第4話 なぜだかお隣さんがやたらとベタベタしてくる。
「えぇ、今日でちょうど中間テストまで一週間だ。みんなわかってはいると思うが、今日からすべての部活が活動休止になり、放課後一時間は教室で勉強をすることになる。まじめにしっかりと取り組むように」
担任の木本が最後にそう言って、教室を出ていく。
いつもならこれで解散、帰宅なのだが、木本が言ったように今日からはこの後に勉強会がある。全員参加強制のテスト勉強週間だ。
部活動が休止になるのは帰宅部も例外ではないらしく、少なくとも一時間は学校に拘束されることになる。
「えっ……ちょっとそうくん、来週テストなの?」
声に振り向くと、後ろの席でかおりが愕然としていた。
「あれ? 聞いてなかったの? っていうか、そうくんって呼ぶな」
いつの間にか戻っていた呼び名を指摘して、俺は前に向き直る。
「ねぇ、今日帰ったら勉強教えてよ」
前を向いた俺に、耳元から小声でささやくかおり。
「……まあいいけど」
俺はそれだけ言って、数学の問題に意識を集中させた。
◇◇◇◇◇
「あら、かおりちゃんいらっしゃい。奏太! かおりちゃん来たわよー」
「今行くー」
学校から帰って半袖短パンに着替えたところで、かおりは私服に着替えて家にやってきた。
自室から出て一階へ降りると、そこには赤と黒のチェックのミニスカにシンプルな白いTシャツを合わせたかおりがいた。
正直言って、めちゃくちゃ可愛い。
「じゃあかおりちゃん、ゆっくりしていってね」
「はーい」
いつの間にそんなに仲良くなったのか、かおりは母さんに返事をして階段を上る。
「部屋の中、ちゃんと片づけてある? 見られてまずいものとか、しまうなら今のうちだよ?」
俺の部屋の前まで来て、かおりはにやりと笑って言った。
「そんなもんないから心配ご無用だよ」
「そっか。今は本なんてもう古いもんね」
彼女は続けて「時代はネットね」とせせら笑いながら部屋に入り、軽く中を見渡す。
っておい、なんで知ってんだ。エスパーかよ。
「結構きれいなんだね、男子の部屋なのに」
「まあそれなりにはね。座布団敷いてあるから、適当に座って」
俺はできるだけ動揺を表に出さないように意識して、部屋の真ん中に出した折り畳みの机の近くに腰を下ろして、かおりにも座るよう促した。
「ねぇそうくん、この服どう?」
「だからその呼び方は恥ずかしいからやめてくれって――」
「――二人きりなんだから別にいいでしょ? それよりほら。この服、似合ってる?」
かおりはそう言うと一度立ちあがってひらりとその場で一回転して見せる。
「ちょっと、見える! 見えるって!」
俺が座っているのにミニスカでそんなことをするもんだから、危うく中身が見えそうになってしまった。
見えなかったけど。チラリズム。
「もうそうくんったら変態なんだからー」
ちょっと悪乗りしたような口調で彼女は言い、「で、感想は?」と付け足して俺を急かす。
「ま……まあ、もとがいいからね。似合ってるよ」
控えめに言って超かわいい。
「え? ほんとに? そんなもとがいいだなんて言われると照れるなー」
かおりは向日葵が咲いたような笑顔で、頭を掻いて照れる。
「ほら、そろそろ本題に入ろ」
「本題?」
こんなことをしているといつまでたっても勉強が始められないので話を切り出したが、当のかおりは自分が何をしに来たのがご存じではない様子。
「……かおり、何しに来たの?」
「そりゃあ、そうくんとお話をしに――って、冗談だよ! 冗談っ!」
きっ、とにらみを利かせた俺を見て、慌てて勉強道具を机に出すかおり。
「ほら、勉強するよ。分かんないところがあったら遠慮しないでどんどん聞いてね」
「はーい」
ようやく静かになった部屋で、俺はシャーペンを走らせる。
しかし誰もいない部屋で美少女と二人っきり。さらにはその彼女は薄着ときたもんだ。集中できるわけがない。
煩悩を必死に頭から追い出し、無心で計算を進めていく。
「ねえ、そうくん。この問題分かんないんだけど」
「え? あ、うん。この問題は――ッッッ⁉」
顏を見て説明しようと問題から視線を上げると同時に、俺は軽く飛び上がった。
さっきまで向かい合っていたかおりが隣まですっと間合いを詰めてきていて、そして俺に触れるくらいの距離まで顔を近づけてきたのだ。
「この問題は……なに?」
肩と肩は完全に触れ合っているし、女の子特有のなんだかいい香りもほのかに香ってくるし。
こんな状況で意識しない男なんて、いるはずがない。
「ねえ、そうくん。どうすれば解けるの?」
そんな俺の心中などどこ吹く風と、かおりはさらに体を寄せてくる。
「ちょっと俺、飲み物取ってくるわ! なんか暑いし!」
耐えられなくなった俺はばっと立ち上がり、足早に部屋を出て台所へと向かう。
「あら、奏太。どうかしたの? あんた顔赤いわよ?」
「なんでもないよ。ちょっと部屋が暑かっただけ」
居間でくつろいでいた母さんに話しかけられたが、適当に返事を返す。
冷蔵庫から取り出した麦茶とコップを二つお盆にのせて、ゆっくりと深呼吸してから二階へ戻った。
「どうしたの、急に? そんなに暑かった?」
「……男っていうのはさ、かわいい女の子にあんまり近くに来られると、体温が上がるもんなんだ。まったく、ほかの男だったら襲われても文句言えないぞ、かおりは」
無意識のうちに、思っていたことを口に出してしまう。
「え……そうくん、そんなに意識してたの?」
「そりゃ、自分の部屋に女の子と二人っきりで、ましてやあんなにくっつかれたら誰でも意識するだろ」
「そ、そっか」
かおりは本当に何も考えずにベタベタしてきていたらしく、俺の言葉を聞いてなんとも複雑な表情を浮かべた。そうかと思うと今度はにやりと口角を上げて――。
「そっかそっか。ウブなそうくんには刺激が強すぎたねっ!」
座っている俺の上から手を回してぎゅっと体重をかけてきた。
「ちょっと! だからそういうところだって言ってるんだよ!」
「分かっててやってるんだよ!」
うれうれ、とかいいながら、さらにぐいぐいと体重をかけてくるかおり。
「当たってる! 当たってるって!」
小さい胸が! 当たってるよ!
「ちょっと今、なんか失礼なこと考えなかった?」
「考えてない……よ?」
エスパーかよ! 完全に心読まれてんじゃん!
考えを見透かされて部屋の扉の方に目をそらす――と。
ガチャ。
ノックもなしに扉が開き、その先で絶対零度のごとく冷ややかな瞳と目が合った。
一瞬、時が止まった。
「あんた、部屋に女の子連れ込んでいちゃこらいちゃこらと、いいご身分ね」
一瞬にして背筋が凍っていくが、そんな俺など気にも留めずに姉の茜は俺を見下す。
「ちょっ、茜! そんなんじゃないって!」
「どうでもいいけどもうちょっと静かにしてちょうだい。私だってテスト期間なんだからね」
ふん、と鼻を鳴らし、扉を荒っぽく閉めて茜は部屋を出ていく。
これ、なんて修羅場だよ。
かおりに目を向けると、茫然自失といった様子。
「かおりが調子に乗りすぎるからこういうことになるんだぞ」
「あんな場面を相手の家族に見られるとか、どういう拷問よ……」
「これに懲りたらもうああいう行動は慎むんだな!」
追い打ちをかけるようにかおりに言ってやったが。
「はぁ……」
意味もなくドギマギさせられて、挙句の果てにそんなところを実の姉に見られて。
一番損してるのは俺なんだよな……。
それからはお互いまじめに勉強に集中したが、二人分の溜息は途絶えなかった。
……はあ。
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