8-2 仙崎誠、こちら実況室。現場の状況は?


 〇


 かくして、

 ほどなくしてXデイはやってきた。


 姉妹全員に吹聴して回るのも、志津香にからかわれたりなんかしたらかわいそうなので、最低限、彩音だけには伝えておいて、当日の晶子のコーディネートを任せた。

 嬉しそうにニコニコしながら、あれやこれやと晶子を着せ替え人形にする様を横目に、俺はリビングに「とある機材」をセッティングしていた。


「晶子、これ」

「あ、ありが、と」


 着替えが済み、すっかりいつもと雰囲気の変わった晶子に、今回のキモとも言うべきアイテムを手渡してやる。

 ついでに、まるでいまから戦場にでも行くのかというくらいに体を強ばらせている晶子の乳首をつねって緊張をほぐしてやる。


 ……彩音から、服が痛むと鬼のような形相で怒られた。


 ともかく、晶子を送り出し、そして大野さんとプライベートで遊びに行くという彩音も見送り、家には俺ひとり。


「さて」


 双葉、佳純、志津香には小遣いを握らせて、朝から遊びに出掛けさせた。夕食代も出してやったので、帰ってくるのは遅くなることだろう。

 なにゆえ、こんな人払いじみたマネまでしたのか。その理由は――


「もしもし? こっちの準備は大丈夫です。ええ、はい、晶子ももう出ました――」


 …………

 ……


『もしもし? 聞こえる?』

「感度良好。周囲の騒音がうるさいくらいだ」


 ヘッドセットから聞こえてくる声は、晶子のもの。


『いま、駅を出たところだから。待ち合わせ場所も、ここ』

「男は?」

『まだ』


 そして口元のマイクに語り掛けることで、俺の声もまた晶子へと届いている。

 つまり、これは、


『それにしても、よくこんなものを用意できた』

「借り物だからな。間違っても、ピンマイクとかなくすんじゃないぞ」


 よくテレビ番組なんかでやっているアレである。晶子の胸元には高性能ピンマイク、耳には無線イヤホン。どちらも彩音のコーディネートにより、一見して服装の一部に見えるように偽装済み。


 あまりにも不安がる晶子を慮って、力を貸してやろうと考えた結果、このような形に落ち着いた。

 二十歳を超えた男女のアレコレに、兄貴がでしゃばるなんて考えるだけでもおぞましいことだが、可愛い妹の頼みということでもあるから、リアルタイムで臨機応変にアドバイスくらいはくれてやろう、ということだ。


「まったく、デートのひとつやふたつで、いちいち情けないやつだ」

『双葉の時は……だったくせに』

「すまん。聞き取れなかった。ちょっとこっちのボリュームを上げてみる」

『なんでもない!』


 つまみを捻った瞬間、割れんばかりの晶子の怒声が耳をつんざいてのけぞった。なんなんだよ、いったい。


「何時に待ち合わせなんだ?」

『十四時。だから、私が早く来すぎた』


 時計を見れば十三時三十分。晶子がここを出たのは十三時ちょうど。確かに、落ち合うにはすこし早すぎる。


「いいや。女を待たせる男など、なっていない。これは減点1とするべきだな」


 俺の代わりに、晶子へ応答する声。その主は、


『い、今の声って!?』

「あんまりにも不甲斐ない我が愚昧を思いやって、スペシャルゲストをお呼びした次第だ。俺もお前もよく知る人――」


 女傑尾藤アンジェラ。かつて俺が師事していた人物であり、現在晶子がその門下に籍を置く人物。

 兄妹揃ってお世話になりっぱなしの彼女に、どうせ莫大な恩があるのだからついでにもうひとつくらい相談に乗ってもらってもいいだろう、くらいの軽い気持ちで、今回の件を話したところ、


「なるほど。それならば私に妙案がある」


 と、頼りがいのあるお言葉を頂戴し、

 いまに至る訳だ。


 ヘッドセットにピンマイク、ほかの機材もすべて尾藤教授の持ち出しである。


「誠くんから大変面白い話を――失礼。晶子くんが困っているという話を聞いたよ。我が研究の輩が窮地にあるというのなら、手を差し伸べるのが先人としての義務だ。君や誠くんよりかは幾分か人生というものに揉まれ攫われしてきた訳であるから、大船に乗ったつもりでいるといい」


 と、やはり頼もしくも胸を張る尾藤教授の笑みは、邪悪といっても差し支えないほどで、声音など嬉々としている。


 俺が研究室にいた時からそうだったが、尾藤教授は、そのふだんの振舞いとは裏腹に、ゴシップが大好きだ。門下の生徒の場合は特に。

 しかも驚くべき地獄耳をお持ちで、どこからともなく聞きつけてきては首を突っ込みたがる性分で、当時から振り回されていた連中は少なくなかった。


 ちなみに、俺の場合は、食事会の席でいちど、


「誠くんは、どうにもそのテの噂を聞かない。面白くない。どうだね、斎藤くんのガールフレンドでも寝取ってみては」


 などとこぼされた。ちなみに斎藤とは、同じ研究室のひとつ年上の先輩で、その彼女もまた同じ研究室所属だ。そんなことをすれば、どうなるかは火を見るよりも明らかである。


『……き、来た』


 なんてことを思い出している内に、ついに時は来たり。晶子の唾を飲む音が聞こえる。


「ふむ。では、我々も全力で晶子くんをサポートすることにしよう。ああ、その前に誠くん、コーヒーがなくなった。おかわりを淹れてきてくれ給え」


 そういう訳で、これから数時間、晶子の珍道中を、実況・仙崎誠、解説・尾藤アンジェラでお送りしたいと思う。乞うご期待。

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