最初で最後の

湖月もか

最初で最後の

「おはよう」


 耳が拾った男性の声に瞳を開けた。

 真っ先に視界が捉えたのは白い天井に、こちらを覗き込む大きなライト。

 あまりの眩しさに思わず視界を頭ごと左へと動かした。そこには様々な機械が並び、薬品が棚を埋めつくしている。病院の手術室を連想させる雰囲気の部屋だ。機械からは私の体へとあらゆるチューブが繋がっている。


 しかし、何処か白々しさを感じる空間でさながら私はモルモット・・・・・のようである。


 少し、眩しさに慣れた私は反対へと頭をずらした。そこには逆光で闇を纏ったかのように見える人物が一人佇み、こちらを伺っていた。


「おはよう。目が覚めたかい? 君の名前はみおだ」


 彼の表情などは見えないが、声は踊り出しそうな程に弾んでいる。が、少しだけ有無を言わせない雰囲気で、どうやらこれは私の返答を望まれているようだ。


「……おはよう、ごさいます。澪とは私の名前でしょうか」

「そうだよ。僕が君を創った。澪に逢いたいが為に」


 よかった、今度こそきっと成功した。そう彼は小さく呟く。殆ど無意識だったのだろう呟きだ。


「さて。君は起きたばかりで残念だけれど、まだ枠が出来ただけの段階だ。なに。直ぐにまた逢える。だから今はおやすみ」


 そう言って彼は私の電源を落とした。


 ***


「おはよう」

「おはようこざいます」

「先程は済まなかったね。あれからまだ二時間程しか経過していない。……これで全て滞りなく完了し、君は完成した」


 先程繋がっていたチューブは全て取り払われており、腕や足が自由になっている。完成したと彼は言ったので取り外したのだろう。


「では、腕をゆっくりと動かしてご覧」


 言われるがままに右腕と左腕を持ち上げる。


「そう。上手だね。……では、今度は指を握ったり開いたりしてみてくれるかい」


 グー、パー、と交互に繰り返す。右手と左手最初は同じように。暫くして動作に慣れ、今度は左右バラバラにグー、パーと繰り返す。


「上手だね。そう、その調子。……どこか違和感とかは?」

「いえ、特にはないです。スムーズです」

「よかった。腕は大丈夫そうだ。では、次はその腕で上半身をゆっくりと起こしてご覧。そのあとはこちらに体を向けて足を降ろしてみて」


 言われた通りに、上半身を浮かせ、寝台のような手術台のようなそこから足を降ろした。

 気付かなかったが前回よりも台が下がっているのだろう。足の裏にヒヤリとした感触が伝わる。


 そうか、これが床か。


「そうそう。足は違和感ないかい?」

「はい。強いて言えば足の裏が冷たいです」

「ああ、それは悪かった。ほらスリッパを履くといい」


 ビニール製のスリッパだ。

 少しだけ大きいがこれでダイレクトには冷たさを感じなくなった。


「よし、立って少し歩いてみよう」


 ほら。と出された彼の手に掴まりゆっくりと腰を浮かせる。


「では、手を離すからすぐそこの扉まで歩いてみてくれ」


 そっと離された手に一抹の不安を感じるが、ほんの数メートルだけ先にある部屋の扉へと歩みを進める。

 一歩また一歩と進み、転ぶ事も、躓くことも無く扉へと到達した。


「身体の方は大丈夫そうだ」


 戻っておいでと手招きする彼の元へ、たどたどしくも確実な足取りで向かう。


「君が座る分の椅子はないので、またココに座ってくれるかい? 次は質疑応答だ」


 そう言って彼はキャスター付きの椅子を持ってきて、台に座った私の目の前へと座った。


「では、第一問。君の名前は?」

「澪です。先程貴方が教えてくださいました」


 嬉々としていた表情が少しだけ暗くなった。何か応答を謝ったようだ。


「……そうか、では第二問--」



 そうして次々と出される質問に私は出来うる限り、答えていった。もちろん答えられないものも多く、『解りません』と答える他なかった。


「第十問。……僕の名前は? なら答えられるはずだ」

「貴方の名前を教えて貰った記録はないのでお答え出来かねます」


 サッと表情が変わった。

 形相が鬼……いや、魔王のように憤怒をその瞳に宿して私を睨みつけている。今にも角か牙が生えてきそうな雰囲気である。


「何故だ何故失敗したどこで失敗したいや私はは正しいはずだの記憶はきちんと入れたはずだ何が駄目だったんだ何故こいつも適合しないのか何故澪になり得ないのか」


 呪詛のようにブツブツと早口で喋る。こちらを見ているようで見ていない。私を通して別の誰かを見ている。


 その光景を見てストンと腑に落ちるものがあった。彼は起きて直ぐに私の名前を澪だと言ったが、それ以降私を一切澪とは呼んでいない。


 --彼が求めるものは私ではない・・・・・・・・・・・・・のだ。


 ギリリと奥歯を噛み締め、彼がやっとを見た。


「お前も失敗作だ。お前は私の澪ではない」


 それは彼が創った私にとって死刑宣告で。そのまま私はブツンと電源を落とされた。


 *****


 ガシャンと廃棄場所に積み上がった鉄くず。先程まで動いていた彼女も新たにそこへ積み上がる。


「何故だ! 何故こんなにも恋い焦がれているのに君に逢えないんだ! 澪、澪。私の澪。君は今何処にいる」


 そうやって電源を落とし、バラバラに解体した紛い物達を前に彼は叫ぶ。

 空から落ちた一粒の雫が、紛い物の閉じられた瞳の縁へと零れる。ソレは機械で出来た彼女の頬に一筋の跡を遺して、土に沈んで逝った。

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最初で最後の 湖月もか @mokakoduki

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