なんで複数いること前提なんだよ。


「なんで複数いること前提なの」


 葵が同じツッコミを入れた。長年一緒にいるから、純への対応も似ている気がする。


 純はチャラい。名前に似合わぬチャラさだ。でも俺と葵だけは知っている。このチャラさは作り物だ。


 どうしてチャラいふりをしているのかはわからないが、聞いても答えてくれなさそうだし、聞くのも面倒だから聞いていない。


「で、お前はどうなんだよ。こないだ言ってた会社の子とは上手くいってんのか」


「あーあの子ね、辞めたんだよな〜。俺がふっちまってさ~」


「なんでふったんだよ。好きかも、とか言ってたじゃねぇか」


 つい先月の話だ。純がニヤニヤしながら後輩が可愛いという話を散々聞かされたばかりだというのに。


 まさかあの時間が無駄だったのか。あの惚気話の被害者である俺の聞き損だというのか。


「んー、なんか違うわ。やっぱ俺にはもっと清楚でSNSの使い方も分からない子がいいのかもな~」


 ほんっとテキトーな奴だな。先月までは尻軽そうに見えて好きな人にしか股開かない女がいい。とか言ってたのに。


 ところで股開くってどういう意味だ。


「それと蓮太郎。お前彼女できたら報告しろって言ったよな?」


「そうだよ蓮太郎。可愛い彼女がいるじゃん」


「え、できてないけど。なんだよ急に」


「じゃあお前の後ろに立ってる女の子は誰だ?」


「はっ?」


 嫌な予感がした。それはまるでホラー的な怖気を感じるような寒気。


 二人にもしも、このタイミングでアイツを見られたら。


「にっしし~、どうも彼女でーす」


 七葉だ。


「お前また勝手に入ってきたのか」


「勝手に入ってくるくらい親しい……つまり彼女だな! なんだよ水臭い! 報告しろよ~」


「ちげぇよ! こいつはただの隣人だ!」


 そう。ただの隣人だ。


 ただの隣人だから、別に部屋に上がってくるのは普通で――。


「馬鹿言うなよ。ただの隣人が部屋上がりこむかよ。それに可愛い子じゃねぇか!」


 そうだった。いつから隣人が部屋に上がりこむのが普通という認識がついていたのだろう。


 そんな当たり前が存在してたまるか。全部七葉のせいだ。


 なんでこいつ当たり前のように俺んちいるんだよ。


「お兄さんきいた? 私可愛いんだって! お兄さんに可愛い彼女が出来ましたよ~!」


「あぁもうめんどくせぇ! とりあえず座れ! お茶入れる!」


 七葉を座椅子に座らせて、純にはゲンコツを一発入れる。


 そして冷蔵庫を開けて。


「あっ! 私のコーラ飲んでるじゃん! 勝手に飲まないでよー!」


「お前のかよぉ!」


 しばらくして、やっと落ち着いた。二人の誤解も解いて、七葉も今は二人と楽しそうに話している。


 内容は俺の昔の話と、あまり良い気分ではない。そんなこと七葉に話せば、揶揄いのネタにされるに決まっている。


「でさぁ、なんで二人はこんなに仲良くなったんだ? 隣人なんてそんなに関わることないだろ?」


「俺が聞きてぇよ」


 本当に意味がわからなかった。ある日突然越してきた七葉が、引っ越し初日に挨拶にきた。そこまでは良く出来た高校生と思って好印象だったんだが……。


「お兄さんが私を無理矢理連れ込んで……」


「蓮太郎……そんなことを……」


「んなことしてねぇよ!」


 挨拶の後にずかずか上がり込んできて、何故か俺の家で晩飯食って帰ったところからおかしいと思い始めた。


 もっとおかしいのが翌日も来たということだ。流石に一週間も続いた時にはもうキレながら飯作ってたな……。


「仲良さそうでよかったよかった! 蓮太郎はまじで女っ気ゼロだからな~。七葉ちゃんみたいな子がいると安心だな!」


「そうだね。七葉ちゃん、蓮太郎は料理できるし自立してるし不器用だけど優しいから、オススメだよ~」


 葵が姉目線で俺を勧めることになんだか恥ずかしくなる。相手は女子高生だぞ、勧めてどうするんだよ。


「じゃあこのまま結婚しちゃいまーす!」


「しねぇよアホか」


 なんでこいつもこんなに乗り気なんだよ。俺のこと嫌いだから揶揄からかってきてるくせに、そういう事言うんじゃねぇよ。


「なに、お兄さん照れてんのぉ? 結婚する?」


「だからしねぇよ!」


 七葉との関係をこの二人に知られることも、こうやって揶揄われているところも見られたくなかった。純は七葉みたいに揶揄ってくるだろうし、葵は多分俺たちの関係を恋愛ドラマを見るように傍観してくるだろうから。いや、世話焼きな葵のことだから俺たちをくっつけようとしてくる可能性すらある。


「じゃああの話は他にあたるか……でも他つってもな……」


 純がポロリと溢すようにいった。その意味がわからずにいると、同じく気になった葵が聞く。


「なにが?」


「いや、なんでもない!」


 純が何かを言おうとしていたのは間違いない。でも言わずに隠す理由はなんだろう。


 葵の質問をはぐらかしているし、言いたくないんだろう。だったら、別に無理に聞くことはない。でも気になるし後でこっそり聞いておこう。


「あ、そう」


 葵も純が何かを言おうとして飲み込んだことを察したのか、少し思うところがあるような言い方だった。


「そういえば昼飯まだなんだよな〜、蓮太郎作ってくれよ~」


「ここはお前の実家か」


「そうならお兄さんは純さんのお母さんだね」


「せめて父親であってくれ」


「蓮太郎、手伝うよ」


「さんきゅー葵」


 話を切り替えた純の提案で四人前の昼食を作ることになった。


 葵が手伝ってくれるみたいだし、それほど大変ではないだろう。ただ、待たせている間に純と七葉が話している内容が気になって集中できない。


 別に二人仲良く話していることに嫉妬しっとしたいわけではない。ただ、俺の昔話なんてされてないかが不安なだけだ。って、誰に言い訳してんだ俺。


「ぷはーっ! お腹いっぱいだな! やっぱ最高だな、蓮太郎の作るメシは!」


「だね。蓮太郎はきっと良いシェフになるよ」


「シェフになる気はねぇよ」


「そうだよね、お兄さんは私の旦那さんになるんだもんね?」


「アホ言ってねぇで食器洗うから持ってこい」


 食べ終わった食器を四人前洗い、冷蔵庫にあったプリンをデザートに並べる。三つしかなかったから俺の分はないわけだが。


「お兄さん、また半分こする?」


「今日はいいよ。気分じゃねぇ」


 つい先週七葉が食べたがっていたからわざわざ買ってきておいたプリン。美味しいと喜んでいたから、また三つも買ってきていた。俺も少しもらったが、たしかに美味かった。


 でもその過去の話を葵も純も知らないわけで。


「「また……? 半分こ……?」」


 だから、しまった。そう思った。


「俺が全部食うと胸焼けするから、残った分食ってもらったんだ。別に変な意味じゃねぇよ」


 食べる時のスプーンだって別だ。俺は家の鉄スプーンで、七葉はプリン用にもらったプラスティックのスプーン。どうしてかあれで食べるとプリンって美味しくなる。


「ふ〜ん、ただの隣人とプリンを半分こね~?」


「……なんだよ」


「んーや? なんでもねぇよ?」


 このニヤニヤ顔、うぜぇ。


 純はなんだか七葉と同じ匂いがする。俺を揶揄って来たり、勝手に部屋に上がり込んできたり。困ったやつらだ。


 三人ともプリンを食べ終わり、葵と七葉には聞こえないように、純に声をかける。目的は、さっきはぐらかした話の続きだ。


 このまま何を話そうとしたのかわからないままだと、気になって夜も眠れない。


「純、ちょっとベランダで話そうぜ」


「ん? まあいいけど」


「なに、二人どこいくの?」


 立ち上がった俺たちに葵が不思議そうに聞く。


 二人きりじゃないと言いづらいことかもしれないし、ここはどうにか誤魔化すのがいい。でも、どうやって誤魔化せば。そう考えていた俺の横から、純が言う。


「男子トークだよ! 女子トーク的なあれだよあれ」


 もうちょっとマシなのないのか。


「ふーん。じゃあ私達は女子トークしとこうか」


「はいっ!」


 葵と七葉はいつからあんなに仲良くなったんだろう。なんか姉と妹って感じだ。こんな妹と弟いて、葵は大変だな。


 俺と純はベランダで、葵と七葉は居間で、それぞれが男子トークと女子トークのためにバラける。


 女子トークといえば恋バナだと決まっているんだろうけど、男子トークって普通なに話すんだろう。まあ今回は聞きたいことが決まっているんだけど。


「さっき言おうとしてやめたのはなんだ? 気になってずっとモヤモヤしてんだよ」


「あー、それか~。んー、でもな~」


「なんだよ、言えないことなのか? それならいいけど」


「んや! やっぱ言おう!」


 純は両手を額の前で合わせて、頭を少し下げながら。


「今度行く合コン、本当についてくるだけでいいから、数合わせで来てくんね?」

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