5話 本業

 戦闘場所となった高速道路から離れた私は、人気の無い路地裏で変身を解く。昼間の太陽すら差し込まない苔むした路地裏は、ひんやりと涼しかった。


 『変身』は解けるまでが一つの魔法であるため、残り回数に関わることは無い。もちろん、相手の変身を無理矢理解こうとするときには一回使うことになる。あの毛玉フワリィが使ったのが、変身を解く魔法だ。


 光の粒子に変わった喪服は、しばらく風に巻き上げられたあと、空気に紛れ消え失せた。私はハリのなくなった顔を撫で、外に出していた金色の指輪を革紐ごと服の下にしまう。

 そろそろ家に帰って昼食を食べなくては。取材の時間に間に合わなくなってしまう。


 後方から聞こえるさざめきと、すぐ横のコンクリート塀からやかましく鳴きわめく油蝉を無視し、私は薄暗い路地から外に出た。

 肌を焼き焦がす太陽が、ひどく憎らしかった。



 一度家に帰った私は、昼食を飲み込むように食べ終え、仕事着である女性用のスーツに着替えてから、洗面所で軽く化粧をする。人に会い、取材するのだ。あまりケバケバしい化粧は好きではないし上に、相応しくもない。また、化粧をしないというのも、社会人女性として常識的ではない。


 洗顔をしてから、化粧水を顔に叩くように塗る。

 化粧下地を薄めに顔に広げ、目元から化粧をしていく。眉毛の下に肌色に近い薄桃色のベースパウダーを塗り、まつげの上に先ほどのベースパウダーよりも少しだけ濃い色のパウダーを化粧筆を使って細く塗る。

 両目を仕上げたあと、ティッシュペーパーを使って余計な粉を払う。

 肌には軽くファンデーションを乗せたあと、目元のメイクと同じように、乗せすぎた粉を払い、鏡でチェックをする。目の下の隈が目立っていないことも確認しておく。

 最後に、やや薄い色の口紅を塗り、化粧は終わり。かなり手抜きな化粧ではあるが、社会人として常識的な範囲で化粧はしてあるため、文句を言われる筋合いはないはずだ。


 前髪を適当に整え、私は洗面所を後にする。化粧水がそろそろなくなってしまう。帰りに買いにいかなくては。

 時計を確認すれば、時刻は二時を少しすぎたところだった。今からゆっくりとヒーロー事務所に向かっても、約束の四時までにはゆうに四十五分の時間が残るだろう。遅刻するのは論外であるが、早くつきすぎるというのも問題である。


 少しだけ迷った後、私は取材用の道具を詰めたバッグを片手に、玄関に向かう。早めに現地に向かい、コンビニかファミレスで時間を潰そう。

 化粧とスーツという戦闘服を身にまとい、私は玄関の扉に鍵をかける。服の下には、金属の輪の通った革紐が皮膚に冷たくぶら下がっていた。



 私の取材するヒーロー事務所、『南区ヒーロー事務所』は、地元消防団や警察、自警団と連携している、それなりの規模の事務所である。

 十二階建てのビルを前に、私は身なりを整える。時刻は三時半。待ち合わせをするには少々早すぎる到着だが、とりあえずは許してもらえる時間だろう。

 事務所自体はこのビルの十階から十二階であるらしい。ガラスの自動ドアをすり抜け、エアコンの効きすぎた室内に入った私は、エントランスにいた受付嬢にエレベータールームの場所を聞く。


 お喋りな受付嬢の説明で、このビルに非常階段が二つと、エレベーターが二つ、防火扉が各所にあることを聞いてから、私はビルを奥に進む。

 エントランスの中央よりもやや右の広いスペース、観葉植物が涼しげに茂ったタイル敷のエレベータールームで、私はエレベーターのボタンを押す。

 どうやらどちらのエレベーターも上の階にあったらしい。数十秒後に、これまたエアコンの効きすぎた箱が扉を開けた。中には誰一人もいない。エレベータールームにも人はいないため、私は一人でエレベーターに乗り込む。そして、扉を閉めようとボタンを押そうとした、その時。


「すいません! 乗ります!」

「待ってくれぃ!」


 大声で叫ぶ二人の男。私は慌てて開くためのボタンを連打する。

 閉まりかけたドアから入ってきたのは、若草色の髪の毛の青年と、やや白髪混じりのおじさん。


「っ!」


 思わず声が出そうになった。片方は見覚えがある、という話ではない。つい数時間前に出会ったばかりだ。

 片手に持った緑色のヘルメット。緑色のコスチュームに、腰には長い鞭。あれは、確か、木下という青年。


 そして、その隣にいる白髪頭のくたびれたスーツのおじさん。年齢は確か45とかそこいらだったはずだ。名前は知っている。松木まつき 剛二郎ごうじろうだ。


 肩で息をする木下と剛二郎。

 エレベーターのドアはいつの間にか閉まり、冷たいエアコンの空気だけが箱の中を満たしていた。



 私は、もともと正規の魔法少女

 今はそうではない。それもそうだろう。私はおばさん。少女というべき年齢ではないのだから。

 だけれども、私は副業で魔法少女として活動している。

 そう、だ。つまり、完全なボランティアでやっているというわけではない。私の活動には、賃金が発生している。そして、ヴィラン討伐を依頼する依頼主も存在する。


 良い言い方をするならフリーランスの魔法少女である私の依頼主、つまり、上司は今このエレベーターに乗っている、松木 剛二郎この人だ。


 ヒーローは差別されている。正体不明であり、ヴィランと同じように説明不可能の能力をもっているからだ。また、そんな力を国を乱すために用いられたら、溜まったものではない。

 そのため、政府の許可なく、また、特殊な資格を持つもの以外の超能力、魔法、その他人類には使えないであろう特殊技術を行使することは、法律によって規制されている。


 だが、それには例外がある。

 例えば、神に超能力を授かったと公言するヒーロー。彼らは資格を持っていないことがほとんどである。なにせ、神に命令されたのだから。

 例えば、魔法少女。彼女たちも資格は持っていないし、政府の許可をとっていないことがほとんどだ。なにせ、未成年なのだから。

 前者は主に「アンチヒーロー」や「ヴィジランテ」と揶揄され、それなりに逮捕されることが多いが、後者、つまり、昔の私はどうだったかと言えば、グレーゾーンである。理由は、絶対数が少ないせいだ。


 魔法少女はヒーローほど多くは存在しない。理由は、使い魔の指名によって魔法少女が誕生し、使い魔の判断によってからだ。


 私はかつて、使い魔であるフワリィクソ毛玉によって指名され、魔法少女プリティブラックになった。……自分で言うと、痛いな。

 そして、中学校を卒業すると同時に能力を消されそうになった。だが、私はまだ魔法少女として活動する事を望んだ。


 使い魔と対立した私は、正統な魔法少女ではなくなった。具体的には、使い魔の支援を受けられなくなったのだ。

 言ってしまえば、あのクソ毛玉の支援はあってないものだ。魔法の使い方を雑に説明され、どこそこにヴィランが出たと教えられる。それだけを支援と言い張るのだから。

 正統な魔法少女ではないから言おう。応援は支援ではない。絶対に支援ではない。

 魔法が使えるなら、魔法弾の一発や二発撃って、戦闘の支援をしてほしい。使い魔は戦えない? でも、お前、魔法は使えるのだろ? 使い方の説明ができるのに、なぜ戦わないの?


 話を戻そう。魔法少女は絶対数が少ないため、規制するのが難しい状況となっている。また、彼女ら自身出自を広めないため、取り締まるのが難しいのだ。未成年で法的責任を問えないことも原因となっているだろう。

 だが、私はどうだ?


 魔法を無許可で使っており、資格も持っていない。使い魔と対立したおかげで今だに魔法を使え、住所や住民票を持ち、そして、成人済みである。

 私を分類すれば、魔法少女ではなく、「アンチヒーロー」もとい「ヴィジランテ」に当たる。つまり、法的に取り締まられるのだ。


 そうだとしても私は魔法少女を辞めるつもりはない。だが、法律は法律。私には私の生活がある。だからこそ、同じく「ヴィジランテ」である松木 剛二郎に、雇用という形で庇護してもらっている。


__面倒な状況だ……。


 私は上昇するエレベーターの中でそう思う。

 上司である剛二郎にも、正体を、つまり、プリティブラックが三十代のおばさんわたしである事を教えていない。彼も無許可で超能力を行使しているヴィジランテである以上、芋づる式に捕まりたくないからだ。


 だから、私とプリティブラックがつながることは万に一もないだろう。(正気の人間は、三十代のおばさんを魔法少女だとは思わないが)


 だが……


__何で、ヒーロー事務所のあるこのビルに、ヴィジランテの剛二郎がいるのか、っていう話なのよね……。


 不審者に少女雑誌記者、ヒーローの三人を乗せたエレベーターは、軽い音とともに十階にたどり着いた。

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