第5話 なぜだかお隣さんに教室であーんをされる。

 キーンコーンカーンコーン――と午前の授業の終了を知らせる鐘が鳴り、皆が一斉に体を伸ばす。


「奏太、ご飯食べよー」

「あぁ、今日茜が家に弁当忘れてったからさ。それ届けてくるから先に食ってて」

「そういえばそうだったね。いってらっしゃいー」


 かおりと一緒に飯を食べるのも今日で三日目になり、さぞ一緒に食べるのが当たり前かのようになっている。

 それどころか今朝は二日続けてかおりに起こされて、このままいったら毎朝かおりに起こされるというのも習慣になりそうなくらいだ。

 

 俺はかおりに見送られて教室をあとにし、自分で作った弁当を忘れるという何ともドジっ子なところのある姉のクラスへと向かう。

 

 正直、昨日なんとも気まずい場面に出くわされてしまったのであまり乗り気ではないが、だからといって母さんに渡してくれと頼まれた弁当を放置しておくわけにもいかない。


 別に茜が腹を空かせて困っていたらかわいそうだから、とかは微塵も思っていないが、仕方なく三年生の教室まで歩いた。


「すみません。水瀬茜を呼んでもらってもいいですか?」

「あいよ、ちょっと待ってなー」


 目的の教室の前に着くと、俺は入り口をうろうろとしていた先輩に頼んで茜を呼んでもらう。


「はい、忘れ物」

「あれ? 私、弁当忘れてたっけ⁉」

 

 俺が思っていた以上にうっかり屋さんであるらしく、気付いてもいなかった様子の茜。


「玄関に置きっぱなしだったって母さんが言ってたけど」

「そっか。ありがとー」


 茜は振り向きざまにそれだけ言って、教室の中へ戻っていった。


 話してみると思ったほど気まずくもなかったな。


 考えてみれば別に昨日だって見られて困るようなことは一切していないし、茜もただうるさかったことに腹を立ていただけなのかもしれない。


「おかえりー。はい、卵焼き。一個あげる」

「あぁ、ありがと。じゃあ今日はこの唐揚げをひとつやろう」

「おっ、やった!」


 自分の教室に戻ると、俺はかおりとの昼食を楽しむことにした。


 世の中にはかわいいは正義という言葉が存在するが、あれは本当によく言ったものだと思う。


 目の前に座るかおりを見ながら、俺はそんなことを考える。


 なんてったって何もしてなくても見ているだけで心安らぐ。まあ俺みたいなザ・ビジュアル普通系男子がこんなにかわいい女子と関わっていられるということ自体が奇跡に近いとも思うが、戦場にでもかわいい女の子を一人連れて行けば、存外世の中から争いは消えてなくなるんじゃないかと、ちょっと真面目に考えてしまう。


「……」


 ふいに、クラスのほぼすべての男子から妬みと怒りのこもった眼光を感じる。


 いや確かに、俺みたいなパッとしないやつが美少女と楽しく談笑しながらランチしてたら、俺でも妬ましいとは思うだろうけど。それにしたってあまりにもギラつかせ過ぎじゃあないだろうか。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 前言撤回。きっと戦場にかわいい女の子を一人だけ連れて行ったら、取り合いになってさらに悲惨な争いが始まるに違いない。そうに決まってる。かわいいは争いのもとだ。


 いちいち周りを気にしていると精神が崩壊してしまうので、俺は現実から目を背けるように弁当を掻きこむ。


「ちょっと! のどに詰まらせるよ!」

「大丈夫、だいじょ――ッッッ! ゴホッゴホッッッ!」


 米が……米が気道に入った……。


「大丈夫⁉ ほらこれ飲んでいいから」


 かおりは俺を心配して、水筒のコップに麦茶を注いで渡してくれる。


「あ、ありがと……」

「まったく、一気に掻きこむからだよ」


 可愛いうえに面倒見もいい。なんてラブコメだよ、これ。


「――おうおう、奏太。今日もなかなかお熱いねぇ」


 俺が危うくかおりに惚れかけていると、後ろから亮がそう言って話しかけてきた。


「えっと、神……木くん?」

「神木亮。一応藤宮とも同じ班なんだけどね……。数少ないこいつの友達だよ。よろしく」


 同じ班なのに名前を忘れられかけていたことが気に食わなかったのか、亮は俺にひどいことを言う。


「数少ないとかいうな! 確かに少ないけど!」


 こいつに言われるとむかつくんだよ。うん。


「でもそういわれてみると、私が転校してきてから奏太が誰かと話してるの、ほとんど見ないねー」


 あはは、とか能天気に笑ってかおりが言う。


 ひどい! ちょっと傷ついた!


「別にいいだろ。俺は交友関係は狭く深くと決めてるんだ」


 鼻を鳴らして俺は言うが――。


「へぇ。言ってくれるじゃねえか。俺とは親友ってことか?」

「そっ、そうくん! 私とは友達以上恋人未満みたいな感じってこと⁉」


 二人がにこにこしながら揚げ足取りのようなことを言ってきた。


「……あぁ、もうそれでいいよ」


 これ以上なにか言っても話がごたつくだけに感じて、俺は適当に返事をする。


「あっ、もうそろそろ昼休みも終わるよ。かおりも弁当食べちゃいな」


 話に夢中になっている間にだいぶ時間がたっていたらしく、俺がそう言い終えるとほぼ同時にチャイムが響いた。


「奏太、私もうお腹いっぱいだから、これだけ食べて」


 俺が弁当箱を片付けているところに、かおりが箸でつまんだシューマイをひとつ差し出す。


「ほら、片付かないから早く!」

「……」


 まったく。昨日もっと慎んだ行動をしてくれって言ったのはもう記憶の彼方なのか。


 亮がやってきたおかげで教室じゅうの視線も和らいでいたのに、かおりがこんなことをし始めるから気が付くと注目の的に返り咲いてしまっていた。


「ほら!」 


 ぱくっ。


「あ……」


 無理やり口に押し込まれて、仕方ないのでもぐもぐと口を動かす。


 気付くと、女子のグループ内ではおぉーと小さな歓声と拍手が巻き起こっていた。


 それとは対照的に、男子勢からは今までで最大級の殺意を孕んだ視線が飛んでくる。


「おいしい?」

「ん」


 恥ずかしさで心拍数が跳ね上がりながらも、小さくうなずく俺。


「まあ冷凍なんだけどね」


 かおりが笑って放ったその言葉は、心臓の音でかき消されてよく聞こえなかった。

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