第十七話 アナザーサイド―姉小路さんは甘えられたい1
昨年の
それでも執行部に招かなかったのは、彼の言動に危うさみたいなものを感じたからだ。
バンドを組んだときなんかとくにそう。触ったこともないベースの演奏をふたつ返事で受け、たゆまぬ努力でものにした。本番の演奏を成功させ、文化祭を盛りあげられたことにさぞ喜んでいるかと思えば、出てきた言葉は、
『それより俺、大丈夫だった?』
『迷惑かかってない?』
だった。
ひとは『周囲に迷惑をかけたくない』というモチベーションだけで、あそこまで努力できるものなのだろうか。このままでは彼を壊してしまう――いや、もうどこか壊してしまっていたのかも。
そう思うと怖くなって、わたしは彼を拒んだ。
ただ少し、伝え方はよくなかったかもしれない。
いや、『ロックじゃない』という言い回しは、赤羽利くんの行動の空虚さをうまく表現できていたと思う。
ただ、あるいは、もしかすると、万が一、ほんのちょっぴり分かりづらかったかもしれない。ロックに心酔するあまり、ロックが万能であると信じこんでいるところが、わたしにはある。
もしかすると、煙に巻かれたと思われてるかも。
突き放す形になってしまった赤羽利くんのその後が心配になり、わたしは彼女を呼び止めた。
「赤羽利さん、だよね?」
「はい?」
朝、友人と並んで教室へ向かっていた赤羽利くんの妹――梨子さんに声をかけた。彼女はメガネのレンズの奥から意志の強そうな視線を送ってくる。
「わたし、姉小路っていうんだけど」
「知ってます」
「お兄さんは、いまどんな感じ?」
我ながら要領を得ない質問だ。彼のことが気になっているのに、いざ訊くとなるとびびってしまった。
また分かりづらいことを言ってしまったと自己嫌悪する。
でも梨子さんは小首を傾げるような仕草をしたあと、
「大丈夫ですよ」
と、まるですべてを察したかのように答え、なぜか隣の友人に、
「ね? コト」
と話をふった。
コト、と呼ばれた友人はちょっと驚いたような顔をしたあと、曖昧に微笑んだ。
「むしろ先輩には感謝してます。おに――兄は、あまり執行部の仕事に向いていないと思っていたので」
「そう、ね」
わたしは頷いた。でもわたしの意識は九割方、コト、呼ばれた女の子のほうに向いていた。
少し緊張したような面持ちで手を重ね、気をつけするみたいに立っている。
わたしはそんな彼女から目が離せなかった。話がふられる前は梨子さんの友人Aとして視界にも入っていなかったのに、いったんそこにいると意識すると、控えめで楚々とした美しさに目を奪われてしまう。
梨子さんは「では」と会釈するとわたしの横を通りすぎていった。コトさんも固い表情のまま小さくお辞儀して梨子さんにならう。
廊下の角を曲がるふたり。わたしはコトさんのことが気になってあと追った。
わたしが角に差しかかった瞬間、
「緊張したあ!」
という声が聞こえて、思わず身を隠した。角から頭だけ出して様子を窺う。
コトさんが梨子さんに抱きついていた。
「会長さんとはじめて話をしたよ~」
「コトは話してなかったでしょ」
「ん~、そうだっけ?」
コトさんは梨子さんの胸に顔をこすりつけている。
「ちょっと、誰かに見られるでしょ」
梨子さんが注意すると、コトさんは上目遣いで、ちょっと口をとがらせるようにして、
「ダメ?」
と駄々をこねるみたいに言った。
梨子さんは顔をそらし、メガネを指で押しあげた。頬が少し赤い。
「ひ、ひとが見てないなら、いいけど……」
「やった」
コトさんは幸せそうな表情で梨子さんの胸に顔を埋めた。
わたしはうめき声が出そうになり、口を手で押さえてうずくまった。
――かわいっ……!
真面目で大人しそうな彼女が気を抜いた瞬間の、あの愛くるしさはどうだ。
――天使……?
わたしはもう一度、角から顔を出したが、ふたりが離れていく背中が見えるだけだった。
「ああ……」
ちゃんと目に焼きつければよかったと、思わず後悔のため息が漏れる。
わたしは立ちあがり、胸の下で手を組んだ。
――わたしもコトさんに甘えられたい……。
一緒にライブに行ったりご飯を食べたり「お姉ちゃん」って呼ばれたりしたい。「お姉様」でもいい。
ともかく彼女とお近づきになりたい。
わたしは生徒会室へ歩みを進めながら、コトさんと
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