第19話 なぜだか体育倉庫に閉じ込められる。(1)
◇◇◇◇◇
「奏太、ありゃしょうがないって。気にすんなよ」
決勝戦が終わり水道で頭から水を浴びているところに、亮がやってきて慰めてくる。
「べつに気にしてないよ」
「ならいいけどさ……」
俺はタオルで頭と顔を拭いて、亮が差し出した缶のジュースを受け取った。
「ありがと」
「お前がいなきゃ準決勝で負けてたからな」
亮は空を見上げながら、ベンチに腰を下ろす。
「まあ確かに」
プシュッ、と笑いながら缶のふたを開けて、俺もその横に座った。
あの時。エラーをする直前。急に足が固まって、動かなくなった。
ボールが落ちてくるまでがいやに長く感じられて、それでもどうしようもなくゆっくりと時が流れていた。
別にこの球技大会に格別思い入れがあったわけでもない。
負けたってたいして落ち込むこともないし、所詮はただの学校行事だ。
積み上げてきた努力や練習もまったくもってなかった。
ただ、あの一瞬だけは、中学最後の試合でしでかした自分のミスと重なった。
ついさっきまでどんなに思い出そうとしても思い出せなかったその記憶が、これから起こることの再現のように頭にフラッシュバックした。
それだけのことだった。
「そうくん、体調は大丈夫? 試合が終わった途端に急に顔色悪くしてどっか行っちゃうから心配したよ」
「ごめんごめん。もうすっかり治ったから大丈夫だよ」
「そっかー。良かった」
グラウンドに置いてきてしまったかおりが駆け足でこっちへ来て、俺の隣にちょこんと座る。
もしかしたらかおりのことも、なにかちょっとしたきっかけで思い出せるのだろうか。
かおりと過ごした記憶は、今回のようにあまり思い出したくないようなものだったのだろうか。
考えれば考えるほど深い沼にはまっていってしまいそうだ。
『お知らせします。球技大会の全種目、全試合の日程が無事終了しましたので、十分後に表彰式を行います。皆さん、体育館へと移動をお願いします』
「やばっ……試合終わったら表彰式の準備手伝うようにって茜に言われてたんだった。かおり、行くぞ!」
「う、うん!」
アナウンスを聞いて姉からの指令を思い出した俺は、かおりの手を引いて走り出す。
無意識につかんだ彼女の手の感触に、どこか懐かしさを感じた。
◇◇◇◇◇
「疲れたなぁ」
「あとはこれを体育倉庫にもっていけばもう終わりだよ」
表彰式を兼ねた閉会式を終えてから、テントを畳んだりサッカーゴールをもとあった場所へ戻したりと片づけをすること数十分。
運動部の男子たちが協力してくれたこともあって、作業も思っていたより早く一段落して、あとはマーカーコーンをしまうだけだ。
「これだけなら一人で運べるし、かおりは先に教室戻っててもいいよ?」
「ううん、ついていくよ」
かおりがそういうので二人で並んで体育倉庫へと向かう。
一般生徒はもうほとんど下校したらしく、校舎まわりにはほとんど人影もない。
グラウンドから体育館のわきの細い通路を通って、最短距離で体育倉庫へ。
「ねぇ、そうくん。あれ」
「ん?」
かおりが視線を投げた先に俺も目をやると、そこには二人の男女がまじめな面持ちで向かい合っていた。
「――お、俺っ……ずっと前から村上さんのこと好きだったんだ。付き合って……くれないか?」
耳を澄ますまでもなく、そんな声が聞こえてくる。
わざわざ体育倉庫の陰で告白するくらいなんだから誰にも聞かれたくなかったんだろうが、聞こえてきてしまったものは仕方がない。
俺たちは二人に気づかれないように、できるだけ足音を殺して体育倉庫に入った。
「いやぁ、まさかあんな場面に出くわすなんてね」
「ほんとにね」
小声でこそこそと話しながら、奥にある棚の上にマーカーコーンをのせる。
「――本当に⁉ よっしゃあ!」
外から聞こえてきた声から察するに、どうやらさっきの告白は成功したらしい。
それにしたって喜びすぎな気もするが、俺はかおりと顔を見合わせて口元を緩めた。
「帰ろうか」
「そうだね」
カップル誕生という微笑ましい場面に遭遇して、なんとも心が優しくなったような気分になりながら入り口に向き直る。
そして向き直った先に見た光景に、絶句した。
「――まったく誰だよ、開けっ放しにしたやつは」
ギィィと耳に響く金属音を上げて、体育倉庫の重い扉が閉じていく。
否、男子生徒に閉められていく。
「おい、ちょっ――」
ガタン。
俺は声を上げたのとほぼ同時。わずかな隙間から入ってきていた陽光がなくなり、扉は完全に閉まった。
「「え……」」
……どうやら、体育倉庫に閉じ込められたらしい。
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