第十九話 思い出を辿り……
「アパートにいます」
僕は『多分』と心の中で付け足す。
「そうか。お前と彩良は、上手くいってるか?」
難しい質問だ。
一昨日までの僕なら、迷わずに「ハイ!」と答えていただろう。
しかし今の僕は、泉さんを拒絶し、傷付けてしまっている。
こんな状況を「上手くいっている」と言っていいのだろうか?
言えない。絶対に言えない。
なら、何て答えればいい?
僕は泉さんのお兄さんに、僕と泉さんの事で心配をかけたくない。
彼はいい人だ。
だから、今の状況を彼に知られたら、何かしらの手段で仲直りを手伝ってくれるだろう。
それは嫌だ。
もし泉さんと仲直りをするのなら、自分の力で仲直りをしたい。彼の力を借りずに、だ。
しかし僕が、本当は泉さんの事を好きだと思っていないのだとしたら、僕は自分と泉さんに嘘をつきたくない。
だから――キッパリ別れようと思う。
だが、泉さんのお兄さんは優しすぎる。
僕が泉さんと別れようとしたら、彼はそれを阻止しようとするはずだ。
自分たちの事は自分で決める。
これが僕の答えだ。だから――
「はい。上手くいっています」
僕は口からこぼれかけた言葉を飲み込んだ。
この言葉を口に出してしまったら、自分で自分の幸せの上限を定めてしまうところだった。
さんざん悩んだが、僕は結局、正直に答える事にした。
「よく分からない。それが僕の答えです」
僕の返事を聞いたお兄さんは「そうか」とだけ言った。そんな彼の顔は、どこか、幸せそうだ。
「何が分からないのか、聞かないのですか?」
「ああ。聞かない。お前と彩良なら、その分からない事が、いつか分かるさ。
もしも、答えが見つからなかったら、それは分からなくてもいい事だったという事だ」
「……はい!」
僕は元気よく答える。僕がどうすればいいのか、分かったような気がしたから。
「最後に一つ、試すようなまねして悪かったな」
「え?」
「さっきの問い、もしも『上手くいっています』と答えたら、彩良の所に行くつもりだったんだ」
何言ってるか分からない。
そんな様子でキョトンとしている僕に、お兄さんは理由を説明してくれた。
「上手くいっている、幸せだという奴はな、自分が幸せだから相手も幸せ。そう勘違いしている奴って結構多いんだ。
本当に両方幸せというパターンもあるが……な」
お兄さんはどこか遠くを見て言った。彼も、過去に色々あったのだろうな。
「だが、お前は大丈夫だ。
彩良と仲良くしてやってくれよ!」
「はい!」
そう、元気に言ってから、僕は走り出す。
泉さんとの思い出の場所に向かって。
さっきまでの僕は、嫌なことから目を背け、気を紛らわせるために、目的地も定めずに歩いていた。
だが今の僕は違う。
今の僕は、目的を持って、それに向かっている。
僕の心は、どこまでも快晴だ。
***
目的地に着いた。
ここは公園――クリスマスの夜に泉さんと二人でクリスマスツリーを見た場所だ。
もう、クリスマスツリーの飾りつけは片付けられているが、クリスマスツリーだった巨大な木は、いつもの場所で公園全体を見下ろし――いや、見守っている。
僕は今でも、泉さんと見たクリスマスツリーを鮮明に思いだす事が出来ている。記憶が低い僕が、だ。
ここで泉さんと見たクリスマスツリーは、それほどまでに大切でかけがえのない、泉さんとの思い出だという事を、改めて自覚した。
僕が今日訪れた場所は――
お弁当屋さん
公園
ゲームセンター
映画館
クレープ屋さんの前
全て、泉さんと来た、大切な思い出の場所だ。
頭では色々と考え事をしていて、本当に自分の気持ちに気が付く事が出来なかった。
自分の気持ちに正直になる方法――それは何も考えないことだ。
何も考えなかったら、自分に正直になれる。自分にとって本当に必要なものがある場所へと、辿り着ける。
僕はこの方法を使い、泉さんとの思い出を辿り、僕は泉さんに会いたがっていることに気づけた。
――帰ろう――
泉さんがいるアパートに。
彼女に会うために。
僕は、泉さんと会ってどうすればいいのか、明確な答えをまだ出せていない。
だから、泉さんと会って、まずは謝って、それから、ちゃんと話し合って、自分は泉さんが好きなのか――そうでないのか、確かめようと思う。
あれこれ考えるのはそれからだ。
やっと、泉さんと会う覚悟が出来た。
僕は、泉さんがいるアパートに向かって、歩き出した。
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