第22話 そして修学旅行が始まる。(2)
◇◇◇◇◇
「お待たせ、水瀬くん」
中野さんもお手洗いから戻ってきて、それからさらに十分ほど。ようやく佐藤と日向が戻ってきた。
「どこに行ってたの?」
「ちょっと、同じクラスの男の子に呼び出されて、ね」
「あー、なるほど」
例の告白ラッシュは修学旅行が始まってもなお、収まっていないということなんだろう。
初日から告白するとか、爆死したらこの三日間ずっと微妙な気分で回ることになるだろうに、よくやるよ。本当に。
「まあ、小春はモテるからね。仕方ないよ」
「まだ慣れないけどね……」
「慣れない?」
何気なく呟いた佐藤に、日向が反応した。
そうだった、日向は地味子だったころの佐藤を知らないんだった。
俺からすると日向のことはずっと昔から知っているし、その日向が佐藤のことを知らないというのは少しだけ不思議な気分だ。
「あ、成海には話してなかったっけ? これ、一か月前の私」
佐藤ははっとしてスマホを操作すると、画面を日向に見せる。
それは、彼女が変わろうとする少し前の彼女の写真。
地味目な眼鏡を隠すようにして目元までかかった長い前髪、校則順守のきちっとしすぎた着こなし、そしてなによりもカメラから逃げているかのような自信なさげな表情。
そのすべてが、今の彼女とは違っていた。
「えっ、これが小春⁉」
「うん」
日向が驚くのも無理はない。俺だって何も知らずにその写真を見せられたら仰天する。
それほどまでに佐藤の変わり具合はすごいものなのだ。
「また急になんでこんなに? イメチェンをするようなキャラにも見えないけど……」
画面に映る、クラスの端で一人で本を読んでいそうな少女の姿を眺めて、日向が疑問を口にする。
俺も『生徒会長になったから』というのがきっかけだと勝手に思っていたが、実際に佐藤から理由を聞いたことはなかった。
「まあ、私にもいろいろ思うところがあったんだよ。それに……」
「それに、なに?」
聞き返した日向に「うーん」と唸って、それから表情をぱっと明るくさせて、佐藤は答える。
「ううん、なんでもない。あえて言うとしたら、生徒会長になったから、かな?」
佐藤の言葉を聞いて日向が発した声は、なにか深読みしてそうな意味ありげな「ふーん」だった。
「みんな、そろそろバスに向かおうよ! もう乗りこめるんじゃない?」
かおりに言われて、集合時間がそろそろ近づいてきていたことを思い出す。
「お、そうだね。そうしようか」
「うん、バスでゆっくりしてよ!」
何気なく腕を絡めてきたかおりから目を逸らしながら、俺は少し足早にバスへと向かった。
「神木に中野、水瀬と藤宮に、あと佐藤と……」
「日向です。先月転校してきたばかりの」
「あぁ、日向か。空いてる席に好きに座っていいぞ。早い者勝ちだ」
歩いて五分と掛からず駐車場に着くと、乗り口に立っていた木本に声を掛けてバスに乗り込む。木本は相変わらず、やる気なさげなおっさんだった。
ここから俺たち、二日目に京都を見て回るグループは皆、バスで京都のホテルまで向かう。
高速道路を飛ばして四時間半は掛かるらしいが、学校へ帰るには一番近いので、三日目の午前中いっぱいまで散策をすることができる。
京都へ行かない他の人たちはどこへ行くのかと言うと、香川と岡山へ行く。
その三か所だったら京都しかないだろうと最初は思っていたが、案外香川でうどんの食べ歩きだったりとか、岡山だと……何をするのかは分からないがとにかく、きれいに生徒たちは三か所に散らばった。
「そうくん。小腹も減ったし、お菓子でも食べよ? みんなにも、はい」
後ろから二番目の席に腰を下ろすと、かおりがリュックからチョコ系の菓子を取り出してみんなに配り始める。
「このバスでもレクとかはないんだっけ?」
「うん。あるのは三日目のクラス別の帰りのバスだけだったはず」
ちょっと子供っぽいかもしれないけれど、学生でバスの車中と言ったらやっぱりレクレーションをするのはお約束だ。お楽しみは最終日までお預けだけれど、初日で疲れ切ってしまうよりはいいだろう。
それよりももっと楽しくなるであろう、班別行動も明日に控えているわけだし。
「まあ朝も早かったし、寝てればすぐにホテルに着くだろ」
「お前、まだ寝るのかよ」
亮にそんなことを言った俺だったが結局、誰よりも早くかおりと二人で眠りについてしまい、目を覚ましたときには亮からツーショットの寝顔の写真が送られてきていた。
黙って待ち受けにしたことは言うまでもないだろう。
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