第58話 なぜだかお隣さんと花火大会へ行く。(4)
「でもなんで俺の座布団がこんなところにあるの?」
名前付きの座布団を見ていると、そういえば俺が小学校の時に作ったもののような気がしてきたが、それにしたってそれがこんな神社にあるということがおかしい。
「うーん……そうくん、なにか思い出さない?」
「……分からないなぁ」
記憶の断片すらも思い出せず、俺はため息を吐く。
「まあ、そのうち思い出すでしょ」
「えっ……すごい気になるんだけど」
「自分で思い出してください~」
「なんだよもう……」
花火もちょうどまた一段落ついたようでしばらく上がらなくなって、俺は体を横に倒した。
夜の静かな神社に、鈴虫の鳴く声だけが響く。
……疲れた。今日は本当に疲れた。
人混みにくるだけでもどっと疲れるというのに、それに加えてかおりをおぶってここまで歩いてきたのだ。
そりゃあ疲れるに決まっている。
俺はゆっくり息を大きく吐いて、それと一緒に目を瞑った。
「――ぅくん……そうくん!」
一瞬。感覚的にはほんの一瞬だった。
「ん……」
「もうこれが最後だってよ!」
どうやら少し寝入ってしまっていたようで、かおりに体を揺すられる。
「そっか」
寝ころんだまま、足をぶらぶらとさせながら花火を眺めている彼女に目をやる。
花火を背景にして、かおりの横顔が――。
「――かお……ちゃん?」
かおりの横顔がやけに幼く見えて、俺は無意識にそう呟いていた。
「そう……くん?」
なんで忘れていたのだろう。
俺は毎年、かおりと花火大会を見に来ていたというのに。
そしていつもここに来て、二人並んで屋台で買ったものを食べながら花火を眺めていた。
座布団だって最後にかおりとここへ来た日に、俺が忘れていったんじゃないか。
少しずつ、水が染み込んでいくように、かおりとの花火大会での思い出がよみがえる。
射的でやけになってお小遣いをすべて使いこんでしまったことも、金魚をすくい過ぎて帰ってから母さんに怒られたことも、かおりが毎年欠かさずに食べていた大好きなりんご飴のことも。
「かおり、下駄貸して」
「え? はい」
『いいか坊主、鼻緒が切れちまったら、ハンカチと五円玉があれば簡単に直せるんだ。しっかり覚えとけよ。こんな具合でな』
前にも、かおりの下駄の鼻緒が切れて、祭りを抜けて家まで帰ったことがあった。
そのときにおじさんが言っていたことだ。
かおりから下駄を受け取るとハンカチをほどけ目から細くちぎって、五円玉の輪っかに通す。
そのまま下駄の足先の穴にハンカチを通して、切れてしまった鼻緒同士を縛って結び付けた。
「ありがとう、そうくん」
「うん。そろそろ行こうか」
驚いて少し目を見開いたかおりの手を引いて、立ち上がり歩き出す。
「座布団は?」
「来年まで置いとくよ」
俺はかおりに答えて、石段に一歩足を踏み出した。
正面の夜空には、今年最後の花火が何十発と打ち上げられて、そして消えていった。
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