二章 Never ending story…… 終わらない物語

第六話 そして夜が明けた…………

 僕と泉さんは、ボロアパートの錆ついた階段を上り、手前側にある泉さんの部屋の前で立ち止まった。


「今日はありがとう」

「うん。僕の方からもありがと」


 そんな、会話とも呼べないような会話を終え、僕は自分の部屋に入った。

 そして部屋の電気をつける。


 寿命寸前の電球に照らし出された部屋は、今朝に片付けたばかりだから、いつもの部屋とは違って物が散乱していない。

 そのせいか、ここが自分の部屋ではないようだ。


「昨日はここに、泉さんがいたんだな」


 六畳一間の僕の部屋で寝ていた泉さんを思いだして、つぶやいた。



 それがいけなかった。


「『昨日』? 『昨日』じゃないかな? 私はここにいるのに……」


 僕は、泉さんの気分を害してしまったらしい。


「な、何でここにいるの!?」

「え? 変かな? 一緒に暮らすってこういう事じゃないの?」


 あ、今日の朝、泉さんと暮らすことになったんだっけ。

 展開が急すぎて忘れていたな……。


「そうだけど、まさか、ここで寝るの?」

「そのつもりだけど……。今朝もそうだったよ」


 今更だが、僕は泉さんと一緒に一晩過ごしたんだ。


 なんだか、実感湧かないな。

 今のこの世界が、現実なのか、夢なのか、よく分からない。


「どうしたの? ボーっとして」

「あ、何でもない」


 よく分からないけど、これが現実なんだな。




 僕はこのすぐ後に爆睡した。

 今日一日、色々あったから、疲れていたんだと思う。


 泉さんも、すぐに寝た。多分。



***



 こうして、クリスマスが終わりを告げた。

 町は幸せに包まれ、静かに寝静まる。




 そして夜が明けた




 何かが焦げているような匂いに気付き、僕は目を覚ました。


 昨日は騒音で目覚め、今日は焦げ臭さで目覚めた。

 昨日も今日も、ろくな起き方していない気がする。


 そんな事よりも、この匂いの正体は何だろう? 火事かな?

 結構近くから匂う気がするけど……。


 まさか、このアパート!?


 危険があるならすぐ逃げよう! 僕はスマホと財布をズボンのポケットに入れ、部屋から飛び出した。


 あ、泉さんを忘れていた。


 僕は慌てて部屋に戻ったが、そこに泉さんはいなかった。

 まだ6時くらいなのに、どこに行ったんだろう?


 自分の部屋かな?


 そう思い、泉さんの部屋の扉をノックすると、すぐに返事が返って来た。


「月城くん? もう起きたの? 待ってて、もうすぐ朝ごはんが出来るから」

「それより大丈夫? なんか焦げ臭いよ」

「あ、焦げてた。自分の部屋で待ってて。出来たら持ってくね」


 なんだ。料理をしていたのか。


 自分の部屋に戻ってから、あることに気が付いた。


『泉さんが、僕のために朝ごはんを作ってくれてるの? うれしいな』


 と、素直に喜んでいていいのだろうか?

 漫画とかのヒロインは、料理が下手な人が多い。


 泉さんもそのたぐいの人間だったらどうしよう。


 まさかね。

 漫画と現実リアルは違う。


 生卵をレンジでチンしたり、塩と砂糖を間違える人なんて、現実にはいないだろう。


 しかし、泉さんは料理をかなり焦がしていたようだ。

 本当に大丈夫かな?


「月城くん、朝ごはんできたよ」


 もの凄く失礼なことを考えていると、泉さんが部屋に入って来た。

 彼女は大きめの皿を手にしている。


 今はまだ6時。朝食には少しばかり早いが、たまにはいいだろう。


 泉さんがお皿を机の上に置いた。

 そのお皿には、焦げただし巻き卵(と思われる物体)が2つ鎮座している。


「他のもとって来るから、ちょっと待ってて」

「あ、食器はこっちにあるから、大丈夫だよ」

「分かった」


 泉さんが少し慌てた様子で自分の部屋に戻り、両手に取っ手付きの鍋を持って帰ってきた。


 中身は白いご飯と味噌汁。

 メニューを確認した僕は、料理に合わせた食器を取り出し、机に並べる。

 泉さんがその皿に料理をよそい、僕の前に並べてくれた。


「おいしそうだね」

「ありがと。私、料理は好きなんだ」


 泉さんは料理が好きらしい。なら、安心して彼女の料理を口にしてもいいだろう。


「「いただきます」」


 僕と泉さん、二人の声が重なる。

 まず僕は味噌汁を一口飲んだ。


 うん。美味しくない。

 不味いわけでは無いのだが、美味しくも無い。微妙な味だ。


 味噌汁の具はわかめと豆腐。いい選択だと思う。それに味噌の分量も間違えていない。

 しかし、だしをとるのを忘れているようだ。


「泉さん、味噌汁には昆布を入れた方がいいよ。簡単にだしをとれるから」

「え、そうなの? そもそも『だし』って何?」

「…………。料理が得意じゃなかったの?」

「得意とは言ってないよ。好きだけど」


 僕は少し勘違いをしていたようだ。日本語って難しい……。


「この卵焼き? には何を入れたの?」

「砂糖と醤油」


 この材料なら、変な味にはなっていないだろう。分量を間違えていなければ。


 僕は卵焼きを一口食べて思った。

 不味い。これはもはや、食べ物ですらない気がする。

 塩と砂糖を間違えたとか、醤油を入れすぎたといったまずさではない。

 言葉で言い表すのは難しいが、根本的に味がおかしい。


「何これ? 味がおかしいよ」

「美味しくない? 変だなあ。卵と砂糖と醤油を混ぜて、油を敷いたフライパンで焼いただけなのに」


 彼女のレシピはおかしくない。(多分)

 なら、どこがおかしいのだろう?


「ねえ、そのフライパンと油を持ってきてよ」

「いいよ」


 元気いっぱいに部屋を飛び出した泉さんだったが、帰って来た彼女の顔はとても暗かった。


「ごめん。私が使ったの、油じゃなくてコレだった」


 そう言って彼女が見せたボトルには『が良く落ちる洗剤』と書かれていた。

 僕は大急ぎで口を大量の水で洗った。



***



 僕たちはまともに生活できるのだろうか?

 今から不安になって来た。

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