第五話 一日の終わり
「お兄ちゃんって、このガラの悪い男が?」
「うん」
僕は泉さんとその兄を遠慮なく観察する。
言われてみれば、目と髪の色は似ている気がする。だが、目つきがとても悪い。常に僕を睨んでいる。
歳は20代前半かな?
泉さんはこの人が兄だと言っていたが、再婚か何かでできた両親が違う兄妹なのだろうか?
「おいお前。ガラの悪い男って、俺の事だよな? それに、今物凄く失礼なことを考えていただろ」
「ごめんなさい」
この人は怖い。もの凄く。泉さんを天使に例えるとしたら、兄の方は悪魔といったところだ。
「俺がそんなに怖いか?」
こ、心が読まれた!?
「そんなことない……」
「正直に答えろ!」
「こ、怖いです!」
「あ?」
理不尽だ!
正直に答えろと言われたから正直に答えたのに、いや、正直に答えたから怒られた。あんまりだ。
「お兄ちゃん、月城君が怖がっているよ。落ち着いて」
「俺は冷静だ。お前、奢れよ。人をチンピラ呼ばわりした挙句、殴りかかったんだ。その詫びだと思えば安いだろ?」
近くのカフェを指差して言う。
僕は断るのが怖かったので、泣く泣く了承した。
そのカフェに移動するとき、泉さんの兄が「俺はそんなに怖いのか……」とつぶやいていた。
この人は自分の外見を気にしていたのかな?
僕はこの人を傷付けてしまったのかもしれない。
ん?
そういえば、さっき泉さんは、兄に何か言われて嫌がっていたが何を話していたのだろう。
誰にでも、話したくない過去はあるから、聞かない方がいっか。
カフェで三人分のコーヒーと、泉さんとその兄の分のパフェを注文し、席に着いた。
コーヒー三杯とパフェ二つの代金は約二千円。痛い出費だ。
「で、お前が彩良の彼氏って本当か?」
「本当だよ」
兄の問いに答えたのは、僕ではなく泉さんだ。
泉さんに自分が彼氏だという事を肯定してもらえてとても嬉しい。
「お前も変わってるな」
「え? どこが?」
「すぐにわかるさ」
僕ってそんなに変わっているのかな?
「お前と彩良はいつ出会ったんだ?」
「昨日の夜です」
「正確に言えば今日の午前1時くらい」
泉さんが僕の言葉を訂正する。
「お前はその日に出会った彩良を助けれるんだな」
「やめてくださいよ。すごく恥ずかしかったんですよ。生傷を抉らないでください」
「はは。確かにお前はもの凄く恥ずかしい勘違いをしたもんな」
「穴があったら入りたいです」
「そうか。マンホールならそこにあるぞ。入ってこいよ」
「絶対に嫌です」
僕は慌てて手を振った。
「じゃあな。俺は行くぞ。人を待たせているんでな。デート楽しめよ」
そう言って席を発つ。
そして僕とすれ違う時、彼は泉さんに聞こえないよう小声でそっと「頑張れよ」と耳打ちした。
僕は、彼が何を頑張れと言っているのか分からなかったが、彼は見た目ほど悪い人ではないと思った。
僕たちは店員が持ってきてくれたパフェを食べてから店を出た。
僕が食べたパフェは泉さんのお兄さんの分だ。
なのに彼は、僕がこのパフェを食べれるよう、パフェを食べずに帰ってくれたのだ。
***
僕たちは、商店街の近くにあるショッピングモールで、クリスマスグッズを見て回った。
残念ながら、二人ともあまりお金を持っていなかったので、何も購入することは無かった。
その途中で僕は泉さんに話しかけた。
「ちょっとここで待ってて」
「どこか行くの? 私も着いて行っていい?」
「着いて来ないで。トイレに行くだけだから」
僕は泉さんを独り残して、トイレに向かった。
そんな調子で初デートを楽しんでいると、時間は何時の間にか18時。
日がほとんど沈み、空は暗くなっていた。
今日はもう帰ろうかと思ったが、最後にお弁当を食べたあの公園に行きたかったので、公園に向かった。
「月城くん、どうしてここに来たの? ここはお昼に来たし、すごい人だよ」
「もうちょっと待ってて。もうすぐだから」
「何がもうすぐなの?」
「ほら、始まるよ」
「だから……」
泉さんは何かを言おうとしたが、すぐに黙り込んだ。
夜空に眩しいくらいに光り輝く星が出現したからだ。
大きな星だ、と一瞬思ったが、よく見るとこれは星ではない。星にしては大きすぎる。
始まった。
ちょっと子供っぽいかもしれないけれど、僕はワクワクしすぎてまいあがりそうだ。
小6くらいの僕なら、本当にはしゃぎまわっていた。と思う。
星から、白い光の雨が降り注ぐ。
その光が見上げるほどに大きな円錐になり、その円錐に
出現したのは美しい、そして巨大な眩いばかりのクリスマスツリーだ。
「きれい……」
泉さんの感嘆の声。
もし僕が、少女漫画とかで登場するイケメンの彼氏役とかだったら、「君の方がきれいだよ」とでも彼女に言うのかな?
僕には言えないけれど……。
「ここに来て良かった?」
僕には、これが精一杯の言葉だった。
「もちろん!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
会話が終わってしまった。
とくに話題も思いつかないので、僕はじっとクリスマスツリーを見つめる。
そんな時間が続いた。
周りのバカップルたちがうるさいが、そんなことはどうでもいい。
僕は泉さんに言うべきことを思い出し、口を開いた。
「「あの……」」
丁度その時、運悪く泉さんも僕に話しかけて来た。
「月城くんからいいよ」
「うん。これ、あげる」
僕は泉さんに小さな箱を渡す。
赤い紙で包まれ緑のリボンで装飾された、手のひらに乗るほど小さな箱だ。
本当はこれを渡すときに、気の利いた言葉を言うつもりだったが、肝心の言葉が思いつかないので、普通に渡した。
「あけていい?」
「ダメなら渡さないよ」
「それもそうだね」
泉さんが箱を開ける。
箱から出て来たのはスノードーム。
中に煙突付きで赤い屋根の小屋が入ったスノードームだ。
今日の夕方、トイレに行くふりをしてこれを買いに行ったのだ。
トイレにも行ったけど。
「スノードーム? ありがとう」
「どういたしまして」
財布の中はスカスカだが、こころは満たされている。
「今日一日、ありがとうね」
「こちらこそありがとう。僕も楽しかったよ」
「帰ろうか」
「うん」
僕と泉さんはその場の雰囲気とノリで、手をつないでボロアパートに帰った。
END
と、なってくれたら、どんなに良かっただろう。
現実というものはそんなに甘くはなく、物語はまだまだ続きます。
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