3話 敵対

 あの裏切り者フワリィだ。

 脳裏によみがえるあの面を思い出し、私は吐き気に襲われる。いや、吐き気だけではない。これは、殺意だ。


 私がそんなことをしている間に、四人の幼い魔法少女たちは劣勢に追い込まれていた。どうやら、必殺技が通じなかったらしい。

 それもそうだ。彼女たちには、圧倒的に知識が足りていないのだから。


 ヴィランには、様々な個体がいるが、その中でも戦い方として二つに分けることができる。


 一つは、己の身体能力を存分に使い、物理的な攻撃で周囲や人間にダメージを与える存在。言うならば、物理攻撃型。


 もう一つは、己に宿った超能力を用いることで周囲を攻撃する、超能力攻撃型。例えば、火を噴いたり、空を飛んだり、念力を使ったりといった存在のことだ。


 彼女たちが戦っているのは、体を覆う黒い粘液によって物理的な攻撃を半減し、爪や牙など、その肉体によって相手を殺傷する、やや超能力攻撃型気味の物理攻撃型ヴィランだ。

 魔法少女である彼女たちが得意とする相手は、超能力攻撃型である。なぜなら、魔法少女には、『魔法』という手段で長距離攻撃ができるからだ。つまり、相手の超能力が届かない範囲でこちらから攻撃するのがアドバンテージである。

 逆に、魔法少女たちには防御力があまりないため、物理攻撃型のヴィランには弱い。


 だが、彼女たちは、それを知らない。

 なぜなら、のだから。


「……あのクソ使い魔、私は四代前の時から、戦いについて指導するように言ったわよね……!」


 殺意が沸く。

 筋肉という装甲のある物理攻撃型は、魔法攻撃が効きにくい。だから、力を合わせての必殺技が当たったとしても、生き残る可能性が十二分にあるのだ。


 安全策をとるならば、この液体をまとったヴィランの情報をヒーローたちに伝え、対策をとったヒーローたちに任せるほうがいい。魔法少女が超能力攻撃型のヴィランに対して有効な手立て必殺技を持っているように、彼らヒーローは物理攻撃型のヴィランに対して有効な必殺技を持っているのだから。


 そんなことを考えているうちに、見る見るうちに魔法少女たちは劣勢に追い込まれていく。

 ……まずい。ヒーローたちはまだ到着しない。できない。


「負ける……ものですか!」


 青髪の彼女……デイフラワーが、魔法で作った矢を弓につがえ、攻撃する。

 だが、その矢は当たったところで大した意味がない。物理的な弓矢ならばまだ効果があるかもしれないが、魔法でできた矢では、奴らの筋肉という装甲を抜くことはできないのだ。


 けれども、そんなブルーの戦いぶりに引っ張られるように、魔法少女たちは立ち上がり、戦いだす。

 圧倒的に不利な状況下で戦い続ける彼女たちは、不屈の精神という言葉がぴったりだ。それが正しい判断なのか問われれば、判断に困るのだが。


 傷まみれになりながらも必死に戦う魔法少女たちを見て、私は、決意する。このまま見ているだけでは、ただの臆病者だ。


 私は誰だ? 私の副業は何だ?

 私の副業は、非認可の魔法少女ヴィジランテじゃあないか。


「いこう。……ついでに、あのクソ使い魔をしばこう。」


 そして、黒い革ひもに通された真鍮製の指輪を外気に触れさせ、両の手で握り締める。

 そうすれば、キラキラと輝く金色の指輪から、


 私は、かつて、魔法少女

 そう、『だった』。過去形だ。


 親友が死んだあと、私はしばらく魔法少女として活動した。

 今の四人の魔法少女たちにそれぞれモチーフがあるように、私と親友にも、モチーフがあった。

 いや、モチーフというと語弊があるか。


 親友の彼女は、純白のウェディングドレスのような恰好だった。

 私は、何か?


 指輪からあふれ出した黒いオーラが、私の体を包み込む。それだけで、私の体は変異した。


 新しい魔法少女たちなら数分はかかる変身だが、私の変身は短い。

 完全に変身できたかを確認するために、スマホをバックから取り出し、カメラモードにして自分の姿を確認する。


 少女というにはやや年を取りすぎた、大学生くらいの体躯。

 おばさんである私ではありえないほどの、肌のはり、つや、白さ。

 そして、ところどころレースで飾り付けられているだけの、質素な。ああ、そう。ドレスですらない。

 ここ数年私の顔に在住している目の隈は相変わらず存在し、汚れた現実と醜い戦いを見続けた私の瞳は、彼女たち魔法少女のそれではない。深く淀み、光はない。


「……。」


 魔法少女とは呼べないようなその恰好を確認した私は、スマホの電源を落として、バックの中にしまう。そして、バックを路地裏に隠してから、半分液体状のヴィランが暴れるそこへと向かう。


 魔法のステッキは、もうない。使い魔だっていないし、何なら、魔法の馬車なんてありえはしない。

 仲間ももういないし、


 だけれども、それでいい。

 超能力を使うのに、あんなごてごてとした装飾の付いた魔法のステッキなどいらない。魔法の馬車を使うよりも、タクシーを使ったほうが演出時間分早く目的地に着くうえ、何ならあのクソ使い魔は私を裏切った。


 そして、何よりも、自分よりも弱い仲間は、。持つつもりはない。


 公園の方に走り、途中で落ちていた木の棒を拾う。そして、小さく呪文を唱える。


「マジカルブラックの名において、命令する。【剣になれ】」


 昔はもっと可愛くて長い呪文を唱えていた。が、もうそれを唱えることはない。時間と精神の無駄遣いだからだ。

 魔法とは便利なものだ。私の命令通りに、ただの一メートル未満の木の枝はひと振りの剣と化した。


 デザインは、特にない。喪服なのだから墓石だとか十字架だとかをイメージすればいい気もするが、面倒なのだ。

 短い準備を終え、飾り気の一つないショートソードを右手に、私はヴィランの前に躍り出る。


「っ?! あなたは……?」


 唐突に表れた私に、ブルーは驚きが隠せないという表情でこちらを見る。その瞬間、私は叫んでいた。


「敵から目を逸らすな!」


 私の怒鳴り声に、ブルーは一瞬ビクッとすると、慌ててヴィランの方へと向き直る。急にどなったのは悪かったが、敵を目の前にしてこちらを見るなど、愚の骨頂だ。ほかの魔法少女たちも慌ててヴィランに向き直る。


 彼女たちでは勝てない。そう判断した私は、開いた左手を黒いヴィランの方へ向け、短く詠唱する。


「マジカルブラックの名において、命令する。【敵を穿て】」


 本職かつ正統な魔法少女である彼女たちに比べれば、いくらか弱い魔法。

 その黒色の魔法攻撃は、遠くで聞く花火のような小さな破裂音を上げてヴィランの首に直撃し、その酸性の黒い粘液があたりに飛び散る。

 半分液状のヴィランは、突然の乱入者に一瞬だけ動揺するが、この弱い攻撃をうけ、警戒すべき対象ではないと判断したらしい。残虐な笑みを浮かべ、私に向かって鋭い爪をゆっくりと振りかぶる。


 狙い通りだ。


 地面を思いっきり蹴り、右手のショートソードを両手で握り、そして、ふるう。剣を片手で悠々とふるえるのは、ヒーローか漫画のキャラクターだけだ。


 普通に剣をあてに行ったところで、ただ鉄を無駄遣いするだけだろう。なぜなら、奴の体は酸のような粘液で覆われているのだから。筋肉を傷つける前に刃が溶けて、それで終わりだ。


 だから、私は、魔法攻撃を最初に行った。

 剣の狙いは、あの黒い粘液の減った首。


 ザシュ


 剣先が弧を描く。

 肉が断たれ、醜い裂傷音が子供たちの遊んでいた公園に響く。

 一瞬の空白の後、私の勝利が確定した。


 下すべき先を見失った鉤爪は地面をえぐり、粘液に覆われていたその体が、公園の土の上に溶ける。このヴィランの首らしき部位からは、どす黒い体液がまるで水圧の足りていない噴水の如くどろどろと零れ落ちていた。


 いくらか奴の返り血(?)を浴びてしまった私は、両手で握っていた剣の魔法を解き、ただの木の棒に変える。そして、必要のなくなった木の棒を、後ろへ放り投げる。木の棒はへたくそな放物線を描いて公園の茂みの中に逃げ込んだ。

 左手でヴィランのどす黒い体液をぬぐい、ちらりと魔法少女の四人組に目を向ける。彼女たちは茫然とした表情でしばらくこちらを見た。


 唐突に、ピンクが口を開いた。


「……ど、どちら様ですか?」


 そう聞かれた私は、短く答える。


「マジカルブラック。あなたたちと同じく、ヴィラン退治を担っている。」


 『魔法少女』とは答えない。少女というべき年齢ではないうえに、とても信じてもらえる格好をしていないからだ。もう一度言うが、私の今の恰好は喪服だ。

 

 とりあえず、戦略的な意味で説教をしなくては。そう思って私が口を開こうとしたその時。


「逃げるフワ! そいつはヒト型のヴィランフワ!」


 バスケットボールくらいの大きさのピンク色の毛玉が、突如として大声を出し、私と彼女たちの間に浮かぶ。まるで、彼女たちをかばうように。

 私が思わず茫然としていると、その様子を見たピンク色の彼女が驚いたような声を出す。


「フワリィ?! だめだよ、一緒に逃げよう!」


 その声に賛成するように、赤色の魔法少女も口をはさむ。


「そうだよ! アタシたちだって戦える! こんな奴なんてぶっ飛ばしてやる!」


 私は、先手を打たれた、と思った。

 すでに構図は私対魔法少女四人(+毛玉)だ。こんな新人魔法少女に負けるつもりなど一切ないが、このままでは指導などしようがない。

 四人の純粋な魔法少女たちに背を向け、私だけに見えるように、あのピンク綿はにやりと笑う。


「……クソ毛玉……!」


 私は、思わず奥歯を噛みしめた。

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