6話 彩乃の策略
やっとの事で入場した遊園地は、入場ゲートほどは混んでいなかった。
チケットを渡してゲートをくぐると、視界が開ける。そこかしこで動くアトラクション、遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみ。こういう場所にはあまり来ないから、世界が切り替わるような感覚は新鮮だった。
「遊園地だー!」
「大げさね、見ればわかるでしょう」
「今四葉の視界には活字しかないだろ」
「もう! 四葉ちゃんこーゆうときくらい本読むのやめてよ!」
並んでいる時からひたすら読書をしていた四葉は、彩乃に促されて渋々本をしまった。
歩きスマホが問題視されてるこの時代、歩き読書をしているのはきっと四葉くらいだ。
とりあえず後ろから入って来る人たちの邪魔にならないように俺たちは歩き出した。少し進んだあたりで彩乃は振り向き、顔を輝かせながら問いかけてくる。
「なにから乗ろっか!」
「んー……どんなのがあるんだっけ」
「パンフレットを見た限りだと、よくある遊園地とさほど変わらないみたいね。強いて言うなら……絶叫系が多いくらいかしら」
四葉の声が少し沈んだ気がした。
もしかして絶叫系苦手なのか? 例に漏れず、四葉とは二人で出かけたことが少ないから遊園地にも来ていない。
ああでも思い出した。そういえば苦手という話を以前聞いたことがある気がする。
少し意外だったが、もしそうならわざわざ絶叫系に乗る必要もない。俺も得意ってわけじゃないし。
逆に、彩乃は絶叫系が大好きだった。まだ小学生の時一緒に来たことがあるが、本当に死ぬかと思った記憶がある。
なら適当に、別のアトラクションを提案しようとしたところで。
「やっぱ定番はジェットコースターだよね!」
無慈悲にも彩乃がそう言った。
「お前なあ……」
「ん? ジェットコースター、無理だった?」
「いや、俺は大丈夫だけど。四葉は……あれ?」
視線を向けると隣に彼女はいない。
どこにいったんだろう。少し周りを見渡せば、ほんの数メートル後ろで四葉は足を止めていた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
無表情な顔すら少し沈んでいるように見える。足を止めていた四葉は、スイッチが入ったみたいにまた歩き出した。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫と言っているでしょう。でもそうね、いきなり激しいのは体に辛いとは思うわ。だからそうね……これとか」
四葉が指差したのは、メリーゴーランドだった。
なんと言うか、メリーゴーランドは子供っぽい印象があるから少し意外だ。対して難色を示したのが彩乃だった。
「えー……のんびりしてて寝ちゃうよー」
「寝はしないでしょう……。ああいうゆっくりしたものから順に慣らしていけばいいのよ」
「うん、とりあえず四葉は今出した本をしまおうか」
その本読みたいだけじゃないか。
ボソッと四葉は「惜しかったわね……」なんて呟いているけど、全然惜しくないから。そりゃ気づく。
「もう! 四葉ちゃん今日は本読むの禁止!!」
「それは不幸ね……。どうしましょう水流君、桜木さんが私に死ねと言うのだけれど」
「サイテイダナー」
「棒読み! てかわたし!? 悪者わたし!?」
「まあ冗談は置いておいて。そうね、今日くらいは……そうね」
そう言いながらどこか名残惜しそうに四葉は本をカバンにしまった。何が何でもと言うわけじゃないのだろう。四葉自身にも、誰かと遊んでるときに本を読まないほうがいいと言う良識くらいはあるだろうし。
しかし彩乃はまだ不満げに頬を膨らませていた。
「二人してわたしをからかう!」
「桜木さんの反応が面白くて、つい」
「もー怒った! 絶対乗るからね!」
「あ、ちょ……」
さらに頬を膨らませた彩乃は、四葉の手を引いてズンズン歩いていく。
その中で、ちらと四葉が視線を向けてきた。助けてちょうだい、とでも言いたいんだろうけど、彩乃をよくからかっているのも事実。
たまには報復を受けてあげたら? と肩を竦めれば、四葉は諦めたような大きなため息を吐き出した。
彩乃は相当絶叫系が好きらしい。
四葉が彩乃に連れて行かれてから二時間程度。ひっきりなしに彩乃に連れ回されて完成したのは。
「不幸だわ……」
今までにないくらいに疲労した四葉だった。
隅のベンチに腰掛け、先ほどまで乗っていたジェットコースターたちを恨めしそうに眺めながら、重いため息を吐き出す。
「……大丈夫か?」
「大丈夫に見えるかしら。ねえ、どう? 桜木さん。私、大丈夫に見える?」
「なんで私に振るの!? ごめんってー!」
泣きつく彩乃をはいはいとあしらう姿はよく見るものだけど、やはりどこか元気がない。
いや、正直俺も悪かったと思ってる。まさかここまでになるとは。
「俺なんか買ってこようか? 飲み物でも、食べ物でも」
「そ、そうだよね、もういい時間だしお昼ご飯にしようよ! じゃあなんか買ってくる!」
「なら私も行くわ。私だけ待ってるのは申し訳ないし」
逃げるように行ってしまった彩乃を追うように四葉は立ち上がった。でも膝に手を置いて「よっこいしょ」と言った具合で、動きが遅い。
歩きだす四葉の横に並んだ。
「本当に大丈夫か……?」
「そんなに心配なら、手を差し出したり、肩を貸してくれてもいいのよ?」
「い、いや、それは……」
「ふふ、いいのよ、別に。じゃあ、行きましょうか」
四葉は小さく笑うとスタスタと一人で歩いて行ってしまう。俺は彩乃に追いついた四葉の背中を追いながら、ひとつため息をついた。
彼女の考えが、いまいちわからない。
四葉は俺が四葉を怖がっていると知っているはずだ。どんなときに怖がるかすらも。
それにもともと四葉はパーソナルスペースが人より広い。
だというのに、最近四葉からの接近やさっきのような問いかけが多くなった気がする。
嫌だというわけじゃないけど、精神衛生上あまりよろしくない。というか、普通に慣れない。それに……呪いのこともある。
別に四葉が無理をしている様子もない。さっきもごくごく普通の自然な笑みだった。
彩乃と違って四葉はかなり受け身の性格をしている。だから最近の四葉は、呪いも含め何もかもが初めてで、戸惑ってしまうというのが素直な感想だった。
何かわかればと四葉の横顔を眺める。
「……? 水流君、どうかしたかしら」
「いや……なんでもない」
「そう」とだけ口にして、再び視線は前へ。
相変わらず彼女の表情は薄い。
「やっぱわからないなあ……」
正直四葉の考えが読めたことの方が少ないけど。
俺はつい、大きくため息をついた。
しかし当の四葉はというと、その言葉通り本当に大丈夫だったらしい。どこか落ち着いたレストランに入ることも提案したが、適当に食べ歩きをすることになった。
四葉の顔色も良くなって、今も美味しそうにホットドックを頬張っていた。
「こういうところで食べるのは初めてだけど、案外美味しいものね。値段はかなりのものだったけれど」
「まあそれはしょうがないよねー。夏樹何食べてるの?」
「タコス」
聞いたことはあるんだけど食べたことはないから食べてみかったんだよな、これ。
端的に彩乃に返すとタコスにかぶりつく。パリッとした食感。ん、結構美味いな。ソースのピリッとした感じが好みかもしれない。
しかしなぜか四葉はそんな俺を見て呆れたような顔をした。
「水流君、もう少しお行儀よく食べたらどうかしら。生地がボロボロ落ちてるわよ」
「……意外と食べにくいんだな」
「ああもう、口にソースまでつけて……何してるのよ、ほら、じっとしてなさい」
「ちょっいいって! 自分で拭くから!」
どこからともなくハンカチを取り出して近づいてくる四葉から距離を取ろうとするも、さらにグイと近づいてくる。
微かな悪寒。これはダメだと自分で拭き取ると、四葉は離れてくれた。
体の力が抜け、息を漏らすと、ジト目でこちらを見ていた彩乃と目が合う。
「なんだよ」
「……いや? わたしは何を見せられてるんだろうなーって……」
「別に変なことはしてないだろうに」
「まあ確かにどっちかというと親子って感じだったけど」
「うっさいわ」
吐き捨てながらまたタコスにかぶりつく。今度は生地の破片を落とさないように、ソースを口につけないように、慎重に。
「水流君はそう言うの食べたことないのかしら」
「ないなあ」
「夏樹は外に出ないもんねー、友達いないから」
否定もできず、しかめ面をして再びタコスにかぶりついた。
「小学生からずっとだよね。なんだっけ、人と関わりたくない理由」
「いいから。思い出さなくていいから」
「ああ、思い出した。『他人が別の存在に見えて気持ち悪い』だっけ」
「いやもうほんと勘弁してくれ……」
彩乃がニヤニヤとムカつく顔でこちらを見ているのに反論しないのは、それが事実だからだ。
小学生の時から、そんなことを感じ始めてしまった。別人とかじゃなく、存在が違う。だから気持ち悪い。
多少は軽くなったとはいえ、今もそれは変わらない。でも事実だからと言って、あまり知られたくないことだった。
だってそんなのまるで。
「つまり厨二病ね」
俺が目をそらしたい事実を、四葉ははっきりと口にした。
「四葉やめてくれ」
「別に恥ずかしがることないでしょう。男の子はみんな通る道と何かで読んだ気がするし。私も大概厨二病よ?」
「それを平然と無表情で言えるのは多分お前くらいだよ」
普通は黒歴史になるようなことなのに。「あらそうかしら」と四葉は平然としていた。
だけど本の主人公を自分と思い込む、なんて癖は、確かに厨二病だ。
自分も同じだと言ってフォローしてるのか、なんて考えたが、遠回しすぎるしそもそも四葉はこんなことでいちいちフォローしない。
……ああだめだ、つい四葉の考えを探ってしまう。前まではこんなことなかったのに。
またため息。四葉はそんな俺を気にすることなく、「つまり」と口にし。
「厨二病同士の私たちは、お似合いってことね。ハイチーズ」
「――ッッ!!」
気がつけば四葉の顔は俺の顔の真横にあった。あと数センチ動けば頬と頬が触れるような距離。
四葉のきめ細かい肌にうっすらと汗が浮かんでいる。その匂いすら不快なものではない。黒く綺麗な瞳も、長い睫毛も。何一つ、不快に感じる要素はないはずだ。
だが背筋にこれ以上ない悪寒が走った。飛び退くように距離を取ろうとした時、パシャリとシャッター音がなる。四葉が自撮りをするように構えていた、いつの間にか取り出したスマホからだ。
ツーショットを撮られた。そう認識するときにはもう四葉は離れていた。
「ん、結構ちゃんと撮れたわね。……どうしたのかしら、水流君。変な顔して」
「……なんでもない」
大きく、大きく息を吐き出す。ああくそ、鼓動がうるさい。
まただ。また、近づいてきた。今までこんなに接近してくることなかったのに。
四葉に視線を向けるが、彼女はスマホをいじっているだけだった。今撮った写真でもチェックしているのだろうか。相変わらず表情は薄く内心は読み取れない。
「ああもう……」
わからない。わからないから、さらにあの感覚が増長していく。
彼女ははいつだってそうだ。多くは語らないから、何を思ってるのか、何を考えてるのかと悩むのはいつも俺。
胸の内によくない感情が行き渡り始めているのに気がついた。
……やめよう。ここにきたのは、四葉といつも通りになるためじゃないか。
黒いそれを振り切るように頭を振って、「よし」と小さく呟く。するとまた、ジト目でこちらを見つめる彩乃と目があった。
「なんだよ」
「……いや? 私がなんかする必要、あったかなーって思って」
「は?」
「なんでもなーい」
彩乃はプイとそっぽを向いて歩き出した。
彩乃も割とよくわからないことが多いな……。
ついまたため息を吐き出した。
◆
「次はここ! お化け屋敷!」
彩乃が行きたいところがあるというからついていくと、そこは怖いと有名なお化け屋敷だった。
オープンして長くないというのにもう有名ということは、そうなるくらいの怖さがあるということだ。
見た目は廃病院。崩れた看板だったり、表面が剥がれたコンクリートの壁だったり、ことごとく割れた窓。入ってもいないのにどこか薄ら寒くなった気がした。正直入る前から不気味だ。
「ここ来てみたかったんだよねー」
「お前ほんと怖いもの知らずだよな……四葉、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。水流君も心配し過ぎよ」
「いやでもなあ……」
ジェットコースターもダメだったし。いや、ジェットコースターとお化け屋敷は、また別の怖さだとはわかっているけど。
しかし四葉を見ても、別におかしな様子はない。
というか様子がおかしいのは彩乃の方だ。そんなに来たかったのか、お化け屋敷をみてはやけにニヤニヤしている。
列に並んで、自分たちの番を待つ。なんだか中の人たちの悲鳴すら聞こえてきているような気がするから不思議だ。前に進むにつれて、なんだか落ち着かなくなってきた。思ったより俺はそういうのが怖いらしい。
なんだかやっぱり気になって、四葉に視線を向ける。
「……どうしたの?」
本を読んでいた四葉とあった。やっぱり様子は変わらない。
「いや、別に……今何読んでるんだ?」
「陰陽師」
本当に大丈夫だろうか……。
しばらくすると、俺たちの番が来た。彩乃が「三人です」と係員のお兄さんに告げ、扉が開く。
吹き出てくる、湿った空気。そしてかすかな明かりのみの、病院内。
ここに入っていくのか……。
ブルリと体が震えた。
係員のお兄さんの「ではお入りください」の言葉に従って、俺も四葉も足を踏み入れ。そして背後で扉が閉まる音がなった――その時。
「あ、やっぱ二人と一人でお願いします!」
やけに楽しそうな彩乃の声が聞こえた。
まさかと思い振り返る。
そこにあったのは、閉まる寸前の扉の向こうでサムズアップする彩乃の姿。
そして。
「桜木さん……?」
「あいつ……!」
無慈悲にも扉は閉ざされた。
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