第七話 人の夢と書いて《儚い》

 僕は口を洗浄し終わってから、白飯を食べた。

 10点満点で、マイナス100点くらいの料理を食べた後だからか、とても美味しく感じた。


 泉さんに食器類の後かたずけを任せるのは不安だったので、僕が食器を洗った。

 その間に泉さんは、荷ほどきや荷物の整理などをしていたらしい。


 食器類を洗い終わった僕は、泉さんをアパートに残して商店街に向かった。

 泉さんの分の食料を購入するためだ。



***



 商店街で野菜や米を買い、帰る途中に後ろから誰かに話しかけられた。


「よっ、月城、元気か? 幻覚はどうなった?」


 僕に話しかけて来たのは顔も身長も普通の田中だ。泉さんを幻覚と呼ぶ田中だ。


「大丈夫。見ていないから」

「ならいいが……。何か、お前疲れてないか? 悩みとかがあるなら相談に乗るぞ。俺たち親友だろ?」


 田中が言うとうり、僕は少し疲れている。

 僕はインドア派なのに昨日はほとんど外で過ごした。昨日は楽しかったが、あんだけ歩き回ったら、流石に疲れる。


 それはさておき、僕には悩みがある。金銭的に苦しいという悩みだ。

 田中に相談してもどうにもならない。


「悩みがあるなら、聞いてやるぞ。取りあえず、お前の料理でも食いながら話しようぜ」


 田中はいい奴だが、時々我が家の食料を減らしにやって来る。

 僕の料理をかなり気に入ってくれてるのはうれしいが、せめて材料又は材料費を持ってきてもらいたい。


「いいよ」


 僕はいつものように答え、帰路につく。


 あ、泉さんのことを忘れてた。どうしよう。

 泉さんの事を説明する自信がないから、彼女を田中に合わせたくない。


 泉さんは自分の部屋で荷ほどきをしているはずだから、大丈夫かな……。




 帰り道、田中は同い年くらいのカップルを見て「滅びよリア充」と言った。

 田中は僕に滅びて欲しいのかな?




 僕はアパートの玄関を開けた。

 良かった。中に泉さんはいない。だが、泉さんの代わりにと言うのは変かもしれないが、泉さんの段ボール箱が置いてあった。


「月城、部屋を片付けたのか? お前の部屋じゃないようだな」


 余計なお世話だ。


「ん? この箱は何だ?」

「知らない」

「知らないわけないだろ。ここお前の部屋なんだし」


 そう言って田中は、僕の許可も得ないで段ボール箱を開けた。

 中に入っていたのは女性用の衣服。よりにもよって、一目で女性用と分かる物があるなんて。


「月城、何コレ? お前の……じゃないよな。もしかして、お前彼女いるのか?」

「ま、まあ」

「ふ~ん。そうか…………。すまん。俺今からお前の友達辞めるわ」

「え? 君はさっき親友だと言ってくれたよね」

「忘れたな。俺は過去を振り返らないんだ」


 ああ、人の友情ってなんて儚いんだろう。


 些細な理由で友達を失い嘆き悲しんでいる僕だったが、田中はそんな僕を気にも留めずに段ボール箱をあさり、長めのスカートを見つけ、引っ張り出す。


「これは女物だよな。本当にに彼女がいるのか? そんなはずはない。これは夢か幻覚だ! ふっ。俺も疲れているのだな」



 その時――


「月城くん、帰ったのなら声をかけてよ」


 考えられる限り最悪のタイミングで、泉さんが部屋に入って来た。


「あれ? その人は月城くんの友達?」

「は、はい!」


 まだ状況を理解できていない田中が答えた。


「なあ、この子誰?」

 田中が泉さんに聞かれないよう、小声で話しかけて来たが、泉さんに聞こえてしまったらしい。


「私? 私は泉 彩良さらです。よろしくね」

「田中です」


 条件反射で田中が答える。


「田中くんもお昼たべていきなよ」

「はい!」

「ちょっと……勝手に話を進めないでよ。ここの主は僕だよ」

「あ、ダメだった?」

「別にいいけど……。待ってて。簡単なものならすぐできるから」


 そう言って僕は棚から調理器具を取り出し、簡単な料理を作った。


「そこの皿を取って」

 と僕が田中に言うと、田中が泉さんの手を握った。


「何してるの?」

「お前が彩良さんを取れと言ったから……」

「僕はと言ったんだけど」

「何だよその眼は。ただの冗談だよ」


 まあ、いいか。泉さんも気にしていないようだし。




 楽しい食事の時間がやって来た。

 僕は複数の友達と食卓を囲んだのは初めてなので、ウキウキしている。


「田中くんは月城くんと仲がいいの?」

「もちろん! 俺たち親友だよな!」


 田中が僕と肩を組もうとしてきたので、僕は素早くそれを躱した。


「よく言うよ。ついさっき友達辞めるって言ってた……」

「何を言っているんだ? そんな事言ってないだろ? それより、月城と彩良さんはどんな関係なんですか?」


 無理矢理話題を変えた田中。


「一言で言うと、彼氏と彼女かな」

「ギロ!」


 田中が僕を睨んで来た。怖いよう。


「で、彩良さんは月城のどこが気に入ったんですか?」


 あ、それ僕も知りたい。

 可愛くて優しいい泉さんが、何の取り柄もない僕なんかを好きになってくれて理由がずっと分からなかったんだ。


「月城くんの前でそれ聞くの? やめてよ」


 泉さんが少し頬を赤く染め、照れながら言った。


「月城、俺は今すごくお前と入れ替わりたい」

「入れ替われたとしても、いやだからね」

「ハイハイ。冗談だって。俺は腹も膨れたし、帰る」

「田中くんもう帰るの? もっとゆっくりしたらいいのに」


 泉さん、勝手に話を進めないでもらえるかな。一応ここは僕の部屋なんだけど……。


「そう言ってもらえるのは嬉しいが、二人の仲を邪魔するのも悪いしね」


 田中が僕に不器用で気持ち悪いウィンクを送り、苦笑いを返す僕と泉さん。


「また今度。よいお年を~」

 そういえばもうすぐ大晦日だ。準備しなくちゃ。


「「よいお年を」」


 田中が帰った。


「月城くんの友達、ちょっと変わってたけどいい子だね」

「僕たちと同じ高校生だから、『いい』と呼べる年齢じゃないけどね」

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