第59話 なぜだか花火大会の後には集まって花火をする。(1)


                ◇◇◇◇◇


「そうくん、今日は本当にありがとね」

「うん。おやすみ」


 花火大会が終わってから、まだやっていた屋台まで戻ってりんご飴を買い、それを食べながらゆっくりと家まで歩いた。


家の前でかおりと別れて、俺も玄関を開ける。


「ただいまー」

「あら、奏太。おかえりなさい。シャワー浴びちゃいなさい」

「んー」


 居間からひょっこりと顔を出した母さんに返事をして、とりあえず自分の部屋へと向かった。


 財布をベッドに放り投げて、すぐに風呂場に直行する。


「あ……浴衣返すの忘れてた……」


 脱衣所で帯をほどいて、ふとそんな当たり前のことに今更気づいた。


 そうだった。お祭りに行くときにはかおりの家に寄って、着付けをしてもらってから出かけたのだから、帰りだって寄るべきだったかもしれない。


 でも、浴衣はクリーニングにでも出して後日返した方がいいのか。それとも、すぐにでも返した方が良いのか。


 なにしろ経験がないもので、答えも出ずに考えながら浴衣を脱いでいるときだった。


 玄関のインターホンが鳴らされた。


「奏太、出てくれる?」


 俺は鏡に映るステテコ姿の自分を見て少し躊躇しながらも、仕方がないので玄関の扉を開ける。


「そうくん、浴衣そのまま着ていって、うちに制服置きっぱなしだったでしょ。はい、これ。あと浴衣脱いだならもらってくよ」

「えっと、このままでも大丈夫?」


 俺は差し出された制服を受け取って、右腕に掛けた浴衣に目を落とした。


 目立った汚れはないけれど、汗もかいたしいい匂いがするとは到底思えない。


「ぜんぜん平気だよ。じゃあもらっていくから!」


 かおりは俺から浴衣をさっと取るとにこっと笑って、手を振って帰っていく。


『ねぇ、今日あんまり花火見れなかったし、今から公園で花火しない?』


 かおりからそんなメールが届いたのは、俺がシャワーを浴びてしばらく経ってからだった。

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