第31話 そして彼ら彼女らは演説に臨む。(8)(奏太 side)
◇◇◇◇◇
「え……えぇ、それでは、これより投票に入ります。一年一組から順に、出口で投票を済まして退場してください。投票口は限られていますので、ゆっくりお願いします」
コホン、とひとつ咳払いをした後、何事もなかったかのように茜がアナウンスをした。
中野さんの告白から生徒たちの雑談は収まらず、それでもゆっくりと投票を終えた人から捌けて行く。
「なんていうか……大胆だったね、すず」
「さすがにあれは予想できなかったよね」
舞台裏でこそこそと佐藤とそんな話をする。
中野さんはだいぶ緊張してるようだったけれど、それも告白しようと思っていたからなのだろうか。
「でも、あの二人なら心配ないでしょ」
かおりが笑いながら話に入ってきた。
中野さんの思わぬリタイヤで、実質選挙は佐藤とかおりと一騎打ちだ。
かおりの演説もなかなかオリジナリティがあったし、茜の応援演説は俺のそれよりも断然上手だった。でもきっと、勝つのは佐藤だと思う。
かおりには悪いけれど、前にも言った通り、この選挙には負けてもらうことになる。
「二人とも、戻ってこないね」
「まあ、いろいろ話してるんじゃない?」
心配そうにしている佐藤に適当な言葉を返して、俺は息を大きく吐いた。
とりあえず、選挙もこれでお終いだ。結果が出るまでにはまだ数時間はかかるだろうけれど、やることはすべて終わった。あとは待つだけだ。
佐藤が勝っても、万が一かおりが勝っても、俺は副会長になるのか……。
少しだけ、気が重くなる。
ただ来月には修学旅行があって、そのことを考えるとちょっぴり頬が緩んだ。
「そうだ。修学旅行先、どこに行く?」
「ッッ⁉」
エスパー⁉
俺の頭の中を覗いたのか、かおりが唐突に話題を振ってくる。
「……俺はやっぱり京都が良いかなぁ。四国ってのもありっちゃありだけど。まあみんなの意見に合わせるけど」
「ふーん。佐藤さんは?」
「私は……水瀬くんと同じで京都かな」
「ふーん……じゃあ、私も京都が良いかなぁ」
なにを張り合っているのか、かおりも俺たちに意見を合わせてきた。
「まあ、亮と中野さんにも聞いてみてかな」
「もう多数決なら決定しちゃってるけどね」
「確かに」
さっきまでの緊張した雰囲気はどこかに行ってしまって、終始和やかに雑談をする。
「私たちも、そろそろ教室に戻る?」
「そうだね。行こうか」
生徒の三分の一くらいが投票を終えたタイミングで、俺たちは立ち上がった。
相変わらず体育館には話し声が響いていて、時折笑い声が混じって聞こえてくる。
「うん、そうだね。行こっ、そうくん!」
投票を終えた生徒たちとは別の、舞台袖のすぐ近くにある扉から俺たちは外に出た。
見せつけるように俺の腕にしがみついたかおりをちらりと見て、佐藤は優しく微笑んだ。
◇◇◇◇◇
『それでは、集計が終わりましたので、開票結果を発表します』
選挙後のホームルームが終わり教室で待機しているところに、スピーカーからアナウンスが流れた。
今回の選挙に関わった俺や茜、佐藤以外の生徒会メンバーと、各クラスから数人ずつ選ばれている選挙実行委員総出の集計がようやく終わったらしい。
一瞬、後ろの席のかおりに緊張が走ったように感じる。
『――当選、佐藤小春さん。五百十九票』
数瞬の沈黙の後、平淡な女子生徒の声が教室に響いた。
「あ……」
「……うぅ」
かおりが残念そうに項垂れる。
廊下からはバタバタと忙しい上履きの音が聞こえてくる。
「水瀬くん、当選したよ!」
「あぁ、うん。おめでとう」
佐藤だ。
かおりに恨めしそうに見つめられているのなんて気にもせずに、彼女は満面の笑みで喜んで見せる。
よっぽど嬉しかったんだろう。こんなに遠慮のない表情の佐藤を見るのは初めてだ。
「これも水瀬くんのおかげだよ。本当にありがとね」
「なに言ってるんだよ。佐藤が頑張った結果だろ?」
俺の言葉に、佐藤は首を振る。
きらりと輝いた瞳で俺を見据えて、それから彼女は言った。
「ううん。水瀬くんが演説の練習に付き合ってくれたから、緊張してた私を励ましてくれてたから、上手くいったんだよ」
「そ、そっか……」
そんなことを言われたら、俺だって照れてしまう。
「……そうくん!」
じっと見つめる視線がひとつ。落選して落ち込んでいたんじゃなかったのか、かおりはジト目で俺を睨んでいる。
『藤宮かおりさん、百五十二票。中野すずさん、三十五票。無効票、十一票。繰り返します――』
「っていうかすずちゃん、あんな演説だったのに意外に票多くない⁉」
「え? まあ、そうかもね」
当選者の発表から数十秒ほど間が空いて、補足のように他の二人の獲得票数も公開され、かおりの興味はそっちに移ってくれた。
放送が始まってかおりの机の近くに来ていた中野さんが、顔を赤くしながら答える。目線の先にはもちろん亮がいた。
あの告白の後、二人はクラスメイトに囲まれていて、どうなったのかは聞くに聞けなかったけれど、様子を見る限りではきっと上手くいったんだろう。
「まあ、振られちゃったんだけどね」
「「え⁉」」
少しだけ哀愁を漂わせての驚愕のカミングアウトに、俺はかおりと息ぴったしに声をあげる。しかし、綺麗にそろった俺たちの声に最初に答えたのは、中野さんではなく亮だった。
「いや、別に振ったってわけじゃなくてだな……」
「いいや、私は確かに振られたね!」
「いや、だとしたらなんでそんなにお前が偉そうにしてんだよ!」
そんな会話を見て、俺は胸を撫でおろした。いつも通り、仲良しの二人だったからだ。
「うっさいわね! 別にいいでしょ! 何がいけないのよ!」
「悪いだなんて言ってねぇだろ……っておい奏太! なんだよその顔は!」
「いや、なんでも?」
俺はかおり、佐藤と目配せをして、三人でにやりと口角を上げる。
「くっそ! みんなしてバカにしやがって!」
鼻息を荒くした亮に、俺は耐えきれなくなって吹き出した。
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