第6話 そして幼馴染の彼女はやってきた。(6)

               ◇◇◇◇◇


「すずちゃん、T大志望だったんだね」

「ん? あぁ。親が両方とも医者の名家ってのも大変だよね」


 歓迎会のことを思い出しながら、当たり前のように俺のベッドに寝転がるかおりをちらりと見る。


「まごころかけて育てた娘が男の家に通ってるだなんて、父親からしたらやっぱりきついよなぁ」

「そう? うちはそういうのなんにも言われなかったけど」

「それが異常なんだけどね」


 相変わらずのかおりを横目に、俺は中野さんが歓迎会で言っていたことを頭の中で整理することにした。


 中野さんが父親の力を使って俺たちのクラスに転入してきたのはまあ納得するとして、それならなぜ最初から亮と同じ高校へ進学しなかったのか。


 正確にはしなかったのではなくできなかったのだが、それは勉学に集中させたいという中野さんの父親の意向と、とある勘違いがあってのことだった。


 小学校こそ地元の公立に通ったが、中学は私立に受験をして進学したのだと、彼女は言っていた。


『でもそれなら――』

『うん、亮も同じ中学校だったよ。あいつ小学校のころ、サッカーのクラブチームでやってたからさ。何校かから学費免除のスポーツ特待生の話が来てたの。うちの中学からもね』


 まさか亮が私立中学出身だったとは思いもしなかったが、言われてみると一年の最初の自己紹介で、亮だけ出身中学を言っていなかったかもしれない。

 何か言いたくないわけでもあったのだろうか。


 まあそんなこんなで中学は一緒だった二人だが、高校受験の段階で亮が中野さんに黙って公立高校を受験したのだという。


 それがうちの高校だったわけだが、なぜ亮が自分に黙って違う高校へ行ってしまったのか、それが中野さんには分からない。


 最初は高校が違うくらい大丈夫だろうとも思っていたけれど、実際は部活やら何やらで全然一緒にいられなくて、そして――。


 転校してきたと。


「全国模試で一位を取って父親を説得するなんて、俺たちには考えられないよね」

「ん。まあでもさ、そんなことだって成し遂げられちゃうのが恋なんじゃないかな」


 そんな少しキザなことを言って、かおりは俺から目を逸らした。


「確かに。かおり、そろそろ帰った方がいいんじゃない? もう十一時だし」

「大丈夫、今日はそうくんのとこに泊まってくるっていってあるから」

「え?」

「え?」


 いやいやいや! 


 さすがに付き合った次の日にそんなことを宣言してきたら、かおりの両親にあらぬ誤解をされるのでは⁉


「でもほら! 一階には母さんもいるし!」

「ん? 大丈夫だよ。ちゃんと許可はとったから。あんまりうるさくしないように、とは言ってたけど」

「いや母さんなに言ってんだよ!」


 いや、「俺こそなに言ってんだよ!」か。


「どうしたの、そうくん? 今日はほら、そうくんが前に気になってるって言ってた映画のDVD借りてきたんだよ」

「そっ、そうなんだ。じゃあ見ようか」


 一人で変に意識して、変なことを言って。


 なんだかすごい恥ずかしくなってきた。


「じゃあ俺飲み物持ってくるから、適当に棚からお菓子出しといて」


 俺は少し頭を冷やそうと、部屋を出て台所に向かう。


 冷蔵庫を開けて、中から出てくる冷気で涼んで、それから冷えた緑茶の入ったポットとコップを持って部屋に戻った。


「そうくん、このチョコみたいなのでいい?」

「ん? いいよ」


 電気を暗くして、シアターモードに設定しながら、俺は適当に答える。


 DVDもプレイヤーに入れて、再生ボタンを押して。


「そうくん、これおいひいよ」

「ちょっとかおり、一人でつまみ食いしないでよ」


 映画の前のお馴染みのロゴが画面に出てきたところで、俺は異変に気づいた。


「えへへ~。だっておいひいんだも~ん」

「……」


 かおりがぐたりと力なく俺に肩にもたれかかってくる。



 デジャブ。



 前にもこんなことがあったような……。


 俺は急いでチョコの袋を手繰り寄せて、原料の記載欄を見た。


 いや、原料を見るまでもなかった。


『ワインチョコ』


 そう品目に書かれていたからだ。


 しかももう食べ終わったらしい小袋がいくつか転がっている。


 またこうもバクバク食べて……。


「……映画はまた今度かな」


 俺は気持ちよさそうに寝息を立て始めたかおりを抱きかかえて、ベッドに横たえる。


「おやすみ」


 そしてテレビを消して、居間のソファーへと向かった。


 かおりの隣で添い寝してしまおうかとも少し思ったけれど、強靭な理性で誘惑に打ち勝った自分を、今日は褒めてやりたい。




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