第十四話 遊園地 (後編)

 立体迷路ラビリンスに入った。


「誰が一番にゴールできるか、競争しようよ」

 僕の意見に皆が賛成する。


「この優希様に勝負を挑むとは……愚かな」

 こいつは、いつからこんな奴になってしまったのだろう。


「じゃあ、よ~い、ドン!」


 思った通り、姉さんがダッシュで走って行き、姿が見えなくなった。


「さあ、戻るよ」

「でも先生が……」

「いいんだよ。あんな奴」

「「…………」」


 僕たちは入り口からアトラクションの外に出た。


 こうして、僕たちは無事に姉さんと別れる事が出来たのだ。



***



 僕たちは姉さんと別れた後も遊園地を満喫し、楽しい時間はあっという間に流れ、日は沈み、閉園時間間近となった。


「最後に何乗る?」

「あれはどう? 夜景が見れそうだよ」


 泉さんの意見に田中以外が賛成した。


 それもそのはず。高所恐怖症の田中は観覧車が苦手なのだ。



 僕たちは嫌がる田中を無理やり観覧車に乗せ、扉を閉めた。


「今日一日、楽しかったね」

「うん」

「そうね」

「でも、先生を置いて来ちゃって大丈夫なの?」

「いいんだよ。姉さんだし」

「そうじゃなくて、後から仕返しされないの?」


 あ、ほんとだ。後の事考えていなかった。


 ――なんて恐ろしい響き……


 流石に姉さんも学校の中では襲って来ないだろうし、襲われるとしたら放課後のはずだ。


 明日からは、放課後になったら真っ直ぐ家に帰ろう。


 僕が姉さんという恐怖を感じている時、観覧車に乗ってから一言も口をきいていない田中は、宙吊りの箱に閉じ込められているという恐怖におびえ、ガタガタと震えている。


「あ、もうすぐ頂上だよ」


 田中以外の三人は窓から外を見渡した。


 眼下に広がっているのは、満天の星空を見下ろしているような気分になる、美しい夜景だ。


「綺麗だね」

「そうだね」


 僕が何気なく発した言葉に同意する泉さん。


「『この夜景よりも、君の方が可愛いよ』って言え」


 佐藤が、泉さんに気付かれないように、小さな声で僕に命令する。


「言わなくても分かってると思うよ。夜景は可愛くないし……」

「すまん。私が悪かった。『可愛い』じゃなくて『綺麗』だった」

「そんな事言えないよ……」


 しょぼんとする僕。

 そんな僕に泉さんが話しかけた。


「何話してるの?」

「月城が泉さんに伝えたいことがあるんだとよ」

「なに?」


 佐藤さんが僕に向かって可愛らしくウィンクする。


 忘れていたが、こいつ女子だった。

 趣味が合うし、性格も男よりだから、忘れていたよ。あはははは……


 それはさておき、こいつには後で天誅が必要だな。


「えっと……その……」


 僕よ! 勇気を出して言うんだ!


「ここから見える景色よりも、君の方が綺麗だよ!」


 言ってしまった。


 しかし泉さんは、何も言わない。嬉しそうにもしない。

 どうリアクションすればいいのか、悩んでいるようだ。


 そして――


「う、うん。ここから見える景色は綺麗じゃないし……」


 え?


 僕は窓から外を見た。

 見えたのは綺麗な夜景ではなく、観覧車の鉄筋と地面だった。


 僕がもじもじしている間に、観覧車が下の方まで下りてしまったらしい。

 盛大に失敗した。赤恥をかいてしまった。黒歴史が増えた。


 ガチャリ――鍵が開く金属音。


 係員が扉を開けた瞬間、地面に飛び降り、適当な方向に力走しようとしたが、10mほど走って、石につまずいてこけた。


「待ってよ月城くん!」


 泉さんが僕に駆け寄って来た。

 僕はゆくっりと立ち上がって、泉さんの方を見ないで「何?」と帰す。


「ありがとね。私の事を夜景よりも綺麗って言ってくれて」


 …………。ちゃんと伝わったんだ。


「初めは、私が鉄筋よりも綺麗と言われているのかと思ったけれど、ちゃんと、君が何を言いたい事は伝わったよ」


 それから僕の顔を覗き込んで、「分かったから、機嫌を直してよ」と年下の子供をなだめるように言った。


 泉さんと僕は、同級生なのにな……。僕の方が年下だけど。


「私は月城くんの彼女だから、君の言いたいことは聞くよ。笑ったりしない。だから、私をほめたかったら遠慮せずにほめてね」


 なんだそれ?


 でも、なんだか嬉しいな。

 何の長所も無い自分を受け入れてくれる人がいて。


 僕はもう、独りじゃないんだな。


「もう遅いから、帰ろうよ」

「うん!」


 僕は――僕たちは帰路についた。

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