第二十話 寒さと孤独に耐えながら

 アパートに着いた。


 僕は泉さんの部屋の戸を軽く叩き、しばらく待つ。



 返事はない。


 気付いてもらえなかったのだろうか?

 それとも単に、部屋にいないのだろうか……。


 もしかすると、僕は泉さんを傷付けてしまった。だから、彼女は僕に会いたくないと思い、返事をしてくれないのかもしれない。


 それが理由なら、僕は泉さんに会わなくてもいい。

 僕はそれだけの事を、泉さんにしてしまったのだから。


 それでも、僕は泉さんに一言だけでいいから、謝りたい。


 もう一度、戸を叩き、部屋の中に呼びかける。


「泉さん、僕だよ。ルナだよ。一昨日はごめん。僕は君に酷い事を言ってしまった。僕は酷い奴だよね。

 だから、君に謝りたいんだ。

 ごめん」


「…………」


 返事は無い。

 でも、謝れた。


 それで十分だと思う。


 自分の部屋に入ろうとドアノブを握った時、泉さんの部屋から、声が聞こえた。


「……月城くん、入って」


 声は弱々しく、いつも元気な泉さんの声とは思えないが、この声は確かに泉さんの声だ。


「うん」


 と答えて泉さんの部屋の戸のドアノブを捻る。


 鍵は開いていた。

 僕が来てから、鍵が開いたような音は聞こえなかった。


 僕が部屋に入れるよう、鍵を開けておいてくれたのだろうか?


 疑問を抱えながらも、部屋の中に入る。




さむっ!」


 それが、この部屋に入った僕の第一印象だ。


 寒い雰囲気とかそういう事ではない。明らかに気温が低い。気温がほどんど外と変わらない。


 部屋の中にいる泉さんは――敷布団の上に座っている。膝に掛布団をかけ、室内だというのに、厚着をして。


「何かあったの? 何でこんなに寒いの?」

「大丈夫。この部屋が寒いのは、いつもの事だから」


 は? 泉さんが何を言っているのか、全くもって理解できない。


「何を言って……」


 そう言いながら、泉さんに向かって伸ばした僕の手が、泉さんの手に触れる。


「――!?」


 声にならない悲鳴を上げる僕。


 泉さんと触れてしまったから、驚いたのではない。

 冷たかったのだ。彼女の手が、真冬の湖の水のように。


「本当に、どうしたの……?」

「大丈夫だから」


 泉さんが自分の手を、僕から隠すように布団の中にしまった。


 その時、僕の手が布団に触れた。

 布団の質感は、冬布団の質感ではなく、のそれだった。


 なんでだよ。何が起こっているんだ?


「どこが大丈夫なんだよ! 行くよ!」


 僕は冷たい泉さんの冷たい手を無理やり掴み、僕の部屋まで来させた。


 途中で彼女は、抵抗しようとして腕に力を込めたが、彼女の腕にはほとんど力が入らなかった。


 泉さんは、かなり衰弱しているようだ。




 僕はエアコンのスイッチを入れた。エアコンの設定温度はいつもより少し高めにする。

 そして、敷布団を敷いてそこに泉さんを寝かせ、掛布団をかけてあげる。


「……ありがとう」

「お礼なんていらないよ。それより、ココアを作るから、飲んで。温まるよ」

「うん」


 僕は鍋で牛乳を温め、ココアを作る。


「一昨日はごめん」

「いいよ。どうしてあんな事を言ったのか、教えてくれたら」

「それよりも、どうしてあんな寒い部屋にいたのかを教えてよ」


「先に言うけれど、笑わないでね。

 私、電気ストーブと空気清浄機を間違えちゃったんだ。冬布団と夏布団もね。だから、寒い部屋にいた。

 ただそれだけの理由だよ」


 嘘だ。泉さんは嘘をついている。


 この世界に、電気ストーブと空気清浄機を間違え、更に冬布団と夏布団を間違える間抜けがいるはずがない。


「そんな見え見えの嘘を言わないでよ。本当のことを言って」

「……月城くんはずるいよ。自分の事は何言わずに、私の事だけを聞き出そうとしている。これって、不公平だよ」

「ごめん」

「謝らなくていいから、君の気持ちを教えて。そうしたら、私も話すから」


「分かった」


 僕は、ゆっくりと話し始めた。

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