19話 プレゼント選び
◆
「助けて!」
声が、聞こえた。
「誰か助けて!」
少女が叫ぶ声が聞こえた。
意識はある。でも体は動かせない。闇一色のこの空間に、ふわふわと浮いているような感覚だった。
これは、夢だ。
――またこれか。
ため息をついた。つもりだけど本当にできてるのかわからない。
今まで何度か見た夢だ。聞き覚えのない少女の声が、ひたすら助けを請う、そんな夢。
しかし、今回は少し違っていた。
「助けて!」
――これは……。
少女の姿が見える。
座り込んでいるから身長はわからない。でもたぶん小学生高学年くらい。活発そうな黒髪のショートカット、そしてショートパンツにTシャツと言った姿は、女の子にしては少し活動的だった。
そして、なぜか彼女は全身がずぶ濡れだった。
ぽたり、ぽたりと滴る水滴に混じって、小さな涙も頬を伝う。
「誰か……誰か……」
相変わらずなぜ泣いているのか、なぜ助けを求めているのかわからない。見えるのは彼女の姿だけだ。
でも、だからだろうか。
――助けたい。
『――――』
しかし声は出なかった。そもそも俺がここにいるかどうかもわからない。言葉を発する口があるのかもわからない。
――大丈夫。大丈夫だ。
俺の心の声が聞こえるはずもなく。
彼女は終始、泣き叫んだままだった。
◆
休日のショッピングモールは、案の定人で溢れかえっていた。
家族だったり、カップルだったり、はたまた友達同士で騒ぎながら歩いていたり。
ガヤガヤと騒がしいこの空間で、俺が何を思うかといえば決まっている。少し強めの冷房にブルリと体を震わせ、呟いた。
「帰りたい」
「早いよ」
隣を歩く彩乃から即座にツッコミが入る。彼女はもう呆れた顔すらしなかった。
しかしどこか足取りは軽い。くるりと回転するようにこちらを向けば、ロングスカートがふわりと浮いた。
小柄、童顔となんとなく幼い印象を持ちやすい彩乃だけど、今日の服装はなんだか大人しい。だから出会ったときは少し意表を疲れてしまった。
「大体さー、待ち合わせに遅れといてよくもまあそんなこと言えるよねー」
「それはお前もだ。お互い遅刻してるんだからお互い人のことは言えないぞ」
「うぐっ! ……いやだって夏樹の遅刻の言い訳意味わかんないじゃん。何? 夢見てたって」
「事実なんだからしょうがないだろ」
時々見る、見覚えのない少女が泣き叫びながら助けを請う夢。その日の朝は決まって起きるのが遅くなってしまう。
というか。
隣を歩く彩乃に視線を向ける。
「…………」
「ん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
クリーム色のオーバーサイズカットソーに黒のロングスカートはフワッとした印象を受ける。ブラウンの明るいボブカットに、花が咲くような笑顔。
こいつ、やっぱり見た目はいいんだよな。彼女がいる身でこんなことを思うのはいけないかもしれないが、思ってしまうのはもうしょうがない。
彩乃とと休日に二人で出かけるのもなんだかんだ久しぶりだ。中学以来じゃないだろうか。そう考えるとなんだか落ち着かない。
「さっさと終わらせよう」
「帰りたすぎでしょ……。なんか考えてあるの?」
「いや、昨日の今日だから思いついてないんだよな」
「そっか、なら適当に入ろっか。んー、それじゃあ……こことか!」
そう言って彼女が指を刺した先にあったのは、ファッション系のテナントだった。外から見た限りは、レディースの割合が高い。
「……彩乃が行きたい訳じゃないよな」
「え!? そ、そんなことないって!」
「まあいいけどさ」
ため息を携えて入ると彩乃は「違うって〜」と意味もない弁明をしながらついてくる。どうせ当てもなかったし、とりあえず、という意味ならここもいいかもしれない。
「と思ったけど、そんなこともなかったか……」
所狭しと並べられた服の数々を眺めながらそう独りごちた。
しばらく色々眺めていたが全くわからない。そもそもファッションに精通しているわけでもなければ、メンズですら怪しいのにレディースをコーディネートできるわけもなかった。
彩乃は近くにいない。少し離れたところから、「あ、これいいかも……」「お客様にとってもお似合いですよ!」「え、そ、そうかなぁ……どうしようかな……!」なんて満更でもない会話が聞こえた時点で、彼女の協力はあてにしてない。
となると男一人でレディースの服を物色しているから当然、周りからの視線は集まるわけで。とりあえずは気にしないようにしていたが、そろそろ限界だった。
「まあよく考えたら贈り物に服ってのも変な話か」
これ四葉に来てみて欲しいなと思うようなものはいくつかあったけど、四葉自身が気にいるかわからないし。
メンズのゾーンを経由しつつ、それならと小物エリアに向かう。
並んでいるのは財布や帽子、少数のアクセサリーやバッグなどだ。自分が使うなら、という視点なら簡単に選ぶことができるのに、人に送るとなると途端に分からなくなる。
「何かお探しですか?」
「え?」
恐る恐るといった調子で一人の店員が話しかけてきた。なんでだと思えば、どうやら俺は結構しかめ面をしていたらしい。眉間に寄ったシワを解しながら返す。
「えっと、プレゼントを選んでまして」
「彼女さんですか?」
「まあ、そうですね」
「なるほど、それなら――」
ご親切にあれはどうだこれはどうだと色々勧めてくれるが、いまいちどれもピンと来なかった。それにそもそも少しもイメージが固まってない状態だから、これはどうとか言われてもよくわからない。
何を提案されてもいい返事をしない俺を見越してか、店員さんは問いかけてくる。
「そうですね……その彼女さんは、どう言ったものが好きなんでしょうか」
「どんなもの?」
「はい。派手なものとか、落ち着いたものとか」
「まあそれだと落ち着いたものだけど……」
すると店員さんは「それですとー」とまた並んだ小物類から物色を始めた。
しかし、そうか、四葉の好きなものか。
ふと思い浮かべる。
甘いものとか、そう言えば猫も好きだったな。あとはもちろん、本か。
でも思いつくと言えばその程度のもの。
……いやまじか。もっとあるだろ、普通。確かに四葉は自分のことはあまり話さないやつだけど、そうだとしても仮にも彼氏なんだから。
「…………」
「お客様、どうしました?」
「あー……いや、なんでもないです。すみません、ちょっと他のところも見てみます」
「あっ、はい、わかりました」
ペコリと頭を下げ、店から出た。
そりゃそうだ、四葉の好みをあまり知らないんだから、そりゃ思いつくはずもない。
恥ずかしいというかなんというか。
体をそるようにして上を向く。
「およ? 夏樹どうしたの?」
「ちょっと自己嫌悪してるとこだ」
「あっそ。なんかいいのあったー?」
「あったように見えるか? そういうお前は……あったみたいだな」
「え!? あー……えへへ、うん!」
満足げに笑う彼女の手には、さっきまではなかったロゴの刻まれた手提げ袋があった。どうやらそのまま買ってしまったらしい。
結構大きいサイズだし、今いたのが服屋と考えると自分用の服か。
「お前俺の手伝いしてくれるんじゃなかったのかよ……」
「自分の買わないとはいってないし!」
「開き直るな」
「これからちゃんと手伝うからー!」
ほんとだろうな……。
めんどくさいから口には出さない。でもその代わり、これみよがしにため息を一つ吐き出した。
次に目に着いたのはアクセサリーショップだった。
さっきの服屋のように物量に圧倒される、というよりはそのキラキラした感じに少し躊躇いが生まれてしまう。ガラスケースやショーウインドウに所狭しと並べられたイヤリングやネックレス、ピアスなどなど。どう考えても俺には不似合いな空間に見えてくる。
「こーゆうのはプレゼントの定番じゃん! ほらいくよー!」
「いてっ! 叩くなよ」
俺の背中を押すどころか思い切り叩いて、彼女は一足先に入っていく。でも彼女のいうことも納得できる。
仕方ないか……。半ば諦めながら入れば、俺を待っていたのはさっきの服屋で感じたような物と同じ感覚だった。
「わからん……」
なんだこれは、どれがいいんだ。
とりあえず眺めてみたのは入口から一番近いところにあったネックレスだった。チェーンがあって、その先にハートだったり星だったり小さな何かがぶら下がっていて。
隣で彩乃が「あ、これ可愛いー!」なんてはしゃいでいるが、全く着いていけなかった。
「ほら、これとかどう? あーでもピンクって四葉ちゃんには似合わないかなあ……」
「そ、そうかもな」
「あ、ならこれは!? 派手すぎるかなあ」
「……かもな」
「ちょっと夏樹やる気あるの!?」
「しょうがないだろわからないんだから……」
いや本当に。なんなら全部同じに見える。ここまで小さいんだから、普段見られることすらないんじゃないだろうか。
彩乃はそんな俺を、呆れたような、むしろ憐むような目で見ていた。
「なんかあれだね、夏樹がモテないのって人と関わらないからなのかなって思ってたけど、多分こういうとこもだよね」
「うっさいわ、四葉がいるからいいんだよ」
「今頑張らないとその四葉ちゃんもいなくなるかもなんだからねー」
「うぐっ」
と言われてもなあ。
睨め付けるように、並んだアクセサリーの数々に視線を向けた。
アクセサリー……アクセサリー……。
やっぱりどれがいいとかわからない。いや、なんとなくこれは四葉に合わないなとか、これは四葉っぽいとかあるにはある。でもなんというか、結局は俺の感覚だから四葉に合うかどうかはまた別問題なのだ。
「そもそも四葉がアクセサリーつけてるの見たことないし」
「めんどくさい! めんどくさいよ夏樹! 考えすぎなんだよ! なんなら俺がつける習慣つけさせてやるよくらいでいいんだよ!」
「そういうもんか……?」
「そうそう。そもそもプレゼントなんて、相手が自分のために頑張って選んでくれたってだけで嬉しいんだから」
「どうせなら喜んで欲しいだろ」
「なんでそこだけ律儀なの……」
彩乃は腰に手を当てて、はあと息を吐き出した。
うるさい。好きに言ってろ。
俺の意識はまっすぐアクセサリー群に向かっている。結局、いくらにらめつけたってわからないものはわからないが。
「これは長くなりそうだなあ……」
そんな俺の視界の外で、彩乃はそう小さく、しかしどこか嬉しそうにこぼしていた。
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