第4話 そして幼馴染の彼女と遊園地へ行く。(1)

               ◇◇◇◇◇



「そうくん、お待たせ。待った?」


 家から最寄りの駅の案内所の前で、私服姿のかおりが手を振りながらやってきて言った。


 真っ先に目が行ったのは頭にちょこんと乗っかっている黒のベレー帽。どうやってかぶっているのかもよく分からないけれど、良く似合っている。


 視線をおろしていくと白いブラウスの上に黒地のロングカーディアン、さらに下にはベージュのワイドパンツと秋らしいコーデだ。


 俺もそれなりに気合いを入れた服装をしてきたつもりではあるけれど、こんなのを見せられるとどこか変なところはないかと不安になってくる。


「……ちょうど今来たところだよ」

「そっか、良かった!」


 かおりは俺の返答を聞くとにこっと笑って、なにか言いたげに髪先をくるくるといじり始めた。


 昨日の夜かおりが「明日は駅で待ち合わせにしようよ!」と言い出したときに、いや別に家から一緒に行くのと変わらないだろ、とか少しでも思った自分を叱ってやりたい。


 これ、結構いいぞ。うん。


「その、なんだ……似合ってるよ。すごく」


 俺はかおりの意図を察して、思っていたことをそのまま伝える。


「ほんと? そうくんも、今日はおしゃれしてきてくれたんだね! かっこいいよ!」

「あ、ありがと」


 褒められ慣れていないものだから、ドストレートにそう言ってもらえるとどうすればいいのか分からなくなってしまう。


 でも、変じゃないみたいで良かった。適当なデニムにシャツとジャケットをなんとなく合わせただけだけど、お気に召してくれたみたいだ。


「そうくん、いこっ!」

「うん」


 かおりはいつもよりがっしりと、俺の腕にしがみつくように自分の腕を絡ませる。


 本当に久しぶりというか、前に一緒に行った買い物はついでみたいなものだったし、ちゃんとしたデートは付き合ってからこれが初めてなんじゃないか?


 がらにもなく浮かれたことを考えながら、改札へと続くエスカレータに乗った。



               ◇◇◇◇◇



「ねぇねぇ、そうくん! なにから乗る?」


 最寄駅から市街地まで電車に乗り、バスに揺られること約一時間。県内一の遊園地にようやく着いて、かおりは元気よく駆けだした。


 入り口で入場料の支払いを済ませて、俺は手を引くかおりに答える。


「かおりの好きなのでいいよ。できればあんまり絶叫系じゃない方が――」

「――ほんと? じゃあとりあえず、ジェットコースターいこっ!」

「…………うん」


 県内一というか、むしろ県内唯一のまともな遊園地であるここは、主に絶叫系が人気で県外から来る人もいるほど。絶叫系が苦手なくせになんで遊園地に行こう言った昨日の自分を、俺は少しだけ恨んだ。


「三十分待ちだって」

「三十分じゃあ結構空いてるんじゃない? 分かんないけど」

「まあ、あっという間か」


 待つのが嫌なら絶叫系はやめてメリーゴーランドでもコーヒーカップでもいいんだけど、なんてことは言わずに、黙ってジェットコースターの列に並ぶ。


 三十分の待ち時間があると言われるとだいぶ待たされるような気がするけれど、実際には適当に話をしているうちに列がどんどん進み、もう次の次くらいには乗れそうな位置まで来てしまった。


 遊園地に来るのなんて小学校ぶりだ。ましてやこんな本格的なジェットコースターに乗ったことなんて、今までに一度もない。


 ぐるんぐるんとレールは何度も回転していて目が回ってしまいそうだし、そもそもサイズ感がすごい。普通の遊園地にはない迫力というか壮大な雰囲気が漂っていた。


 キャーキャーといたるところから聞こえてくる絶叫に、鳥肌が立つ。


「そうくん、次の一番前だって」

「ま、まじか……」


 ジェットコースターは最前列が一番スリルを味わえると、前に見たテレビでもやっていた気がする。


『はーい、お疲れさまでした。それじゃあ次の皆さん、乗り込んだら荷物を足の下に挟み込んで、上にある安全バーをしっかりと下げてください』


「ほら、早くいこ!」


 順番よ回ってくるな、などと祈っているうちにいよいよ自分の番になり、係員のお姉さんの指示に従って俺とかおりは一両目に乗り込んだ。


 バックをしっかり足で押さえつけて、ついでに肩掛け紐を足に通しておく。


「楽しみだね!」

「……ま、まぁ」


 上手く笑えているか、自信がない。っていうか、なんでかおりはそんなに平気そうな顔をしているんだよ。



『皆さん準備はよろしいですね? それでは、行ってらっしゃい』



 いくら待ってくれと思っても、無情にもゆっくりと、ぎしぎしと軋む音を立てながらコースターは動き出した。



 ……どうかチビりませんように。



 進んでいるのか止まっているのか分からないくらいのスピードで、ものすごい傾斜を少しずつ上っていく。



 ガタン、ガタン。



 そして数十秒をかけてレールのてっぺんまで登り切ったかどうか、というところで、一度完全に静止した。



「うわぁ……きれい」

「ほんとだ」



 隣から聞こえてきた声に、俺も同調する。


 遊園地全体を見下ろし、真正面には日本一の山、富士山。壮大だとかそんな言葉では言い表せないほどに美しいパノラマが一面に広がっていった。


 これは、最前列の特権だな。一番前ってのも案外、悪くないかもしれな――。



「――ッッッッ!」



 本当に一瞬だった。視界にくっきりと富士の山が焼き付けられたのもつかの間、物理法則に従って今度は真っ逆さま。


 大声で叫んだり両手を高くあげたりなんてする余裕もなく、安全バーにしがみついてひたすらに息を止め、思いっきり踏ん張る。


 一方の隣では、かおりが楽しそうにバンザイして黄色い声をあげていた。



 いや、ちょっともう無理……。



 俺の記憶があったのは、そこまでだった。


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