7.出来る男はどこまでも出来る



 ……さーて、この先いったいどうしようか。


 ジェッツと共に中庭を散策するラナルディアは、内心で深く深くため息をついた。


 

 先を行くジェッツの、ほんの少し左後ろをしずしずとついていく。慎ましさと人見知りさを演出しつつ、一方的に相手のことが観察できて都合が良いのだ。

 かなり距離はあるが、背後からイディムをはじめとする護衛騎士がついてきているのは確認している。人目がある以上、こちらをずさんな罠に嵌めようなどとはさすがにしないだろう。後は、この目の前のぞっとするような美形が考えていることを探るだけなのだが。

 いったい、どこから切り出せばいいのやら。


 あーもー、こんなのんきにお散歩してる場合じゃないっていうのに!


 泣く子も黙る大国ロウエン王国が、なぜかこのジランドラル国に近づこうとしている。

 それも、たった一枚しか存在しない切り札ともいえるカード――顔良し、頭良し、性格よしの超優良な国王の妻の座――それと引き替えにしてもいいほど、この国とよしみを結びたがっているだなんて。


 正直、そんな重要な価値がこの国にあるなんて、どおうっっっしても思えないのよねー。


 かといって、ラナルディア本人に惚れ込んで欲しがっている、なんて吟遊詩人の歌う甘ったるい恋物語みたいなのは更にありえない。

 だいたい、本人同士が会ったことも手紙を送りあったこともないのに、恋に落ちるなんて馬鹿げてる。最初から目的がラナルディアなら、前を行く男がリリアンナたちをたらし込む必要もないはずだし。


 ぶっちゃけ、この国の姫ならきっと誰でもよかったのだ。健康で人並みで大国ロウエン王国の妃が務められるくらいの頭と誠実さがあれば。

 けれど、その頭と誠実さは、この男の美貌のせいで、リリアンナを筆頭に我が国の姫たちからはきれいさっぱりと蒸発したようで。

 消去法の結果、ラナルディアしか残らなかったという――。


 ったく、ほんっとに余計なことをしてくれる。


 ロウエン王国も、さぞ困惑したことだろう。自ら仕掛けたとはいえ、『ジランドラルの引きこもり姫』『灰色の幽霊姫』に縁談を持ち込まなくてはならなくなったのだから。


 どうして、そこまでして、この国にこだわるんだろう。

 

 それをこの男から聞き出すには、どうしたらいいんだろう……。


 

 はあああ、と深く深くため息をつきたい気分だが、気取けどられるわけにもいかない。外面そとづらだけは楚々そそとして、ジェッツの後をついていく。

 結構歩いたはずなのに、あまり疲れていないのは、ジェッツの足取りがゆったりとしているからだ。ラナルディアの速度にあわせてくれているのだろう。さすがに優秀な使者といおうか、女扱いが尋常でなく上手いといおうか。


 だが、いったいどこまで行くつもりなのだ。

 無言でずっとゆっくり散歩しているだけだが、しびれを切らせてこちらから声をかけるのを待ち構えているのか。


 我慢比べかー。面倒くさいな。


 ヴェールの下で、わずかに唇の端を下げる。と、まるでそれを見ていたかのように、ジェッツがふと足を止めた。

 

「お疲れになりませんか?」


 振り返って微笑みかける、その笑顔の見事なこと! 

 美形が苦手、美形には金輪際近寄りたくないラナルディアさえ、わあすごい、と手を叩きたくなる艶やかさだ。なんというか、色気がだだ漏れている。

 だが、そんなことはおくびにも出さず、黙って首を振る。


「この庭の美しさに誘われ、つい、先へと進んできてしまいました。まあ、姫と二人で、いささか緊張しているのもありますが」


 緊張? よく言うわー。


「しかし、本当に見事な庭ですね。仕事柄、様々な国を訪れましたが、これほどのものは、そうはございませんよ」


 ジェッツが辺りを興味深そうに見渡す。どうせ、舌先三寸のおべんちゃらだろう、と思ったラナルディアだったが。


「立派なカワイヤの樹ですね。葉裏が白くなっているから、樹齢はゆうに300年を越えてますね」


 え?


「へえ、あそこのジバルニムは、ずいぶんと珍しい花をつけてるな。ヤララギ原産の八重咲きですか?」


 へ?


「剣先咲きのスナッチア! 初めて見ました!」


 はああ?

 草花にまで詳しいって、この美形、どこまで出来すぎなの――っ!?



 ジランドラル王国は、小国と呼ばれるに限りなく近い、かろうじて中堅どころの王国である。

 王城も、華麗だとか荘厳だとか重厚だとかいった形容詞にはとんと縁がない。一応この国の中ではもっとも大きく、守るに堅い、実用性一辺倒の建物だ。

 だが、この中庭だけは、広さはたいしたことはないものの、見る人が見れば、おおう、と感嘆する出来だと自負している。なにせ、園芸好きだった亡き祖母と、その薫陶くんとうを受けたラナルディアが、二人がかりで手塩にかけた庭なのだから。



「おや? あの花はなんだろう」


 ふと、ジェッツの視線が一つ所に留まる。


「ランダス、ではないし……レビア、にしては大きすぎるみたいだし……」

「ああ、あれはアレビア、といいます」

「アレビア……。寡聞かぶんにして存じあげないのですが、この国では珍しくない花なのですか?」

「もともとレビアの突然変異を元に育種して、ようやく品種として定着したところなのですわ。この国でもまだまだ珍しいと思います。ですから、他国の方がご存じなくても無理はないかと――」


 ラナルディアの返事を聞いていたジェッツの顔が、さらに甘やかに笑み崩れた。


「それでは、私はとても幸運な男だということですね。この国の秘された花をこうして目の当たりにすることが出来て。それも、二輪も」


 言いながら、優雅にラナルディアの手を取る。こちらの警戒心をまったく呼び起こさないような、信じがたいほど自然な仕草だった。



「ようやく姫の麗しいお声を耳に出来ました。光栄すぎて、胸が震えます」




 ――――やられた――――!



 なにつられて、普通にしゃべっちゃってるのわたくし!

 人見知りで引きこもりの設定どうした――!

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