4話 逃亡と戦闘

 にやりと心底腹の立つ笑みを浮かべるクソ毛玉フワリィ

 私は思わず奥歯を噛みしめた。


 私は、ただ彼女たちに戦闘の指導をしたいだけだ。だが、あの毛玉はのために、それを阻止しようとするだろう。その結果、彼女たちの誰かが死ぬこととなっても。

 とにかく、私は誤解を解くためにも口を開く。


「私は、その毛玉はまだしも、あなたたちに危害を加える気はない。」


 そう言えば、赤とピンクの彼女たちはいっせいに戦闘準備をした。ああ、言い方を間違えた。私がそう思って右手をこめかみにぐりぐりと擦り付ける。偏頭痛がよみがえってきた。


「あなたたちに、せめて最低限でもヴィランに関する知識を与えるために……」

「フワリィには、手を出させないから!」


 ピンクの彼女は、そう叫ぶと杖の先をこちらに向けてきた。

 ……まずい、あの木の棒を捨てたのは、軽率すぎたか。武器を持っていないほうが警戒されないと思たのだけれども。

 大まかに言えば、私は正規の魔法少女ではないため、一日に使える魔法の回数が限られている。今日使ったのは、この喪服姿に変身するために一回、木の枝を剣に変えるために一回、ヴィランの粘液をはぐために一回の計三回。そして、私が使える魔法の上限は十回だ。

 私は、無抵抗であることを証明するために、両手を上げる。ホールドアップだ。


 私の行動に、ピンクの彼女プリンセスチェリーブロッサムは毒気を抜かれたような表情をする。攻撃が来ないと判断した私は、手短に言う。


「まず、ヴィランについての知識を身につけてから、戦いに挑みなさい。勇敢と無謀は全く違うわ。」


 そこまで言ったところで、別の所から男性の悲鳴が上がってくるのが聞こえてきた。一戦交えた後に行くと、数日後の筋肉痛がひどいこととなってしまうが、優先順位は私の体<他人の命だ。行かないと。

 去り際に、いまだ茫然としている彼女ら四人の魔法少女たちに向かって言う。


「もしも本当に、『魔法少女』として活動したいだけならば、フワリィについていけばいいわ。けれども、『人を守るために活動したい』というなら、ヒーロー事務所に行きなさい。そこでヴィランに関する知識と、戦闘の基礎を教えてもらえるわ。」


 そう言ってから、私は悲鳴の上がったほうへと振り返り、走ろうとする。が、その時、背後からやたらに耳に残る甲高い詠唱が聞こえてきた。


「使い魔フワリィの名において命令するフワ!【姿を現せ】!」

「?!」


 突然のフワリィの詠唱に、私は足を止め、姿を確認し、そして、息をのんだ。

 着ていたあの喪服が解け始め、肌のはりが急速に失われ始めたのだ。


「ひぃ?!」

「えっ?!」

「きゃあ?!」


 魔法少女たちの悲鳴が、背後から聞こえる。

 きっと彼女たちは、急に目の前の人物の体が老け始めるという、恐ろしい光景を目にしているはずだ。


 まずい。

 私は反射的に首に下がった金色の指輪をひっつかみ、再度変身する。

 魔法の残り回数は、あと六回。溶けかけていた変身は戻ったが、余計なことに魔法を使わされた。想定外のことは想像しておかなければならない以上、この一回は大きい。


「……屑め。」


 私は少しだけ振り返り、あの毛玉を小さく罵倒してから、男性の悲鳴が上がったほうへと走り出す。空を飛ぶ魔法も使えないわけではないが、移動ごときで魔法を使っている暇はない。

 装飾の少ない黒のロングブーツでアスファルトを蹴り飛ばし、戻り始めた人垣を押しのけ、私は現場へと急ぐ。

 そんな私の背中を、四人の魔法少女たちは何とも言えない表情で見つめていた。



 悲鳴が聞こえたのは、近くの高速道路だった。三車線道路の中央付近にヴィランが現れたらしい。現場に近づくにつれて、すさまじいクラクションと罵声にブレーキ音、野太い悲鳴と痛みからのうめき声が聞こえてきた。


 現場に駆け付けると、そこには、幾人かのヒーローたちがヒビの入ったアスファルトの上に転がっていた。色とりどりなコスチュームにいずれの人物も赤という追加色を足していることから、激戦となっていることがうかがえた。


 私は、道路の中央、つまり、いまだにヴィランとヒーローたちが戦っている場所を確認する。そこには、ガス状の蛇に似たヴィランがちらちらと赤い下らしきものを出したりしまったりしていた。

 全長はそばに横転したワゴン車の大きさを優に超えている。奴の体がガスではなく実態であれば、その肉体によってひどく苦戦させられていたことだろう。胴体部分は紫色で、全体的に黒っぽい色をしているが、その瞳だけはらんらんと輝いていた。

 体が完全にガスでできていることから、あいつは典型的な超能力攻撃型のヴィランだ。しかし、ガス状のヴィランがどうやってヒーローたちに出血を伴うけがをさせたのだろう?


 私がそう思っていると、すぐに答えが目に飛び込んできた。

 ヒーローたちが……なぜか、同士討ちをしていたのだ。


「やめろ、グリーン! オレは味方だ!」

「……レッドから離れろ、蛇!」


 赤色コスチュームの彼と緑色のフルフェイスヘルメットの男が戦っているのを見ながら、私は対策を考える。

 彼らが敵と味方の区別がつかなくなった、もしくは、幻覚を見ている原因は、十中八九あのガス状の蛇だろう。

 問題は、あのガスが原因なのか、ほかなのか、ということだ。


 赤色のヒーローは武器らしい武器を身につけていないことから、格闘でヴィランを退治しているか、何らかの超能力を持っているのだろう。それに対し、緑色のヒーローは鞭のようなものを持っている。

 もし蛇のガスを吸って敵味方の区別がつかなくなるなら、真っ先に赤色のヒーローが緑色の立場にいるはずだ。まあ、あの緑色ヘルメットの男が赤色のヒーローをかばったということも考えられるが、そこまで考えているときりがない。


 戦いは、中距離攻撃手段を持つグリーンが有利らしい。接近しきれれば素手のレッドのほうが有利になるだろうが、仲間への遠慮か、本気が出せていないらしい。レッドは既にいくつか大きな傷を負っている。


「……とりあえず、遠くから攻撃をして、極力あの蛇に私の存在がバレないようにしましょうか。」


 彼らの今後のためにも、早くあの蛇を退治しよう。そう判断した私は蛇の視界に入らないように息を殺して道の隅に体を寄る。

 強い日光がじりじりとアスファルトと私の体を焼く。照り返しの日光があたりに蜃気楼を浮かべては消える。変身を使っている最中だと、ご都合主義にも汗でベタベタになることはないが、こんな夏場に喪服を着ているのだ。暑くないわけがない。


 額に軽く手を当ててから、私は集中する。

 そして、あの短い呪文を唱える。


 できるだけ魔法の残弾を残しておきたいのだ。人生、何が起きるかわからないのだから。


「マジカルブラックの名において命令する、【敵を穿て】」


 私の右手から放たれた黒い魔弾は一直線を描く。

 そして、蛇の頭らしき場所に激突する。

 ヒーロー二人の同士討ちに注目していた大蛇は、私の攻撃に気が付くことはなかった。


 小さな破裂音とともに、蛇の甲高い絶叫が鼓膜を震わせる。

 ガスのその体に、爆発は効果が抜群だったようだ。

 大蛇の体をつくっていた紫色のガスが散り、風に舞った挙句、消えた。どうやら、正解だったらしい。

 これで今日の魔法の使用上限は、あと五回だ。


 蛇が風に消えた瞬間、緑色のフルフェイスヘルメットは正気に戻ったらしい。気まずい表情をして、レッドの首に巻き付けられていた鞭を外した。……どうやら、かなりぎりぎりのところであったらしい。

 突然弾けとんだ大蛇に、レッドは驚きを隠せないようだ。私と大蛇のいた場所を交互に見つめ、ポカンとした表情をする。


 周囲を確認してみても、死にそうなほどの大けがをしている人物はなく、あの蛇のヴィランもよみがえる気配はない。

 とりあえず、放っておいても問題はなさそうだ。これで一件落着だろう。

 そう判断して私がこの場から立ち去ろうとすると、緑色のヘルメットの男に声をかけられた。


「貴女は……マジカルブラックさんですか?」


 我ながらにキラキラした名前だと思いながら、私は黙って頷く。もし、改名ができるのなら、もっと普通の名前にしよう。30越えで『マジカルブラック』は辛すぎる。

 数拍間をあけてから頷いた私に、緑色のヘルメットの男がヘルメットを外した。ヘルメットの下から、若草色の短髪がさらりとあふれる。体の出来上がり方筋肉の付き方から20後半くらいだと高をくくっていたが、どうやらもう少し若いようだ。


 一瞬、見覚えがあった気がしたが、名前は思い出せない。私の視線に気が付いたのか、若草色の髪の毛の男性が声を上げる。


「学生の時に助けてもらった、木上きのうえです! 今回も助けてくださり、ありがとうございました!」


 そして、青年は笑顔を浮かべて私の方を見た。


 木上、木上、木上……

 名前を何度も頭の中で反芻するが、どうしても思い出せない。学生の時救った? いつの話だ?

 思い当たる節のない私は、とりあえず軽く会釈してからその場から離れた。


 時刻はそろそろ昼を超えようとしていた。

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