第21話 そして修学旅行が始まる。(1)

               ◇◇◇◇◇


 離陸直前のあれこれもあったが、徐々に遠くなっていく羽田空港とお別れしてから予定通り一時間と少しで広島空港に到着した。


 機内から豆粒くらい小さく見える街や見慣れない雲の上を見下ろしている間に時間はあっという間に過ぎて、本当に束の間の空の旅だった。


 空港に着いたらまたもやクラスごとにバスに乗り、原爆ドームの近くへと移動。戦時中を知るお年寄りの講演を聞いて昼食を済ましたら、自由に原爆ドーム周辺を見学だ。



「水瀬くんっ!」



 存分に修学に励んで、原爆ドームの近くをかおりたちと歩いていると、後ろからふいに名前を呼ばれて肩に手を置かれた。


「ッッッ⁉ ……ってなんだ、佐藤か。あと日向も」

「なんだとは失礼だなぁ、水瀬くん」

「あたしはついでみたいに言うなよ」


 振り向いた俺に二人は不満げに言う。


 佐藤はすっと俺から離れて、手を後ろで組むと少し前傾姿勢になっての上目遣い。一方の日向は腰に手を当てて男さながらのポージングだ。


 日向が男っぽいからっていうのもあるんだろうけれど、それにしても本当に佐藤はこの一か月でずいぶんと変わったなと改めて思う。


 もちろん外見も変わったんだけれど、それは選挙の翌日からだ。それよりも一か月という期間で、内面が徐々に変わってきているのが見ていて分かるというかなんというか。


 よく告白されるようになったからか自信が表情から満ち溢れるようになったし、一つひとつの仕草がいちいち可愛くなった。


 今だって、俺にかおりという彼女がいなかったら、危うくときめいてしまうところだった。ちょっとあざといんだけどわざとらしくなくて、根幹にある真面目さも垣間見えるとか、反則過ぎると思う。そこら辺のクラスの男子を連れてくればきっとイチコロだ。


 まあ俺は、かおり以外にはなびかないけどね!



「水瀬、無視すんなし」



 一人で考えこんで返事を忘れていた俺に、日向がむすっと睨みを利かせる。


「……あ、悪いわるい。二人も一緒に見て回る方が良いよね。そのあとのバスも一緒だし」

「そうだな。どうせだし六班のメンバーで回るか」


 ここらの見学が終わったら明日の班行動の行き先ごとに分かれてバスでホテルまで移動することになっているので、全員一致の意見でそうすることにした。


 とは言っても原爆ドーム以外にこれといって見るものもなく、少々時間を持て余しながら六人で適当に歩いて回る。


 結局、一時間ほどふらふらと時間をつぶしたところで、耐えきれなくなったかおりが口を開いた。


「なんか本当にすることないね。集合って何時だっけ?」

「三時だから、あと三十分くらいかな」


 まったく。だから生徒主任の先生にも生徒会として広島でそんなに時間使えないって意見したのに。せいぜいこき使ったくせに、「【修学】旅行だからな。これは外せない」とかしれっと言い放ちやがった。お前の趣味だろ。完全に。


「じゃあちょっと座って時間まで待っていようよ。もう疲れちゃった」

「そうだね。そうするか」

「じゃあ俺はトイレ行ってくるわ」

「私も」

「あたしちょっと小春と用があるから」

「え、成海⁉ ちょっと……!」


 ちょうどいていたベンチを見つけて言ったかおりに賛同して、俺も腰を落ち着ける。亮と中野さんは二人仲良くお手洗いへ、佐藤は日向に引きずられて、どこかへ行ってしまった。

 二人とも仲良くなれているみたいでなによりだ。


「はぁ……疲れた」

「ほんとにね」


 何気なく手をベンチに置くと、その上にそっと小さく可愛らしいきれいな右手が重ねられる。



「やっと二人だけになれたね」



 周りには他にも生徒がいるというのに、かおりはうっとりと優しく笑った。



「う……うん」



 十秒か、二十秒か。時が経つのがやけにゆっくり感じる。かおりの温もりが、手を通して俺にも伝わってくる。


 そんな柔らかい雰囲気を断ち切ったのは、トイレから帰ってきた亮だった。


「ふぅ、スッキリしたぜ……って悪い、お邪魔だったか!」

「「ッッッ⁉」」


 不意に現れた亮に驚き、かおりと二人して肩が跳ねる。


 亮は俺たちの反応を見て、愉快に笑った。


 実に不愉快だ。



「…………亮、いいもんやるよ」



 ピロンッ。


 俺は腹いせにスマホを操作して、写真を亮に送り付けた。さっき撮ったばかりの、とっておきの一枚だ。



「なんだよ……っておい! なんだよこれ!」



 亮は訝し気に自分のスマホを確認して、それから面白いくらいに取り乱し始める。


「なにって、飛行機の中でのお前と中野さんだよ。中野さんにも送っといてやるか」

「や、やめっ! 奏太、お前! 写真消しやがれ!」

「やなこった!」


 俺だって寝顔を撮るのは気が引けたけど、あまりにも二人が幸せそうに肩を寄せてるもんだからね。撮って二人に送ってあげようと思っていたんだ。良心だよ。良心。


 みだりに他人にカメラを向けたりはしないからね!


「はぁはぁ……」

「神木くん。そんなに慌てなくても、すずちゃん喜んでたよ?」


 俺からスマホを奪おうとして息を切らした亮に、かおりはそう言って笑った。亮は顔から血の気が引いていっているようだ。


「え……藤宮、すずにその写真送ったのか?」

「うん! 広島空港に着いてすぐに」

「…………」

「別にいいだろ。両想いなんだし」

「…………」


 ちなみにかおりの話によると、中野さんのスマホの待ち受け画面はすでに、例のツーショットに変わっているらしい。


 良かったな、亮!


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