第三話 初デート

 公園は多くの人で溢れかえっていた。


 公園には、冬になると巨大なクリスマスツリーが出現し、それを見るためにカップルの大群が出現する。

 僕はこの事実を忘れていた。


「月城くん、こんな人ゴミの中でお弁当食べるつもり?」

「そのつもりだったけど……」


 正直言って、この人ゴミの中でお弁当を食べる気にはなれない。


 普段のこの公園は、人通りが少ないからとても静かで、のんびりとベンチでお弁当を食べるのに適している。

 公園でお弁当を食べる高校生はあまりいない(と思う)が、僕は時々ここでお弁当を食べる。


 そんな日々を振り返っていて、あの場所を思いだした。

 ほとんど誰も来ない、静かな場所だ。


「そうだ。あっちにいい場所があるよ。僕について来て」


 道の横に植えられている木々の間を通り抜け少し歩くと、一ポツンと一つだけ設置されているベンチと木々以外何もない場所にたどり着いた。


 ベンチに座ろうと思ったが、雪のせいかベンチが少し湿っている。

 僕はベンチをハンカチで軽くふき、僕たちはにそこに腰を下ろした。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 こんな何気ない日常の会話も、とても久しぶりだ。

 高校では『どういたしまして』という言葉をあまり使わないからかな?


 そんな事を考えながら辺りを見渡し、人がいないことを確認する。


「ほら、誰ももいないでしょ」

「本当に誰もいない……。ベンチ以外何もないけど」


 この公園を埋め尽くすカップルのほとんどがデート中だ。

 だから、デートコースから外れていて、特に何もないこの場所は空いているのだろう。


「何も無くてもいいじゃん。お弁当を食べるだけだし」

「でも……」


 泉さんが寂しげな表情で空を見上げた。

 それにつられて、僕も一緒に上を見る。

 空のところどころに小さな綿雲が浮かんでいて、積もるほどでは無いが、雪が降っている。

 それ以外は何も見えない。

 彼女は何を見ているのだろう?


「屋根が欲しいね」


 少女の純粋な願いに、僕は答える事が出来なかった。


「さ、早くお弁当を食べようよ。このお弁当は温かいから、すぐに体が温まるよ」

「ありがと」


 泉さんが、僕から受け取ったお弁当箱を開けると湯気と共にハンバーグのいい匂いが辺りに広がった。

 しかし、雪が降っているのに屋根が無いので、せっかくのハンバーグ弁当に雪が入ってしまう。

 このままでは、ハンバーグ弁当を美味しく食べる事ができない。


 そこで僕は、持っていた折りたたみ傘を広げ、泉さんの頭上に掲げた。


「え? 何?」

「屋根代わり。これでお弁当に雪が入らないでしょ」

「でも、それじゃあ月城くんがお弁当を食べれない……」

「平気だよ。お弁当は片手でも食べれる!」

「ありがとう」


 そう言ってから、彼女はハンバーグを口に運ぶ。


「ん! 美味しい!」

「でしょ! このハンバーグ美味しいでしょ」

「うん!」

「このハンバーグはかなりいい肉を使っているんだよ」

「なんで月城くんが自慢げに話しているの」

「確かに変だね」


 泉さんと僕は大きな声で笑った。


 楽しい。今この時間が。

 独りでお弁当を食べていても手に入らなかった満足感が、今ここにある。


 今なら、映画とかでいきなり歌いだす登場人物の気持ちが分かる気がする。


「私の顔に何かついてる?」

「あ、ごめん」


 自分が泉さんをじっと見つめていた事に気付き、慌てて目線を反らした。


 あれ?

 泉さんの口の端に何かが付いていたような……。


 チラッと泉さんの口を見ると、そこにハンバーグのソースが付いていた。


「口の端にハンバーグのソースが付いているよ」

「ありがと」


 泉さんが、お弁当の紙袋に入っていたウエットティッシュで口元を拭く。

 僕はお弁当を食べながら、そんな泉さんを眺めている。


 こうしていると、可愛い妹が出来た様だ。

 年齢によっては姉かもしれないが……。


「泉さんって、歳はいくつなの?」

「女の子にそれを聞いちゃダメだよ」

「ご、ごめん」

「別に謝らなくていいよ。私は16。君より年下だよ」


 16歳という事は、彼女は高校生なのだろう。浪人生じゃなければだけど。


「ふ~ん。そうだ、僕は何歳だと思う?」

「18くらい?」


 僕は首を横に振った。


「19!」

「それより下だよ」

「あ、17ね」

「それも違うよ。正解は15! 僕が年下だよ」

「月城くんって中学生なの!?」


 泉さんが驚きを露にする。ここまで驚かれるとは思わなかった。


 彼女は本気で僕の事を年上だと思っていたらしい。


 僕はそんなに大きく見えるのかな?

 身長も体付きも平均的だけど……。


だけど、一応高1。早生まれなんだ」

「そうなんだ。私は君の方が年上だと思っていたよ」


 楽しく談笑していると何故かお弁当が空になっていた。

 泉さんのお弁当も空になっている。


「美味しかった~。月城くん奢ってくれてありがとう」

「気に入ってもらえてよかったよ。ゴミ、捨ててくるね」


 僕は二つのお弁当箱を近くのゴミ箱に捨てた。


「次はどこに行きたい? 僕はどこでもいいから」

「じゃあ、ゲームセンター!」


 女子高生という未知の生命体が、どこに行きたいと言い出すか不安だったけれど、彼女も自分とほとんど変わらないのだなと思った。



***



 ゲームセンターは思っていたよりも空いていた。

 ラッキー!


「何して遊ぶ?」

「マリ◯カート! 僕得意なんだ」


 まず、このゲームで対戦することにした。

 僕の実力を見せてやる!

 僕はゲーム得意だ。


 自分で認めたくはないが、学校の成績は平均以下だ。運動神経も悪い。

 どの科目もダメな僕の長所は、アニメとかの知識とゲームの技術だ。

 女の子に数少ない僕の特技で負けてたまるか!

(なんか悲しくなってきた)


 自信しかないような状態で勝負に挑んだ。

 勝負の結果は、まさかの僕の負け。とても悔しい。


 結論。彼女は目茶苦茶強かった。


「泉さん強いね。でも次は負けない。次は射撃で勝負だ!」

「次も私が勝つよ!」


 清々しいまでにボロ負けした。

 また負けた。こんちくしょう!


「また負けた……」

「どう? 私の実力は」


 どうしよう?

 一回は勝ちたい。

 何か、目茶苦茶強い彼女に勝てるゲームは無いのか?


 辺りを見渡していると、『パンチ力測定』と書かれた機会が目に入った。


 これだ!

 泉さんは女子。だが、僕は男!


 力だけなら僕の方が強い!


「ねえ泉さん、今度はこれで勝負しようよ」

「力比べ? いいよ!」


 今度こそ勝つ!


 機会にコインをいれ、順番に黒い板を殴る。すると、機械に数字が表示された。



 勝負の結果は――



 また負け。惨敗だ。

 女の子はか弱いイメージがあったが、それは違うと思い知らされた。


 負けまくって一回も勝てなかったが、彼女とのゲームはとても楽しかった。


「次は何のゲームで遊ぶ?」

「もうゲームはやめよう。違う場所に行こう!」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」


 僕はスタスタと出口に向かって歩き出す。

 その後を泉さんがついてきた。

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