7-2 仙崎誠、この年になると結婚式が多くなって、色々物思いにふける


 〇


「きゃー! 彩音久しぶり!! めっちゃ雰囲気変わってるじゃん!」

「『ひ、久しぶりぃ。ま、まぁ、ね』」


 仙崎誠、27歳。職業、高校教師。性別、男。


「わっ、ほんとに仙崎さん?」

「『ソ、ソウダヨー』」


 六人兄妹の長男。趣味は銭湯巡り。性別、男。


「仙崎さん、仕事はなにしてるの? あ、それとも、もう結婚しちゃった?」

「『し、仕事は、モデルを少々……』」


 身長186㎝。体重78㎏。性別、男。


「えー!? あの仙崎さんがモデル!!?? 信じらんなーい!」

「『あ、はははは……』」


 そんな俺は、いま女装をしている。

 厳密には、我が愚妹、仙崎彩音の恰好をしている。

 否、させられている。


「彩音、なんか声も変わった?」

「『や、やー、昨日うっかりタバスコ飲んじゃって……』」


 それもこれも彩音が悪い。そしてそれに追従する妹たちも悪い。

 事の発端は、こうだ。


 …………

 ……


「あーーーーーーー!!!!どーしよ!やっちゃった!!!!」


 甲高い叫び声で、俺の休日の惰眠は遮られた。

 昨夜は、次の日が休みだということで、深めに酒を入れてしまったせいで、すこしまだ頭が重たいが、すぐ隣でそんな声を出されてしまっては、目も覚めようというもの。


「……朝からうるさいな。どうしたんだよ」


 体を起こして声の主を確認すると、頭を抱える彩音。いまだスラックスで寝巻き姿のまま。


「予定、ダブルブッキングしちゃったぁ!」

「アホか。何年社会人やってんだよ」

「今日、仕事入れてたんだけど、友達の結婚式の予定入れてたの、すっかり忘れちゃってたの!」

「お前、友達いたのか」

「ひとりやふたりくらいいるわよ!」


 なおさらアホらしい。プレイべートと仕事のダブルブッキングなんて、社会人として言語道断。さっさとその貴重な友達に頭を下げるなり、ぶっちするなりして、家を出ていくがよい。俺は二度寝する。


「どーしよ!どーしよ!! 助けて、マコえもん」

「ぶん殴んぞお前。どうにもできるか。どうにかしたいなら分身でもしろ」

「誠のいけずぅ! バカ! アホ! ドケチ! 一生恨んでやる!!」

「知るかぼんくら。恨むなら自分のスケジューリング能力を恨め」

「ああああ……もうひとり私がいてくれたらいいのに。せめて、影武者でも……」


 そこまで言ったところで、彩音は押し黙った。ついに腹を括ったかと、寝転んだ姿勢のまま目を開けると、


「影武者……」


 目と鼻の先に彩音の顔。じーっと俺を見詰めている。


「おい」

「子供のころは、そっくりだって、よく言われてたわよね」

「バカ」

「誠も、女みたいな顔してるって馬鹿にされてたもんね」

「やめろ」

「佳純、確保!」


 とっさにソファからエスケープを図ろうとするが、それよりも速く、そして強く、体を拘束される。精一杯もがいてみるが、体勢が体勢なもんだから、ただでさえゴリラみたいな佳純にかなうべくもない。


「落ち着け彩音。話せば分かる」

「双葉ちゃん!わたしのポーチ持ってきて!! それから晶子ちゃん、ガムテープ!!!」


 ふだんは協力なんてしないはずの姉妹たちが、こんな時ばかりは面白がって力を合わせやがる。


「念願の女装。もっと喜んだら?」


 ガムテープで手足をぐるぐる巻きにしながら、晶子がせせら笑う。手足が自由になったら、真っ先にこいつをぶん殴ってやる。


「……誠、肌綺麗ね。なんかむかつく」

「そうなんです! ずるいですよね!」

「いくら肌が綺麗で顔が似てたって無理だって! 俺は男でお前は女!」


 抗議の弁は何事もないように受け流される。テキパキと彩音の手が動き、顔中になにかが塗られていく感触。


「しかも化粧のノリも良いし。結構不規則な生活してるくせに」

「寝不足はやっぱり肌に悪い?」

「そうねぇ。あと、晶子ちゃんの場合はお菓子食べすぎ。特にチョコレート。もうちょっと控えた方がいいわよ」

「参考にする……」

「それにほら! 仮に顔を似せられたって、俺身長高いし!」


 目元、頬、眉。細かい筆先がくすぐったい。


「うーん。やっぱり輪郭はちょっと男っぽいかなぁ。陰影で誤魔化すにも限度があるし。志津香ちゃん、あれとって」

「ん? これ?」


 それ鬼ヤスリ!


「あとはウィッグを着けてドレスを合わせれば完成ね。どう、まずまずの出来栄えじゃない?」

「すげぇな。ここまでなるもんなのか。さすが姉ちゃん」

「お前ら……いい加減にしないと、さすがの俺も――」

「佳純、黙らせて」


 そこで、俺の意識は途絶えた。

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