20話 彩乃に相談

 いまだアクセサリーを物色する俺を眺めながら、彩乃はふと口にした。


「いやでも私は嬉しいよ」

「は? 何がだよ」


 ニヨニヨとむかつくにやけ面。俺は低いガラスケースをのぞいているから中腰で、彩乃はそんな俺を見下ろしているような体勢だ。だからだろうか、腕組みもあいまって余計にむかつく。


「遊園地に行った時も言ったけどさ、夏樹が他人のことでそんなに悩むなんて考えれなかったから」

「そうでもないだろ。俺だって悩むことくらいあった」

「ううん、ないよ。夏樹、小五から周りの人に対してほんとに無関心になったもん」

「……ピアスとかはどうだろうな」


 思った以上にはっきり言われて、つい下手糞な話題転換をしてしまった。

 しかし口に出した以上何もしないわけにはいかない。ピアスのエリアに向かえば、後ろを彩乃がついてくる。なんだか見張られているみたいで落ち着かない


「ピアスじゃなくてイヤリングにしたらー? ほら、一応校則で禁止されてるし。四葉ちゃんそういうの気にしそうだし」

「イヤリング……?」

「……穴を開けずに挟むのがイヤリングで、穴を開けるのがピアスね」

「さ、流石にわかってるから」

「どーだかー」


 しょうがないだろピアスとかイヤリングとか、触れる機会なんてないんだから。

 クスクス笑う彩乃を無視してイヤリングのところへ。相変わらずチカチカする。


 イヤリングも思った以上に種類が多くて圧倒されそうになる。小さな飾りがついたようなシンプルなものから、ジュエリーがぶら下がったような派手なものまで。


 いや、眺めてみてもよくわからないな……。そもそもイヤリングなんてネックレス以上に四葉が着けなさそうなものじゃないか?


 でもとりあえず眺めていると、


「ねー夏樹ー」

「あー?」

「結局さー、あれ、なんでだったの?」

「あれって?」

「ほら、急に無関心になったやつ」


 結局掘り返すのか……。


 彩乃は相変わらず後ろから俺を見ている。だからこれみよがしにため息をついたが、質問を撤回する気配はなかった。


 あまり触れて欲しい話題でもないのだ。

 興味を持たなくなったのは『他人が別の存在に見えて気持ち悪い』という感覚が原因だった。でもそれすらもう厨二病の域だ。今でもその感覚は消えてはいないけど、好き好んで口にしたい内容じゃない。


 それにそもそも。


「あんまり覚えてないんだよな」


 そのきっかけも、原因も。

 俺の記憶にある限りでは、ある日唐突にそう感じるようになった。


 しかし彩乃は俺の返答にどこか不満げだった。


「でもさ、なんかあの頃すごいことあったじゃん。ほら、神隠し事件」


 『神隠し事件』


 話だけなら後で聞いたことがある。

 八月という夏休み真っ只中のある日、とある少年が遠くに家族やその知り合いで遊びに行った。しかしその少年は、そこで行方不明になる。

 必死に両親含め、知り合いが捜索するも見つからない。警察沙汰にまでなった。でもそれでも見つからない。

 しかしいつまでも両親がそこにいるわけにもいかず、とりあえずで帰宅すると――ベッドでその少年が眠っていたのだ。

 それだけでも不思議なのに、その少年は目覚めなかった。死んではいなかったが両親からすればたまったものじゃない。結局少年が目を覚ましたのは一週間後だった。検査をするも体に異常はなし、健康体そのもの。

 しかも不思議なことに、その少年は何があったかどころか、遊びに行ったことすら覚えていなかった。


「あー、あれか。いや、あれって言ってもほとんど覚えてないんだけどさ」


 イヤリングを眺めながら、他人事のようにそう返した。

 一時期ちょっとした話題になっていたのは覚えている。結局は両親の勘違いで終わってしまったが。

 しかし彩乃は、なぜか呆れたように息を吐く。


「そう言えばそうだったね……夏樹も私のこと言えないくらいに記憶力ないんじゃない? だってあれ――夏樹が被害者じゃん」

「…………」


 そう、らしい。

 俺が行方不明になっていた、らしい。


 と言ってもそう言われただけだ。全く覚えていないのだから、当時も、そして今になっても実感のしようがない。


「あれ不思議だったよねぇ。今思えば、夏樹が人に関心なくなったのって、あの頃くらいだった気が――」

「そんな昔の、しかも覚えもないことより、俺は四葉の誕生日プレゼントの方が大事だと思うんだけど、どうだ?」


 喋ってばかりいないでいい加減手伝え。


 そう言外に込めて彩乃に視線を飛ばすと、それを受けた彼女は気まずそうに口をひくつかせた。


「こ、これとかどうかなーって、言おうと思ってたんだよ……?」


そう言いながら適当に指差した彩乃の視線は、泳ぐどころか溺れてるんじゃないかってくらいに忙しなく動いていた。






 その後もプレゼント選びはつつがなく。気がつけばもうお昼時だ。まだ一一時過ぎと昼飯には早いが、あまり遅くても席が埋まる。

 ということで、俺と彩乃はフードコートの一角で陣取っていた。


「一応昼飯食うつもりだっただろ。アイスだけでいいのか?」

「うん、お腹別に空いてないしねー」


 そう返しながら、彩乃はアイスを口にして「ん〜〜!!」と顔を綻ばせる。コーンの上にチョコミントとストロベリーの雪だるま。といっても、今日のお礼ってことで俺が奢ったものだけど。

 たかがアイス一つでこんなに幸せそうにできるのもなんだか羨ましい。


「夏樹こそいいの? 何も食べなくて」

「俺も腹減ってないから」


 そう? と彩乃は気にした風もなくストロベリーのピンクを削って口に運ぶ。


 というのは建前で、単純に金がないだけなんだけど。俺もバイトをしてるわけじゃないから、どちらかといえば貧乏学生だ。


 それに四葉へのプレゼントも買うことができた。


「にしてもほんと時間かかったねー。夏樹、優柔不断すぎ」

「俺的には結構早く決めれたと思ってるんだけどな」

「えぇ……なに? 一日潰す気だったの?」

「いや流石にそれはないだろ」

「やー、結構あり得そうだけどねー」


 すると彩乃は、アイスを持つ手とは逆の手で、机の上にあった袋から器用にそれを取り出した。


 封筒くらいの大きさで、緑が基調が包装、そして小さなリボンがつけられたプレゼント。


 それを彩乃は、何があるわけでもないだろうに、ジロジロと観察していた。


「彩乃的にはそれ、不満か?」

「んー、いや、そーじゃなくてね。すごいしっくりくるなーって。しおり・・・なんて四葉ちゃんにぴったりじゃん」


 あの後も何店か回り、結局たどり着いたのは本屋だった。

 正直本をプレゼントするのはどうかと思ってたんだ。四葉なら話題のものは読んでるだろうし、かと言ってマイナーなものを渡してつまらなかったら大変だ。


 しかしそこでその栞が目についた時、なんというか、ピンときたのだ。


 栞を四葉が使っているのを見たことがないし、我ながらいいものを選んだと思っている。


「じゃああとは渡すだけだねー」

「そうだよな、まだそれがあるよな……」

「まさか渡さないつもりじゃ――」

「流石にそれはないけどさ」


 ついかぶせてしまったが、彩乃は「ならいいけどー」と気にした様子もなくまたアイスをひと舐めしていた。


 せっかく悩んで決めたんだ。渡さないなんて選択肢はない。それに、どうせなら喜んで欲しいし。


 でもまだ俺には、先延ばしにし続けてきた問題がある。


 つまりは呪いのこと。喧嘩や気まずい空気のこと。俺が浴びせてしまった言葉のこと。

 そしてその原因となった、俺と四葉の考え方のすれ違いについてだ。


 どうしたものかと、腕組みをして机を睨みつける。


 渡したところで、仲直りしたところで。そこをなんとかしないとまた同じことをしてしまう。

 でも俺はもうよくわからなくなっていた。


「……なに? まだなんかあるの?」

「そういうわけじゃ」

「下手くそな嘘とか見栄なんて無駄無駄ー。もうめんどくさいから全部話しなって。夏樹結構頑固なとこあるからねー」

「いやでもこれは――」


 言えるわけがないと、そう口にしようとしたところで、ふと思いつく。


 そうか、彩乃に言うか。


 確かに一人で考えてるから思い悩むんだ。他の視点があってもいいかもしれない。


 でも呪いのことを話せないと言うのは変わらないわけで。


 そこで目についたのは、四葉に渡す予定の栞だった。


「これは……なんていうか、小説の話なんだけどさ」


 すると彩乃はスプーンを加えたまま目を丸くした。大きな丸い瞳をパチパチと瞬かせたかと思うと、プッと吹き出す。


「あはは、なにそれ。四葉ちゃんの真似? 夏樹本なんて読まないじゃん」

「四葉と付き合ってたら興味くらい湧く」


 読んでないけど。

 彩乃は信じたのか信じてないのか、また笑いながら続きを促した。


「ある、男子高校生には彼女がいてな。で、そいつから告げられるんだ。『わたしは幸せになると死ぬ呪いをかけられているって』」


 その一節から俺は全てを話した。もちろん、俺と四葉の名前は出さずに。


 はじめ彩乃は、訝しげな顔をするだけだった。気持ちはわかる。明らかに小説の話というていの俺の話なのに、出てきたのはそんな非現実的なこと。

 しかし、彩乃は最後まで黙って聞いていた。


「……どう思う?」

「…………」


 彩乃は黙ったままだった。話終わる頃には、もうアイスも食べ終わっていた。俺も乾いた喉を潤すため、途中で持ってきた水に口をつける。


「ちょっとよくわかんない、かな」

「……そうだよな。まあやっぱり気にしなくていい。所詮これは――」

「小説の話、でしょ?」

「あ、ああ」


 そういうには彩乃の表情はやけに真剣で。つい圧倒されてしまいそうになる。


「夏樹がさ、なんでこの話したのか全然わかんないけどさ、聞きたいんでしょ? 今の話、私がどう思ったか」

「ああ」

「ん、わかった」


 すると彼女は両眼を閉じた。頭で考えをまとめているのか、「うーん、うーん」と唸りながら、上を向いたり首を傾けたりと忙しない。


 彼女が目を開けたのは、五分経たない頃だった。

 よし、と小さくこぼすと、まっすぐ俺を見て、口を開く。


「多分その子は、少しも思ってないんじゃないかな。呪いを解いて欲しいなんて」

「…………は?」


 俺は、彩乃がなにを言っているのか、全くわからなかった。

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