第18話 なぜだか球技大会で悪夢がフラッシュバックする。


 七月十二日。球技会二日目。その朝。


 俺は珍しくアラームや茜よりも早くに目を覚ました。


「うっ……まぶしっ」


 カーテンを開けて入ってきた陽光が寝不足の目には強すぎて、思わず言葉が漏れる。


 昨日は結局、かおりの部屋で見た写真のせいでいろいろと考えてしまって、マッサージもそこそこにして早くに部屋に戻ってきたというのに、眠りにつけたのは空が明るくなってからだった。


 前に見つけた手掛かりは、小学校の卒業アルバムだけだった。


 中学校のアルバムにはかおりの名前はなかったし、卒アル以外にかおりと一緒に映っているような写真も出てこなかったので、俺はてっきりかおりとは小学校時代だけの友人関係なんだと思い込んでいた。


 ところがどっこい。かおりの部屋にあったツーショットの写真は中学の学園祭でのものだった。

 距離感もかなり近かったし、かなり親しかったであろうことはその一枚の写真からでも想像できた。


ただ。


ただ、問題なのは――。


「ぜんぜん思い出せないんだよなぁ……」


 そんな写真を見てもなお、かおりのことをまったくもって思い出せないという俺がいることだった。


               ◇◇◇◇◇



「そうくん、昨日はあんなに早く帰ってどうしたの? 泊まっていけばよかったのに」


 いつものように家まできたかおりと合流して学校へと向かうその電車の中で、ふいにかおりが話を切り出した。


「いや、ちょっとね……。っていうかなにもなくても泊まってはいかないよ⁉」


 実を言うと、昨日帰ってから昔の写真やらアルバムやらをもう一度掘り返してみたのだが、結果的にやはり何も見つからず終い。


 それでも、最近は思い出せなくてもいいかと思いかけていた昔のかおりとの関係に再び興味がわいた。


「かおりってさ、小学生の頃のことってどのくらい覚えてる?」

「え? どのくらいって……仲良かった子とあんなことして遊んだなぁとか、学校行事であんなことがあったなぁとかかな。そうくん、もしかして私のことやっと思い出した?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」


 瞳を一瞬煌めかせたかおりに、俺は正直にそう言った。


 すると、かおりはあからさまにがっかりして、「なーんだ」とため息を吐き肩を大げさに落とした。


 小学生時代、俺に仲の良い友人なんていたのだろうか。

 学校行事にしたって、これといって印象に残っているようなこともない。


 ただ抽象的に、この時期にはこんなことがあったなぁ、となんとなく覚えている程度。


 昔のことなんてみんなその程度の記憶しか持ち合わせていないのではないだろうか。

 別に俺に限らず、当時のことを細かく覚えている人は少数派だろう。


「俺とかおりってさ、小学校の時クラスメイトだったんだよね?」

「やっぱり思い出し――」

「――卒業アルバムに載ってたからさ」


 大きく目を見開いたかおりには申し訳ないが、俺は率直に事実を伝えた。


「そっか……。でも同じクラスだったことも覚えてないなんて、さすがにへこむなぁ」

「ごめん。俺、昔の記憶がけっこう曖昧でさ」

「それって記憶喪失⁉」

「いや、そんな大それたことじゃないよ。なんとなくは覚えてるしさ」


 そう言ってみて、俺は中学最後の部活の大会のことを思い返した。


 試合中盤まで。それまでは鮮明に覚えている。


 でも、試合がある程度まで進んだところから、ぷつりとその記憶は途絶えてしまっている。


 何度思い出そうとしてみても、そこから先にある何かを手繰り寄せることはできない。

 そのときの試合がどんな展開だったのかをチームメイトに聞いても、皆黙って俯くだけだった。


 今更その試合がどういうふうにして決着したのか、そんなことを知ったってどうこうなるものでもない。



 それでも。



 心のどこかに得体のしれないなにかが引っかかっているような感覚は――。


 

ずっとある。









「――おい! 奏太行ったぞ! 上だ!」 


 名前を呼ばれて、俺ははっと我に帰る。


 亮の声の通りに真っ青な空に視線を上げると、そこには真っ白いボールが舞い上がっていた。


 球技大会の決勝。試合も大詰め。最終回で一点差、一打逆転のピンチで何とか打ち取った当たり。


 これを捕れば試合終了だ。


 打球が最高点に達して、少しずつ加速しながらこちらへと落ちてくる。

 俺は強く脈打つ心臓を抑え込んで落下点に入り、捕球態勢をとって――。


 そして、ボールはグラブに弾かれた。



「あ……」



 思い出した。



 中学最後の試合。

 あれは俺のエラーによる逆転負けだった。

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