第十一話 僕のバイト先
放課後、僕はダッシュでアパートに逃げ帰った。
絶えず僕を睨み続けていた、彼女いない組の人達が怖かったからだ。
教室に置いてきてしまった泉さんには、後で謝ろう。
アパートに帰ってから5分ほど経った今、誰かが扉をノックした。
「おーい、いるか?」
あ、田中の声だ。
僕は扉を開けた。
外開きの扉が、田中の顔面に直撃してしまった。
「「大丈夫?」」
僕と泉さんの声がはもる。
泉さんは田中とこのアパートに帰って来たらしい。
「あ! 月城くん、置いて行かないでよ」
「怖い人たちが僕を睨んでいたから……」
「迷子になったり、犬に吠えられたり、大変だったんだよ」
「ごめん」
「田中くんがここまで送ってくれたから、助かったけど」
泉さんが怒ったように頬を膨らませる。
「とりあえず、上がってよ」
「言われなくてもお邪魔しま~す!」
そう言って誰よりも先に部屋に入って来たのは、泉さんでも田中でもなく、優希先生だ。
「なぜこの人が……」
答えを求めて、視線を田中に向ける。
「ああ、学校からついて来たんだ。別にいいだろ?」
良くないよ。
「はぁ……」
「ルナ、どうしたの? ため息なんかつちゃって。実の姉がそんなに嫌なの?」
「え? 実の姉? 先生は月城くんのお姉ちゃんなの!?」
「うん♡」
衝撃の事実に驚く泉さん。
姉さんには語尾の♡をやめていただきたい。
「で、姉さんは僕に何の用なの?」
「特に用事は無い。それでも弟の家に来てもいいでしょ?」
僕の姉はこういう人なのだ。
「先生が教室で言ってたルナって人はもしかして……」
「僕だよ」
「月城くんって、男装女子じゃなくて男の子だよね?」
「一応……」
はあ、隠しておきたかった僕の秘密がばらされてしまった。
「そうだ月城、今週の土曜にみんなで遊園地に行くことになったんだけど、お前も来るか?」
「ごめん。その日はバイトがあるんだ」
「月城くんってバイトしてたの?」
「うん。僕、料理得意だから、飲食店でバイトしている」
「メイド喫茶だけどね」
姉さんの余計な一言。
僕は迷わず姉さんを殴った。
「女の子を殴るなんてひどい!」
「男女平等って言葉を知らないの? それと、姉さんは女の子と呼べる年じゃないよね。だって二十……」
「黙れえぇぇ!」
雄叫びと共に放たれた姉さんの鉄拳が、僕の
「ふっ、レディの年齢を言おうとした罰よ!」
本当に困った姉である。
「お前メイド喫茶でバイトしていたのか」
「…………まあ……」
田中が変な目で僕を見る。
「お前に女装癖があったなんてな」
「勘違いしないでよ。僕は炊事係。メイド服は着ないよ」
「つまんねえな」
「そう思うよね。メイド服着ればいいのにね」
おい姉さん、泉さんに変な同意を求めるなよ。
「確かにそうかもね」
泉さん! そこは同意しちゃダメ。
「わ、話題を戻そうよ」
「…………そうだな。まあ、バイトがあるならしょうがないか。遊園地には俺たちだけで行ってくるよ」
「……うん」
僕が返事をしてから、田中が僕に「俺たちはデートを楽しんでくるよ」と耳打ちしてきた。
よく考えてみると、明日田中は両手に花を持って遊園地に行くのだ。
なんかすごく羨ましい。
それに、僕を置いて泉さんと遊園地に行くのは許せない。
よし。バイトを休もう。
「ちょっと電話してくる」
そう言って部屋から出て、バイト先の店長に電話をかけた。
「店長、僕は今週の土曜、用事があるので休みます」
「え? ちょっとルナ……」
ブチッ
僕は一方的に電話を切り、部屋に戻った。
「土曜のバイトが無くなったから、僕も遊園地に行けるよ」
「あ、そう」
「良かったね」
泉さんは嬉しそうに返事をしてくれたが、田中は凄くつまらなさそうだ。
それからしばらくすると、
「あ、俺、用事あるから帰る。待ち合わせ場所とかは、また明日相談しようぜ」
と言い残して田中が帰った。ラッキー!
***
時間は流れ、時刻は6時。
そろそろ、晩飯の用意を始めようかと思った頃である。
姉さんは、まだ我が家に居座っている。
「姉さんはいつになったら帰るの?」
「なによ。その言い方。私が迷惑なの?」
「とっても」
キッパリと言い切ってやった。
「で、いつ帰るの?」
「晩飯を食べてから」
「はあ? この家で晩飯を食べる気?」
笑顔で頷く姉さん。
一度でいいから、姉さんをサンドバックにしてみたい。
誰かを殴りたいと本気で殺意を覚えたのは、姉さんが初めてだ。
できれば、今すぐにお帰りいただきたい。
しかし姉さんは凄く我がままだ。
帰れと言っても、晩飯を食べるまで帰らないだろう。
諦めがついた僕は、姉さんに無言で手のひらを差し出した。
「何この手?」
「食費はもらうよ」
「……いくら?」
「諭吉が1枚」
「ぼったくり!」
「なら、特別超巨大サービスで9割引」
「「………………」」
僕と姉さんの睨み合いが続く。
「もういいわよ! 1000円払う。文句ないでしょ」
僕は姉から千円札を受け取り、夕飯の準備を始めた。
「泉さん夕飯何がいい?」
「お任せで」
「ちょっと! 私がお金を払っているのだから、メニューくらい私に決めさせてよ!」
「ヤダ。」
「そんなこと言っていいのかしら? 私のいう事を聞かなかったら、ルナの成績を下方修正するわよ」
うわあ。生徒兼弟あいてにパワハラしてきたよこの人……。
出来る限り姉さんに抗いたいが、元々低い僕の成績を下方修正されては困る。ここは姉さんの言う事を聞こう。
「何がいいの?」
「オムライス」
まあ、そのくらいの料理ならいっか。
僕はオムライスを作り始めた。
メイド喫茶の経験が生かせているという事実が、なんか悔しい。
いつもの癖で、オムライスの上にケチャップで文字を書こうとしてしまった時、本気で焦った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます