第二話 謎の少女

 僕は、無意識のうちに友達の田中に電話をかけていた。

 静かな部屋が、電話の呼び出し音と、自分の鼓動、少女の穏やかな寝息に満たされる。


 少し待つと、田中がでた。


『何だ、月城つきしろ? こんな朝早くに』


 電話の向こうから、不機嫌そうな声が聞こえる。


「サンタがプレゼントをくれた」

『ふ~ん。なにくれたんだ?』

「美少女」

『は?』


 田中の気持ちがよく分かる。

 いきなりこんな話をされたら、お釈迦様でも『は?』と言わざるを得ないだろう。


「サンタが僕に少女をプレゼントしてくれたんだ」

『なんのゲーム? それともアニメ?』

「ゲームじゃなくて現実リアル!」

『幻覚でも見ているのか?』


 幻覚?

 そうか。僕は幻覚を見ていたのか! そうだ。きっとそうだ。

 僕の八畳一間のボロアパートに、少女がいるはずがないのだ。


『なあ、月城』


 通話中だったことをすっかり忘れていた。


「なんだ?」

『お前は病気だ。不治の病だ』


 僕はドキッとした。

 田中はゲームオタクだが、もの凄く物知りだ。だから病気にも詳しい。


「僕の病気の名前は……?」

『中二病』


 僕は迷わず電話を切った。

 そして、少女を観察する。

 朝日を浴びて輝く短い髪は、つやのある黒。気持ちよさそうな寝顔は、お昼寝中の子犬のようだ。

 歳は僕より少し下だろうが、彼女はなぜか大人びて見える。

 人生で初めて、心の底から可愛いと思える女の子に出会った。


 僕は変態じゃないよ。


 そんなことを思いながら、彼女のほっぺたを指で押してみた。

 少女の頬は、お餅のように柔らかくて気持ちいい。


 その時、スマホのアラームが鳴り響く。

 大好きなアニメの開始時刻5分前を知らせるアラームだ。


 びっくりした僕は、慌てて少女から手を放した。


 アラーム音に驚いたのか、少女が目を覚ました。

 彼女が起き上がり、大きく伸びをしてから、眠そうに辺りを見渡して、僕と目が合った。


「おはよう。月城くん。泊めてくれてありがとうね」

「え?」


 なぜ僕の名前を知っているのだろう?

 僕は彼女を知らないのに……。


 首を傾げて悩んでいると、少女が残念そうに話しかけて来た。


「え? もしかして、私のこと覚えていないの?」

「う……うん」


 情けない。

 少女は僕の事を知っているのに、僕は彼女を知らない。いや、忘れているなんて……。


「そうかぁ。覚えていないのか」

「ごめん……」

 僕はしょんぼりと頭を下げる。


「あ、謝らないでよ。悪いのは私なんだから」


 彼女の言っていることが、全くもって理解できない。

 僕は彼女に何かされたのか?


「覚えていないのも無理ないよ。君、寝ぼけていたもんね」

「ごめん。なんの話?」

「一から説明するね」


「うん」

「まず自己紹介。私は『いずみ 彩良さら』。昨日、隣に引っ越してきたんだよ」


 この子がお隣さん?

 可愛くて優しそうな子でよかった。


「今までは親の家で暮らしていたんだけど、自分の部屋が欲しかったからここに引っ越したんだ」


 後で分かった話だが、泉さんは5人家族だ。

 なのに家は『3LDK』だから、自分の部屋が無かったらしい。


「初めは自分の部屋が手に入ってうれしかったんだけど、なんだか寂しくなちゃって、ここに来たの。君は、見ず知らずの私を部屋に泊めてくれた」


 言われてみれば、昨日の夜に誰かが家に来たような気がする。


「泉さんって、寂しがりなんだね」

「だって、クリスマスに独りって寂しくない?」

「うん。僕も同じ思いだったよ」

「だから、これからは、君と暮らそうと思うの」

「うん……?」


 君って僕の事だよな? 僕と泉さんが一緒に暮らす?


「ええぇぇぇ!」

 僕は思わず大きな叫び声を上げた。


「ちょっと……近所迷惑だよ」

 泉さんが迷惑そうに耳を押さえる。その顔は、なぜか少し楽しそうだ。


「君と僕が一緒に?」

「うん。私のこと嫌い?」

「そ、そんな事ないよ! 大好きだよ!」

「!……」


 泉さんが慌ててそっぽを向いた。

 そして「ありがとう」と、含羞を帯びた笑みを浮かべた。

「う、うん?」


 

 この少し後、僕は泉さんに告白してしまった事に気が付き、絶叫した。

 近所迷惑だと大家さんに怒られた。


 あ、アニメを見れなかった。

 録画していないのに……。


 また今度誰かに見せてもらおう。



***



 泉さんには少しの間だけ、部屋から出てもらった。

 部屋を片付けるためだ。


 散乱しているゴミをゴミ袋にいれ、彼女に見られたくない物を押入れに詰め込む。大量のゲームはテレビの横に積み上げ、掃除機もかけた。

 この部屋は六畳一間という狭い部屋だが、片付けるのに一時間ほどかかった。


 やっと掃除が終わった。


「泉さん、入っていいよ」

 僕は壁越しに泉さんを呼ぶ。

 この壁は薄いから、隣の音が聞こえるのだ。


「ふう、やっと終わった。こんなに時間がかかるなら、手伝ってあげたのに」

「ダメだよ。見られたくない物もあるし……」

「見られたくない物って何?」

「な、何でもない!」


 僕は慌てて手を振った。


「で、どうするの?」

「何が?」

「今日はクリスマスだよ。お出かけしようよ」


 お出かけって、デート!?

 デートに誘われた? 人生初だ!


「お出かけって、どこに行くの?」

「お腹空いたから、飲食店がいい」

「どこの飲食店?」

「月城くんの好きなとこがいい」


 少し考えてから「商店街のファミレス」と答える。


「いいね。行こう!」

「ちょっと待ってて。僕まだ用意できていないから」


 僕は大慌てで、いつもよりちょっとだけ立派な服に着替えた。

 その間に泉さんも、あったがそうな白いコートに着替えたらしい。


 さっきとは違う服の泉さんと二人でアパートからでて、ファミレスに向かった。


 外はパラパラと雪が降っていて寒いはずなのに、泉さんがいるおかげか、寒いとは思わなかった。



***



 目的地に着いた僕たちは、茫然とファミレスを見つめていた。

 ファミレスが、テーマパーク顔負けの30分待ち。

 

 クリスマスだからだろうか?


「月城くん、他の店でいいとこある?」

「うん」


 僕たちはお弁当屋さんに向かった。




 昨日も行ったお弁当屋さんの扉を開け、僕たちは店の中に入る。

 お弁当屋さんには、いつものおばあちゃんがいた。


「今日も来てくれたんだね」

「うん。ハンバーグ弁当、今日はある?」

「あるよ」

「やったあ!」


 独りではしゃぐ僕。

 その横で泉さんが、難しそうにメニューとにらめっこしている。


「何が美味しいのかな?」

「ここは何でも美味しいよ」

「あら、いいこと言うねえ」


 おばあちゃんが僕に向かってにっこりと微笑んだ。


「何か奢ってよ」

「いいよ。ハンバーグ弁当を二つください」

「はいよ」


 おばあちゃんに代金を渡して、ハンバーグ弁当が二つ入った紙袋を受け取った。

 それから、近くの大きな公園に向かった。

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