第5話 そして幼馴染の彼女と遊園地へ行く。(2)

               ◇◇◇◇◇



「そうくん、大丈夫?」

「ん……うん。だいぶ良くなってはきたよ」


 あれから――最初にジェットコースターに乗ってからというもの、『バイキング』と言われるようなぶら下げられた船で大きく前後に揺さぶられるアトラクションや、タワーの上までゆっくりと上昇していってそこから一瞬で落下するもの、そのほかにもありとあらゆる絶叫系の乗り物を網羅して、片っ端から乗っていった。


 その結果、俺は午前中いっぱいも持たずにダウンし、こうしてベンチの上でかおりの太ももという最高の枕に頭をのせて、休ませてもらっている。


 まあ初っ端からほとんど気を失いかけていたし、無理して絶叫系に乗り続けていたんだからこれでも頑張った方だと思う。


「ねぇ、喉乾かない? 炭酸でも買ってこようか?」

「ごめんね。じゃあお願いしようかな」

「オッケー。ちょっと待ってて!」


 少し余裕が出てきてようやくかおりの柔肌の感触を感じ取れそうになってきていたのに、残念ながら太ももは俺の頭の下から引き抜かれて、代わりに硬いベンチの冷たさが伝わってきた。


 いや、でもこれはこれで、ひんやりとしていて気持ちいいかも……。


 意識が夢の世界に持ってかれそうになっているところに――。


「――あれ? 水瀬?」


 名前を呼ばれて、反射的に肩が跳ねた。


「どうした? 遊園地まできて寝てるとか、面白いんだけど」


 続けて投げかけられた言葉に視線を向けると、健康的な日焼けした肌に、髪を後ろで一つにまとめた少女が――日向成海ひなたなるみが立っていた。


「……日向、久しぶり。海の家以来か。ちょっと気分が悪くなってさ……休んでるんだよ」


 生気の抜けた声で答えた俺に、日向が「あぁ、そういえば水瀬、アトラクション苦手だったか」と納得する。


 日向とは中学時代に一度だけ、一緒にこの遊園地に来たことがあった。確かあのときは、かおりが中学から転校していってしばらくの間、ずっと俺を慰めてくれていたそのお礼にと、俺から誘ったんだった。


 そのときは俺が絶叫系を苦手だという話も前もってしていたので、ほかの施設やらアトラクションで勘弁してもらったのだが、まさかそんなに昔のことを覚えているとは驚きだ。


「そうだ。わたし友達と来てるんだけどさ、みんな絶叫系ばっか乗ってて飽きてきたし、体調戻ったら一緒に回んないか? 水瀬が嫌じゃなければだけど」


 日向は急によそよそしくなって、そんな提案をしてきた。俺にとって日向は数少ない親友だし、それなりに魅力的な提案でもある。


 でも流石に、彼女とのデート中に他の異性と……なんてのはまずい。デート中じゃなくともかおりが嫌がるのが目に見えている。


 ありえない話だけど、もし俺がここに一人で来ていたとしても、今の俺にはかおりという彼女がいてその彼女が嫌だと感じるのなら、俺個人のわがままで大切な彼女を振り回すわけにはいかないだろう。


 せっかく誘ってくれたというのに、心は痛むけれど。


「あぁ……いや、悪――」


 俺が自分の言葉で断ろうとしたのを、横からの声に遮られた。


「――そうくん、おまたせ! って、え?」

「「あ……」」


 思わず、日向と息ぴったりにフリーズする。


 なんだかだいぶ前にもこんなことがあったような……。


「そ……そうくんの浮気者ッ!」

「ち、ちがっ!」

「じゃ、じゃああたしは行くから。じゃあな!」


 かおりは地団太を踏み、俺は慌てて否定をし、そして日向はすべてを察したといった様子で早足に去っていく。


「まったく、こんなところにも伏兵がいるだなんて、油断も隙もあったもんじゃないんだから」

「誤解だって……」

「ふんっ! そうくんの女ったらし」

「だからちがうんだよ……ってうわっ!」


 弁解しながらもかおりが買ってきてくれた缶の炭酸ジュースの栓を開けると、泡が溢れ出してきて思わず声が上がった。


 かおりがあんなに荒っぽく振るから……。


「罰が当たったみたいだね、そうくん」

「…………」


 腑に落ちないことだらけではあったが、いつの間にやら気分の悪さは缶ジュースの中身と一緒にどこかに消えてしまったようだった。

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