第22話 そして彼ら彼女らは一歩踏み出した。(奏太と小春の場合)

               ◇◇◇◇◇


「そうくん。私、負けないからね!」

「悪いなかおり。今日勝つのは佐藤だ」

「このそうくんの浮気者!」


 いよいよ選挙当日。


 いつものようにかおりと二人、歩きながらそんなことを言い合う。


「なに言ってんの。俺は佐藤の応援責任者なんだから、いくらかおりが相手でも手は抜かないからな」

「むぅ……そんなの分かってるし! それでも私が勝つんだもん!」


 かおりは息を荒くして、ぷいと俺から視線を外した。


 実際問題、かおりにせよ中野さんにせよ、この学校に転校してきたばかりの二人が佐藤に勝てるかと言ったら、よっぽどのことがない限り難しいだろう。


 一般生徒なんてこの選挙にそれほど興味があるわけでもないし、無難なところを選ぶに決まっている。


「まあ、でも一応応援はしてるよ。俺個人としてはね」

「ふんっ! 応援したきゃ勝手にすればいいじゃん」


 俺はすっかりかおりの機嫌を損ねてしまったみたいで、隣りを歩く彼女のスピードが上がる。


「ちょっと待ってってば」

「そうくんなんて知らないもーん」


 心なしか足音を大きくさせて進む彼女の後姿に、俺は少しだけにやけた。



               ◇◇◇◇◇



「奏太、もうそろそろ行った方がいいのか?」


 昼休みが半分ほど過ぎたところで、亮が時計を見ながら俺に言った。


「ん? そうだね。そろそろ移動した方が良いかも」


 俺も時間を確認して、演説原稿の入ったファイルを手に立ち上がる。


「そうくん、もう行くの?」

「うん。早めに行っといた方が良いだろうし。俺は佐藤に声かけてからいくから、みんなで行ってて」


 かおりは目を細めながら意味ありげに「ふーん」とだけ返して、準備をし始めた。


「じゃあ、俺行くから」

「あぁ、すずがトイレから戻ったら俺たちもすぐ行くよ」


 亮たちと別れて、俺は教室を出る。佐藤がいるのは二つ隣のクラスだ。


「あっ、水瀬くん。もう行く?」

「うん」


 教室の入り口からひょいとのぞき込んでいると、佐藤が気づいて廊下に出てきてくれた。


 そのまま二人並んで、体育館へと向かう。


「なんか緊張して来ちゃった。私、大勢の前で演説するなんて初めてだしさ」


 階段を下りながら、佐藤が珍しく弱音を吐いた。


 この一か月、言えなかった本音が直前になって漏れてしまったのかもしれない。


 俺はそんな佐藤に、思ったことをそのまま伝えることにする。


「緊張なんて誰だってするよ。俺も人前に立つのはけっこう苦手でさ、今だって心臓バクバクだよ? きっと中野さんやかおりだって同じだと思う。佐藤はさ、今日までずっと頑張ってきたでしょ? たぶん、三人の中で一番頑張った。だから、自分を信じて練習してきたとおりにやれば大丈夫だよ。この一か月の佐藤を見てきた俺が保証する」

「水瀬くん……」


 柄にもなく、少しくさいことを言ってしまった気もするけれど、それが本心。

 一番身近で佐藤を見てきて、ひたむきに頑張る姿を俺は見てきた。


 佐藤は下を向いて大きく息を吐き、それから顔を上げる


「ありがとう。私、頑張るね!」

「おう。応援してるよ!」


 話している間にもう目の前まで来ていた体育館に、俺たちは一歩踏み出した。

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