4 兄弟姉妹は弱肉強食を初めて学ぶ相手



「ごきげんよう、お姉様」


 そう言いながら、ラナルディアの応接間のソファに収まったのは、妹のリリアンナだった。


 美しい金髪の巻き毛に縁取られた小作りな容貌は端正に整い、若草を思わせる緑の瞳がきらめいて美しい。手の込んだ豪華なドレスに身を包み、背後に侍女を二人従えて、優雅にソファに腰掛けて茶を嗜む姿は、『ジランドラルの白い薔薇』とたたえられる姫君にふさわしい。


「あの、リリアンナ」

 

 自分よりも遙かにこの部屋のあるじ然としている妹に、ラナルディアは声をかけた。


「前触れもなくいきなり押しかけてくるなんて、いくら姉妹だとはいえ、王族の行いとしてふさわしいとはいえないと思うんだけど」

「そんなこと百も承知ですわ。けど、どうしてもすぐに会ってお話しなければならないからこうやってわざわざ足を運んだんじゃないですか」


 そんなこともわからないのかこの愚か者、とでも言いたげな目つきで、リリアンナはラナルディアを見下ろす。いや、二人ともソファに座っているから見下ろすもなにもないのだが、そこはほら、気分的に。


 リリアンナだけでなく、その背後の侍女も同様の目つきだ。こちらは物理的に間違いなく見下ろされている。なんか理不尽な気がする。


 ちなみに、リリアンナたちが入ってくる直前に、イディムとルナーンは隣の小部屋に退避させている。

 おそらく今頃、行儀悪く扉にぴたりと耳をつけて、こちらの会話を盗み聞きしているに違いない。


「すぐ話さなきゃならないことって……なに?」

「お姉様の縁談に決まってるじゃありませんの。ほんと、鈍い方ですわね」


 今度は真正面から見下された。


「聞きましてよ。。ロウエン王国から申し込みがあったこと。それで――そのお相手が、あの、サリアン陛下だ、などという、信じがたい情報があったんですけど」

「ああー、それね……」

「どこかで情報が食い違っているんですのよね? とんでもない誤報ですわよね?」

「あー……えーと、うん。それなんだけどね……わたくしも、あの、その、サリアン陛下との縁談があるとうかがった……んだけど」

「お姉様にも誤報が伝えられましたの?」

「いえ、実は……お聞きしたのは、直接父上からで」

「…………」


 しばらく、沈黙が辺りを支配した。

 

 うつむいたリリアンナは微動だにしない。ひょっとして気分でも悪くしたか、と、さすがにラナンディアが不安になり出した頃、ようやく彼女の肩が小さく震え始めた。


「………ませんわ」

「え?」

「どう考えてもありえませんわ! なぜお姉様が!? この国と縁続きになりたいなら、まずはわたくしにお話があるべきでしょう!? 『ジランドラルの白い薔薇』と讃えられるこのわたくしに!」


 不意にがばりと身を起こすと、リリアンナはこぶしを握りしめて絶叫した。

 あー、と、ラナルディアは力なく相づちを打つ。


「いやー、まあ、そうねー」

「百歩譲って、わたくしじゃないとしても! リュエリーナ姉様だって、ミーチェリスだっているというのに!」

「ミーチェはまだ十二なんだけど……」

「引きこもり姫として天下に名を馳せているお姉様より、よほどマシです!」


 背後に控えているカランナが、静かに怒りをこらえている雰囲気が、振り返らなくともひしひしと伝わってくる。さすがに主筋に反論はしないだろうが、後が面倒くさいな、と、内心ラナルディアはため息をついた。


「絶対どこかで話が錯綜してるのですわ! 本来なら、わたくしにきたお話に決まってます! ええ、絶対にそうですとも!」

「父上がお間違いだ、と?」

「いえ、父上ではなく――きっと、先日いらした御使者が、わたくしとお姉様の名を取り違えてサリアン陛下に伝えたのですわ! そう! きっとそうに違いありません!」

「この前の、御使者、ねえ」


 ラナルディアは、肩をすくめる。


「……正直言って、そんな基本的な間違いをするような御方には見えなかったわよ、あの御使者。相当な切れ者だったと思うけど」

「お姉様もお話になられましたの? あの方と」

「そりゃあ、挨拶くらいはね」

「ものすごく美しい御方でしたわよね!? あんな素敵な殿方、わたくし、初めてお会いしました!」

「あー、まあ、確かに、綺麗な人だったけどねー」

「外見だけじゃないんですのよ。物言いもすべて気が利いているし、物腰は優雅だし、なによりあの! あの甘い囁き声!」


 それまでの憤慨から、妙にうっとりと熱の篭もった口調になったリリアンナに、ん? とラナルディアは首をかしげた。


「そういえば、リリアンナ、貴女、晩餐会の時に、あの御使者を個人的なお茶会にお誘いしたりしてたわよね? ……まさかとは思うけど、それ、本当に実行したの? 社交辞令じゃなく?」

「なにが悪いんですの?」


 ぷい、とリリアンナは横を向いた。

 あー、とラナルディアは内心で頭を抱える。


「ひょっとして、二人きりになったりした? お付きを下げて」

「……答える必要性を感じませんわ」


 しかし、横を向いていても、リリアンナの耳が赤く染まっているのだけは確認できる。

 はあああ、と、ラナルディアは、もはや人目もはばからず嘆息した。


「それだわ、リリアンナ」

「なんですの? これ見よがしのため息なんて、感じ悪いですわね」

「サリアン陛下からの申し込みが、貴女じゃなくわたくしに来た理由。貴女――試されてたのよ」


 ロウエン王国の特使を見たとき、感じた違和感。それは。

 仮にも、自国の王の結婚相手を探させるのに、ここまで色男を使うか? という疑問だった。


 いくらサリアンの男ぶりが天下に鳴り響いているとはいえ、それを実際に目にした者は他国にはあまりいない。あくまで噂に過ぎないから、話が盛られているかもしれない、とは、誰だって思うだろう。

 そんな折、使者の美貌を目の当たりにしてしまったら、心が奪われてもおかしくない。

 下手をすれば、主君の妃になるかもしれない女性の気持ちが、ぐらつくことになりかねないのだ。普通ならば、そんな危険な橋は渡らないだろう。


 だが。


 あえて、それを見越して、あの美形を使者に派遣したのだとしたら? 


「リリアンナ、貴女、あの御使者に口説かれたか、もしくは貴女が口説いたかしたんじゃない? ああ、正直に答えなくてもいいわ。けど、そうだとすれば、話がつながるのよ。貴女でなく、わたくしに縁談を持ち込んだのが」


 内心、歯がみする。リリアンナは、いや、おそらくこの話の流れだと、姉のリュエリーナも同じだろう。あの使者にたらされたのだ。


 そして、その結果。


 二人は妃候補から外された。




 ロウエン国王に忠実で、貞淑な妻――それに不適、とされたから。




 あの美貌の使者は、それを測る試金石だったのだ。



「なっ…………」


 ラナルディアの推理を聞いたリリアンナが、わなわなと震え出す。


「まさか、まさかそんなっ。あの御方は、二人だけの秘密だから、って! ロウエン王国に行ってからも、暇が出来ればぜひお会いしたいって――」

「リリアンナ。もういいから」


 ラナルディアは瞳を伏せた。

 やはりそうか。


 これで、姉や妹ではなく自分に縁談が持ち込まれたわけはわかった。

 二人と違い、使者の妙に甘い態度に不審を覚えて近づかなかったラナルディアしか、ロウエン王国の希望に添う姫はいなかったからだ。

 

 しかし、それでも、どうして大国ロウエンがわざわざジランドラルとの結びつきを望むか、が、もうひとつ不透明だ。これは、現在訪問中の使者を直接探るしかないだろう。


 天下に鳴り響く色男の国王の縁談に、ロウエン王国がこれでもか、というほど神経質になるのはよくわかる。

 どんな相手だろうがよりどりみどりだろうし、簡単に嫁にできるからこそ、しっかりと、その人となりを測っておかないと、後で問題になるのは目に見えている。


 だが。

 そのやりようが気に入らない。


 いくら、姉の目から見ても打算がちなところがある妹とはいえ、リリアンナはまだ十七歳の少女なのだ。火遊びめいた話をいくらか聞いたことはあるというものの、あんな大人な美男に太刀打ちできるはずもない。


 姫としての自覚に欠ける、といわれれば、言い返す言葉もないが、姉としては、もしくは乙女としては――恋愛感情を利用されるのは、多分に憤慨してしまうところであるのだ。


 これは、早いうちに、一度ロウエン王国の使者に会っておいたほうがいいかもしれない。

 ラナルディアは心の中で決意した。


 どうしてジランドラルに縁談を持ち込んだのか。

 そして、リリアンナたちを試した失礼な使者の現状を探るために。

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