第32話 そして彼女は想いを巡らせた。(1)(すず side)

               ◇◇◇◇◇


「こんばんはー」


 夕飯もお風呂も済まして、時刻は九時前。私はいつものように家を抜け出して、亮の家のインターホンを鳴らした。


「あらすずちゃん、いらっしゃい。亮なら二階にいるわよ」


 開かれた玄関から亮のお母さんが顔を覗かせる。女手一つで亮とこの家を守ってきた、すごい人だ。


「はい。お邪魔しまーす」


 私は亮のお母さんに笑顔でそう言って、亮の部屋へと向かった。


「亮ー」

「――ッッッ⁉ びっくりしたなぁ。入るときはノックしろっていつも言ってんだろ」


 いつも通りに、私は勢いよく亮の部屋の扉を開ける。こうすると毎回亮の肩が飛び跳ねて、面白いからだ。


「大丈夫だよ。引き出しの二段目に入ってる雑誌とか、本棚の三段目の端に入ってる肌色成分多めの本をあさったりなんてしないから」

「おっ、おまっ⁉ なんでそれを知って……つか、絶対勝手にあさっただろ!」


 さりげない口撃を聞いて取り乱す亮を見て、私はさらにたたみ掛けたくなる。


「あさってないよーだ。この間亮のお母さんに教えてもらっただけだし」

「いや! そっちの方がショックでかいわ! 親バレとか最悪すぎだろ。…………母さん、知ってたのか」

「母は偉大なりって言うしね」

「……」


 かなり本気で落ち込んでしまったようなので、亮をいじめるのはこのへんでやめることにした。


「ねぇ」

「……なんだよ」


 亮のベッドに腰かけた私に、そのすぐ隣で横になりながら亮が答える。


「ううん、なんでもない」

「…………なんだよ」


 しばしの沈黙が流れる。


 私は今日の出来事を思い返した。本当に色々なことがあった。


 ずっと隠してきた想いを亮に伝えてしまったし、その代わり演説は台無しにしてしまった。教室に戻ってからは先生にはこっぴどく叱られるし、クラスメイトには囲まれるしで、大変だった。


 亮が打ち明けてくれた話を聞いた。気になっていた受験の件の真相を知って、素直に嬉しかったけれど、でも私と亮の間柄で、そんな気遣いなんてしてほしくないとも思った。亮が悩んでいるとき、一番に頼るのは私であってほしいと望んだ。


 確かに私の両親は私を医者にしたいと思っているだろうけれど、これは私の人生だ。自分がやりたいことは自分で決める。


 そして私は、ずっと亮の隣にいたい。憎まれ口をたたき合って、よく口喧嘩して、それでもたまには優しい表情も見せちゃったりなんかして。そんなふうに亮の隣で、支え合っていきたい。それが私の本心。心の底からの願いだ。


 いつかはちゃんと付き合って、恋人として二人でいろんな場所へ行って、手を繋いで、キスをして――。


 そう切に思う。


 でも今は――。


 このままの関係で妥協してもいい。


「ねぇ、亮。マッサージしてあげる」


 私は沈黙を破って、今日ここに来た目的を果たすべく口を開く。


「なんだよ、急に」

「いいからいいから。うつ伏せになって」


 亮は渋々といった様子で言われた通りになり、私はその上にちょこんと乗っかって――。


 思いっきり、舞台袖での恨みを込めて亮の脇をくすぐった。


「うひゃひゃひゃっ!」


 部屋にはしばらくの間、亮の奇声が鳴り響いた。

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