第7話 そして幼馴染の彼女と遊園地へ行く。(4)

               ◇◇◇◇◇



「結局、これが一番待たされたね」

「まあ、この時間帯だしね」


 お化け屋敷を途中でリタイヤした後、もう辺りも暗くなってきたので、最後に観覧車に乗って帰ろうという話になった。それから列に並んで待つこと約一時間半。まさか観覧車の列が一番長いとは思いもしなかった。


 見渡す限りのカップルに溢れた順番待ちもようやく終わり、係員の指示通り扉の開いたゴンドラに乗り込む。


「私、観覧車に乗るの初めてかも」

「実は俺も」


 きっと十二時の位置に到達するころには、明かりで色鮮やかに染まったこの遊園地全体を見渡せるんだろう。なんともロマンチックじゃないか。


 柄じゃあないがたまにはこういうのもいいなぁ、と物思いにふけってしまう。


「結構、ゆっくり進むんだね」

「うん」

「これ、止まったりしないよね?」

「大丈夫だと思うよ」


 個室に二人きり。カップルにとってはこれ以上にない最高の空間なはずなのに、思うように会話が続かない。いつものようにいかない。


 少しずつ高くなっていくゴンドラから、二人して同じ窓の外をただ黙って眺める。


 一分、二分。ゆっくりだが着実にてっぺんへと近づいていく。徐々に遊園地の全体図がはっきりとしてきて、俺はそんな景色に目を奪われて――。



「――ここ最近、ずっと寂しかったんだからね?」



 沈黙を破ったのは、かおりだった。



「……うん。ごめん」

「これからは生徒会の仕事をするときも、ずっと一緒だからね」

「……うん」


 思い返すまでもなく、この一か月、俺はかおりをほとんどほったらかしだった。いくら選挙の仕事があったとはいえ、それを言い訳にしていいはずもない。自分でもそれを分かっていたからこそ、今日、一緒にここに来ようと誘ったんだ。


 でもかおりは、多少不満そうな態度をとることこそあれ、寂しいだとか会いたいだとか、そういうことを自分から言ってくることはしなかった。伝えても俺が困るだろうから、ずっと胸にしまっていたんだろう。昨日本人が言っていた通り、この一か月の間、かおりはずっと我慢をしていたんだ。



――ここ最近、ずっと寂しかったんだからね?



 彼女にそんなことを言わせてしまって自分が悔しくて、でもやっと本音を言ってくれたことはちょっとだけ嬉しくて。


 俺は振り向いて、視線を窓の外からかおりへと移した。



「――えっ」



 瞬間。ほんの一瞬だった。


 唇に柔らかいものが甘い香りと一緒に触れて、そして離れていった。


 茫然とする俺とは相反して、してやったりとにやけるかおり。そんな笑顔で今起こったことを認識して、俺は徐々に顔が熱を帯びていくのを感じる。


「……付き合って一か月で初チューとか、遅すぎじゃない?」

「そ、そんなことないでしょ」

「そうなの?」

「……知らないけど」


 目を逸らした俺に、かおりはまたくすっと笑う。


「そうくんからして欲しかったなぁ」

「…………」


 根性なしとでも言いたげな目で見てきやがって! そうだよ! 俺は根性なしのチキン野郎だよ! 自分が一番分かってるわ!


 俺が心の中でほざいている間にかおりは大きく息を吐いて、俺を見つめてから目を瞑った。


「ん」

「…………」

「ん!」


 いわゆる、キス顔というやつで、かおりは早くしろと俺を急かしてくる。


 彼女にここまでさせたんだ。さすがに男を見せないと。


「はやくー」


 行け! 俺!



 ――チュッ、と。



 かおりのようにすまし顔なんてする余裕もなく、ますます顔が熱くなった。


「うむ、満足まんぞく」

「……」


 へへっ、と嬉しそうにするかおりから、俺は目を逸らす。


 もう十月の夜だというのに、ゴンドラの中は汗をかくほどに暑かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る