お礼に➀




 日曜日、悉乃が川原に行くと、四三はすでにそこにいた。

「金栗さん!」

 呼びかけると、四三はなぜかひどく驚いたような表情を見せた。かと思うと「悉乃さん、来てくれたとね!」と顔を綻ばせた。まるで、来もしない人物を待っていたような調子である。それから、すぐに気まずそうな表情になった。そのめまぐるしさがなんだか可笑しくて、悉乃はくすりと口元を緩めつつ、四三の隣に腰を下ろした。

 四三はおそるおそる、といったように口を開いた。

「お友達とはどぎゃんなったと……?やっぱり仲直りできなくて、また”気分転換”に来たとね?」

「まあ、その逆ですわ。仲直りできましたのよ。金栗さんのおかげです。ありがとうございます!」

 悉乃は、事の顛末を話した。四三はうんうんと頷きながら、段々と表情を明るくさせてその話を聞いていた。

「ほーら、俺の言った通りたい。お友達だって、悉乃さんがそぎゃん極悪人じゃなかこつくらい、とっくにわかっとるんよ」

「ありがとうございます。私、もっと信じればよかったんですよね。でも、人を信じるっていうのがどうにも苦手で、勇気がなかったんです……」

 俯く悉乃に、四三は「そりゃあ仕方なかとよ」と声をかけた。

「悉乃さんの生い立ちだったら、誰だってそぎゃんなるたい。けど、そのお友達のことは信じたらよか。それに、俺のことも信じてよかよ」

「え……」

 戸惑うような悉乃を見て、四三は慌てたように「ああっ」と声を上げた。悉乃はクスリと笑った。

「不思議。金栗さんのことは、確かに信じられるって思います。まだ三回しか会ったことないのに」

「四回ですよ。最初に市電で会ったのを数に入れれば」

「ふふ、それもそうですね」

 それを言ったら、悉乃にとっては五回目だ。一方的ではあるが、最初に上野公園の近くを走り抜ける四三を見ているのだから。

 でも、そのことは言わないでおこう。

 悉乃は、四三のことをまじまじと見た。

 学校では居場所がないから、気分転換の話相手になって欲しい。自分がそう言ったから、こうして川原で会ってもらっている。だが、キヨと仲直りの報告をした今、もうここで四三に会う理由はない。

 ないのだが、なんとなく、後ろ髪を引かれる心地がした。

「金栗さん、何かお礼をさせてください」

 と言えば、少なくともあと一回は会う口実ができる。

「お礼なんてされる筋合いなかとね。もともとは、俺の方がお礼する立場だったんですよ?」

「それは、最初にここで会った時に帳消しですって申しましたでしょ?私がしたいのは、この前のお礼」

「うーん……」

 四三は眉間に皺を寄せて考えこんだ。

「それでは、考えておいてくださいね」

 悉乃はそう言うと、話題を変えて「今日は運動着なんですね」と四三の今日の服装に言及した。

「ああ、これですか。いや、悉乃さんが来なかったら、このまま走りに行こうと思ってたんです」

「どうして私が来ないなんて思ったんですか?」

「そりゃあ、もしお友達と仲直りしてたら、日曜だけん、芝居見物か何かにでも行くんかなあ、と思って」

「私がそんなに薄情だと思います?約束は守りますわ。ましてや、お礼も言わずにすっぽかすなんてこと、するはずありません」

「そ、そりゃあすまんかったばい……」

「金栗さんは、私のこと、どう思っていらっしゃるの?」

 悉乃は、自分で言ってしまってから、あっと小さく声を上げた。なんとなく、頬のあたりが熱い。

 四三も、困ったように口をぽかんと開けている。

「ええっと、だから、その、最初の時もそうですわ。私がお礼の催促に来たんじゃないか、とか。私がそんなに無礼な女だと思ってらっしゃるの?」

「そ、そんなわけなかです!悉乃さんは……優しい女子だと……思うとります」

 今度は、四三の頬に赤みが差した。悉乃は、ますます赤くなった。

「そう。それならよかったですわっ」悉乃は視線を逸らし、膝を抱えて手の上に顎を乗せた。

 なんとなく、気まずい沈黙が流れる。

「そうだわ。お礼になるかわかりませんけど、せっかくそんな恰好をしてるんです。走りましょう」

「え?悉乃さんが?」

「学校に、貸出用の自転車があるんですの。私がそれに乗れば、四三さんは、マラソンの練習ができますわ」

「そりゃあいい考えです!」

 四三は嬉しそうに微笑んだ。


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