2 婚約者の過去を追え!
ロックマートは、ラナルディアの守り役だった爺の、古くからの
爺が亡くなった後、その代わりのように、ラナルディアを支えてきてくれた。
ジランドラルでも指折りの豪商で、ヤララギの絹織物、ジャスターの宝石、スフの陶磁器、イルドカーズの香辛料など、高価な贅沢品を他国と通商することで莫大な富を得ている。
買い付け、という名目で、ロウエン王国への商隊を組んでくれないだろうか、ついでにラナルディア自身もこっそり連れていってくれないだろうか、という無茶な頼みも、ちょうど、美術品を仕入れたいと思っていたところなので、と、さらりと引き受けてくれた。
バレたら、一国の姫を誘拐したと思われて処罰されても当然な、ひどく危険な橋を渡ってくれたロックマートに、ラナルディアは感謝の念しかない。
常々、その恩に報いるように、王宮内で密かに手回して
まだずっと幼くて、便宜どころか一方的に頼りっぱなしな期間も長かったから、彼に返さなければならない恩義は山のように積もる一方だ。
だが、ロックマートは、そんなことはお気になさらず、姫様の頼み事など些細なことばかりですよ、と笑うばかりである。
きっと、ロックマートは亡くなった爺に多大な借りがあるのだとは思うが、それを暴き立てるのもなんだかなあ、けれど、一方的に助けてもらうばかりなのもなあ、と、割り切れない思いを抱いているラナルディアなのであった。
「ゴミとかなんとかいう、あまり貴婦人にはふさわしくない単語が聞こえたような気がしたのですが」
「別に悪態をついていたわけではないですよ。我が国の街並みをもっと美しくするためには、ゴミの処理が重要だと思って」
「それで理解しました。ですが、一介の貴族のご令嬢の発言としてはどうか、と」
「あ」
ラナルディアは口をつぐんだ。
いけないいけない。そうだった。
今のラナルディアはジランドラルの姫ではない。
貧乏貴族の一令嬢という仮の身分だ。
どこで誰が聞いているかわからないし、ラナルディア自身も、常より芝居を徹底していないと、いつかボロを出してしまわないとも限らないのだ。
「そうですね。我が国の街も、このラスティアの都みたいにもっとゴミが少なくて綺麗だったら素敵なのになー、と思いました」
わざと、無邪気に明るい声で言い直すと、ロックマートは笑みを浮かべて頷いた。
「よろしいかと」
「お褒めにあずかり恐縮です、
今のラナルディアは、ロックマートの姪という設定だ。
ロックマートの妹が貧乏貴族に嫁いで産まれた娘ということになっている。
身分だけはあるものの、つましい生活をしている姪を不憫に思ったロックマートが、気晴らしにロウエン王国への旅に同行しないかと誘った、という筋書きである。
なので、商隊の皆はラナルディアのことをロックマートの身内だと思っている。妙に品があったり、平民の暮らしに疎いのは、腐ってもお貴族様のせいだとすんなり納得してくれた。
ラナルディアの正体を知っているのは、ロックマートとイディムの二人だけ。その他の者と接するときは、ロックマートの姪を装って過ごしているラナルディアであった。
「出来のいい姪には、お土産をさしあげませんとな。明日、ラスティア見物などいかがですかな」
「まあ嬉しい。どこへ連れて行ってくださいますの?」
「まずは、スリンダール地区の教会の朝の礼拝へ。昼は、ユーエム家とレビュース家の奥方ご令嬢を交えての昼食。その後、ライアント地区の教会に参拝して、夜はルーリール座で
「すごい。充実した計画ですのね」
「貴女は信心深いから、教会巡りを主にしてみました」
ラナルディアがこの都にやってきた理由はただ一つ。
国王サリアンの弱みを握るためだが、そのためにはまずなにをするべきか――。
いろいろ考えた結果、まずはサリアンの過去を探ってみることにした。
彼がこの国の第十三王子で、妾腹の出であること。
当初は王位につく可能性などまったくなく、よって、
十一年前、国王が崩御し、王太子のウルエルが急死した後、なぜか、
それと前後するように、ロウエン王国各地で異常に植物が繁茂するという超常現象が起きたこと。
しかし、それは一両日で収まってしまい、被害も出たものの、逆に収穫が増えた作物も数多くあったため、かえって焼け太り状態になったこと。
その超常現象は、王位に就いた彼に箔をつけるための作り話だという説や、集団幻覚だという説もあること。
亡くなった王太子の弟で、次期の王に推されてもおかしくない第十二王子エルシオンが、いきなり信心に目覚め神職についたことなども含め、国王崩御からの一連の事件は、すべて彼が裏で糸を引いた王位簒奪事件ではないのかという噂も囁かれていること。
しかし、エルシオン王子以外の有力な兄弟姉妹たちとの仲は、けして悪くはないらしいこと。
そして現在、ロウエン王国史上、まれに見る賢君だと目されていること――。
ジランドラル国にいるときにも知れたことも含め、だいたいこんなところが、現在、
ついでに、サリアン自身は建国史上最高の賢君であるが、迎えるお后がろくでもなくて、骨抜きにされて悪政を敷くようになるかもしれない、という不安と、いやいや、彼ほどの賢君ならばさぞやすばらしい娘を王妃に迎えるに違いない、という期待とがラスティア中に広まっていることもよくわかった。
うわあ、どれだけ重圧かけられてるんだか。結婚するのがますます嫌になる。
王座についてからのサリアンの素顔を調べるのは至難の業だということは、始めからわかっていた。王宮に出入りする者に近づいて聞き込みなどしたら、間諜かと思われて牢にぶち込まれる危険もある。
狙うなら、サリアンがまだ王位とは縁がないと思われていた時代。
脇が甘かった時代。
学生だった――聖楽学院在学中の出来事。
そして、それを知る者。
ラスティアに到着してから、ラナルディアたちは、聖楽学院卒業者の消息を探っていたのだった。
聖楽学院とは、ロウエン王国が国として運営する音楽学校である。
しかし、ただの音楽学校とは違い、ゆくゆくは神に仕える『聖鐘の使徒』と呼ばれる歌い手を養成することが目的である。
『聖鐘の使徒』は神の声を持つとされ、各地の教会で神に捧げる歌を奉納する。
もちろん、すべての院生が神の声をもてるわけでもなく、また、伴奏者たちの養成も必要であることから、聖楽学院の卒業生すべてが教会に属しているわけではない。
ロックマートが持ち出した明日の予定は、教会と会食と歌劇場。
おそらく、サリアンを知る『聖鐘の使徒』がいる教会と、卒業生がらみの有力者との会食。
歌劇場の関係者にも、サリアンを知る者がいるのだろう。
さてさて、どんな話が聞けることやら。
『学生の頃からの同窓ですからね。お互い、子どもだった時の悪さまで知ってますよ』
『我が主の初恋話を教えろとか、そういうのはナシですよ』
あの美貌のロウエン王国の使者、サリアンと同じ聖楽学院に通っていたというジェッツが漏らした台詞を思い出す。
太陽王と讃えられるサリアン国王だが、少なくとも、学生らしい悪さや初恋話はあるわけだ。
「ほんと、楽しみです」
ラナルディアはロックマートににっこり笑ってみせた。
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