11.弱みを握りたい
「ということで、ロウエン王国に嫁ぐことは、ほぼ決定となりました」
そう告げたときの腹心たちの表情を、ラナルディアは生涯忘れることはないと思う。
「あーと……、俺、急に耳が悪くなったみてーだわ」
「奇遇ですね、僕もです」
「あの……私、夢でもみてるんですかね。ちょっとどなたか頬をつねってくれないで――」
「あ、喜んで俺が」
「いえ、やっぱりいいです自分でやります」
「……みんな、現実逃避したい気持ちはわかるけど、すごくすごくわかるけど、頼むから今はこっちの世界に戻ってきてー。時間がないの。ほんっとにないの」
ラナルディアは、呆けているカランナ・イディム・ルナーン三人の顔の前でぱん、と手を打った。
「さっきも言ったけど、ロウエン王国に嫁ぐのは決定事項だと思ってちょうだい。例の御使者と話してみた結果、どうしても逃れられないことははっきりしたから」
「どうしてなんですか? どうして姫様と?」
「この国にゃ他にも姫はいっぱいいんのになー」
「それを言うなら、他国には美姫と噂される姫君が数多くいらっしゃいますよ? 僕が知ってるだけでも――」
「あー、はいはい。ロウエン王国側には、なぜか、我が国と関係を深めたい理由があるみたい。それが何なのかまでは、探り出せなかったけど」
三人の口々の疑問を、ラナルディアはばっさりと遮る。
「だから、他の国の姫君という選択肢はないみたいよ、ルナーン。で、どうして我が国でもわたくしを選んだのかというと、あの御使者の魅力にふらつかない鈍さ、だそうです」
「まあ、あんなのが腹心として周りにうろちょろしてりゃあ、浮気が心配になるわなあ」
正妃の不倫なんて、およそ醜聞としては最悪だろー、と呟いたイディムに、カランナが訊ねる。
「やっぱりそんなに美男子でした? その噂の御使者は」
「おお、すごかったわー。美形だ美貌だ、って聞いちゃいたけど、正直、話半分だと高くくってたら――魂抜かれたわ。なにあのぞっとするような美形。無茶苦茶色気だだ漏れだったんですけど。女でないのがつくづく惜しまれ――っつーか、男でもいいかー、って、生まれて初めて思っちまいましたよ、この俺が! くそっ、俺の純情返してくれよ!」
よくわけのわからない逆ギレを始めたイディムは、ラナルディアに向き直った。完全に目が据わっている。
「姫さんよく平気だったよな? あんな色気男にお姫様だっこされて。あんなに顔近づけられて。あ、完全に堕ちたわ、って俺一瞬覚悟したんだけど」
「お、お、お姫様だっこ――っっっ!?」
「カランナさん騒ぎすぎです。……イディムがここまで言う相手にくらりともしないなんて、さすが姫様」
「あんな性格の悪い人に堕ちるなんて、そんな怖いこと」
ラナルディアは肩をすくめた。
「あの抱っこだって、遠目には良い雰囲気に見えたのかもしれないけど、実際は思いっきり探り合い化かし合いの真っ最中だったんだから。あの美貌にやられたら、頭からがりがりって囓られるのがわかってるのに、、うっとりしてる暇なんてあると思う?」
「いやそれがわかってても、いや、わかってるからこそやられるのが危険な男の醸し出す魅力というかなんというか」
「まだ姫様には高等すぎますかねえ、うんうん」
「お二方とも、あまりにも失礼でしてよ。清らかな姫様がそんな不埒な魅力にやられるはずがないでしょう!」
「あーもう寄り道はその辺りでいいから」
ラナルディアは再度軽くぱん、と手を叩いた。亡くなった爺がよくラナルディアの注意を惹きたいときに使った仕草だ。今では、ラナルディアの癖にもなっている。
「話を元に戻すとね、とにかくロウエン王国に嫁ぐのは避けられない状況となりました」
「おめでとうございます――って素直に祝福していいのかねこりゃ」
「いいに決まってるでしょう! 僕らの姫様があの大国の正妃ですよ!? あの天下に鳴り響く太陽王のお后様なんですよ!?」
「わたくし、ついていきますから。えーえ、絶対に。なにがあっても、この目でサリアン陛下を見極めないと!」
「カランナそれ私情だだ漏れ。……にしても姫さん、カランナじゃねえけど、婚礼の支度どうすんの? 連れてく人員とか、嫁入り道具とか」
「まあ、ロウエン王国なら、なにも用意せずとも、と言ってもおかしくないくらいの大国ではありますけどね。さすがに、我が国にも体面ってものがありますし」
「そうなのよ」
ラナルディアは頷いた。
「婚礼の実務に関しては、事務方同士の協議になるでしょう? いつ輿入れするかについても、こっちはできるだけ時間を取って、ロウエン王国にふさわしい、立派な婚礼道具を用意させたいだろうし、あっちはたぶん、そんなのどうでもいいから早く式をあげて、うちの国との結びつきを深めたいだろうし。そのあたりの摺り合わせが、なかなか難しそうでねー」
実際、身一つで嫁いでくればいい、と、ジェッツにも言われた。
なるべく早く、とも。
けれど。
「半年待っていただこうと思うの」
「半年?」
「そんなに引き延ばせますかね? ロウエン王国相手に」
「たぶん大丈夫。リドラール殿下の命日を偲んでから嫁ぎたい、と言えば」
ラナルディアの亡き婚約者。
これまでラナルディアがずっと結婚しなかった理由。
「これを最後に、もうきっぱり彼のことは忘れて嫁ぐから、と言えば、さすがのロウエン王国もそれ以上は無理強いはしないと思うの」
「それはまあ……確かに」
「筋は通ってますよね」
「――で?」
さすがにこれまでのラナルディアとのつきあいは伊達ではない。イディムの目がきらりと輝いた。
「半年稼いで、姫さんはなにをするつもりなんだ?」
「ロウエン王国に行ってみようかと」
「は?」
「え?」
「はい?」
「身分を隠して、こっそりお忍びでロウエン王国に行ってみたいのです。そして――」
ラナルディアは拳をぎゅっと握りしめた。
「城下を探って、ロウエン王国の――もしくは、サリアン陛下の弱みを見つけたいの」
そう。
結婚が避けられないのなら、次善の策を。
爺もいつも言っていたではないか。すべからく、第二、第三の手を考えてから行動せよ、と。
あちらから断ってくれないなら、こちらが断っても大丈夫なほどの、相手の弱みを見つければいい。
「その弱みを使って、目指せ、円満離縁! です」
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