第三話 アルバイトに挑戦!

「ねえ、月城くん」

「何?」

「私たちの生活費って、ほとんど君が出してくれているよね?」

「まあ……」


 言われてみれば、泉さんの食費と家賃以外、全て僕が負担している。


「それがどうかした?」

「やっぱり、君に悪い様な気がして……」


 今は三月下旬だよ。

 今の生活が始まったのが十二月下旬。

 いまさらそんな事言われてもなあ……


「大丈夫だよ。

 僕は君がそばにいて欲しいから、君の生活費を払っている。僕は君がそばにいてくれる代価として、生活費を払っているんだ。

 だから、気にしなくてもいいよ」

「それじゃあ、私が君のペットみたいじゃない!」

「確かに」

「否定して、欲しかったかな……」


 否定してほしかったと言われても、家事をしているのも僕だし、生活費のほとんどを払っているのも僕だ。

 本当に、彼女は僕のペットか娘みたいなものだ。


 たとえペットだという事を否定して、『泉さんは僕の娘みたい』と言ったとしても、冷たい目線を向けられることは確かだ。

 なら、肯定した方が――良かったのかな?


「とにかく、私もバイトをするよ! やっぱり、私と月城くんで、支え合おうよ」

「僕はもう十分に支えてもらっているよ」

「それでも私は、バイトをしたいの!」

「そこまで言うなら止めないけど、変なバイトはしないでね」

「うん」


 ほんとに大丈夫かな?


 飲食店のバイトとかやって、お客さんを病院送りにしなければいいけれど。


「月城くん、バイトに行かなくていいの?」

「あ! もうこんな時間!? じゃ、行ってくるよ」


 泉さんの笑顔に見送られて、僕はボロアパートを飛び出した。



***



「ルナくん」


 僕のバイト先のメイド喫茶の厨房で、せっせと料理を作っていると、誰かに話しかけられた。


 僕を呼ぶ声が聞こえた方向――そこにゴリラがいた。


 いや、違う。

 よく見るとゴリラではなく、人間(?)だ。


 多分四十代前半。

 ボディビルダーみたいな体格の大男このひとの、ピンク色のエプロン(レースのフリルつき)を直用している姿は、気持ち悪さでギネスブックに載れそうだ。


 一目見ただけでは人間だと気付けない容姿の彼は、何を隠そうこのメイド喫茶の店長だ。


 この店の評判を落とさないために言っておく。

 この人は店の裏で荷物の運搬とかをしているから、普段は店内にいません。安心してください!


「何ですか?」

「バイトの面接をしたいという子が来たのだが、面接官は誰がいいと思う?」

「店長以外なら誰でもいいと思います」

「なら君がやってくれるかね?」

「今、調理で手一杯なので、僕は無理です。だから、陽菜はるなさんでいいんじゃないかな」


 陽菜さんというのは、茶髪のロングヘアーが特徴的なかなりの美少女で、メイド服が良く似合う、僕の同級生だ。


 彼女は泉さんよりも背が高くて、泉さんよりも少し胸が大きくて、泉さんとは違った魅力がある。


 無論、僕の好みのタイプは泉さんみたいな女の子だ!


「確かに陽菜ちゃんなら適任だな」


 そういって彼は陽菜さんの方――つまりお客さんたちがいる方へと歩き出した。


「待って下さい。店長がお客様に姿を見せてしまったら、店が潰れます。陽菜さんには僕から伝えておきますよ」


「俺ってそんなに怖いか?」

「もちろん!(色々な意味で)」


 笑顔でキッパリと言い切ってやった。



***



 次の日


 僕は、メイド喫茶の厨房で開店準備をしていた。


「ルナくん」

「何ですか? 店長」

「この店の新メニューとして、『紅茶』を増やそうと思ったのだ。だから、茶葉を買って来た。味見してくれないだろうか?」


 この店のドリンクメニューに紅茶は無い。

 炭酸飲料などのジュースがほとんどだ。


 一応コーヒーはあるが、種類はホットコーヒーとアイスコーヒーの二種類しかない。


 店長の、新しく紅茶を出すという案はいいと僕は思う。


「いいですよ」


 せっかくだから、皆の分も作ってあげよう。

 今ここにいるのが、僕と陽菜さん、メイドさんが三人だから、五人分か。


 僕は店長から茶葉を受け取り、小さい鍋でお湯を沸かす。

 そのお湯でティーカップとポットを温めてから、ポットに茶葉とお湯を入れ、ふたを閉める。

 数分待ってから、ティースプーンで軽く混ぜ、最後の一滴までカップに注ぐ。

 それをみんなに配った。


「あれ? 俺の分は?」


 忘れてた。けれど、どうでもいいや。

 気にしないようにしよう。


 僕は紅茶を口に含む。


 口に広がる独特な香り。

 香りは強いのだが、苦みが少なくて飲みやすい。

 これなら、紅茶をあまり飲まないであろう男性客にも、飲んでもらえそうだ。


 もう一度口に紅茶を流し込む。


 その時!


 店の奥のスタッフルームから、姿の泉さんが現れた。

 僕は驚きの余り、口に入っていた紅茶を店長に向かって吹き出してしまう。


「ルナくん、この紅茶はそんなに、不味いのかい?」

「違いますけど……。あの子、昨日面接に来た子ですか?」

「泉彩良ちゃんだ。可愛いだろ?」

「ええ、僕の彼女ですから」

「彩良ちゃん、皆に自己紹介してもらえるかな?」


 あ、無視された。


 それよりも……店長、貴様、泉さんを『彩良ちゃん』って呼びやがったな!

 同居人の僕ですら、下の名前で呼んだこと無いのに!


「初めまして。泉彩良です。よろしくお願いいたします。優しくしてくれたら、嬉しいです」

「ルナちゃん、可愛い子が入って来て良かったね」

「陽菜さん。やめてくださいよ」

「あれ? あの子、君の好みじゃなかった?」


 すっごく好みの子だよ!

 だから、このバイトに来てほしくなかった。


 泉さんが僕以外の人に「ご主人様」とか言うのは、絶対に許せない!

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