仙崎彩音の場合2
7-1 仙崎誠、むかし女装山脈という作品があったことをふと思い出した
〇
それは、何気ない夕食の時のこと。
今日の晩御飯は双葉謹製肉じゃが。それを、俺は貪るように食べている。
我が家の料理番はやはり双葉に間違いないが、実際のところの料理の腕は、俺だって引けを取っていないと思っている。
が、こと肉じゃがに関してはまったくの別で、双葉の肉じゃがは、本当にほっぺたが落ちそうなくらい美味い。いちど、双葉に後ろについてもらって、同じ材料、同じ工程で作ってみたが、再現出来なかった。
おそらく、微妙な火加減や調味料の具合だとは思うのだが、それが分からない。
「そういえば誠さん」
食器を布巾で拭っていた双葉が手を停めて声をかけてくるもんだから、俺も箸を休めて顔を上げる。
「誠さんって、ものすごくお肌綺麗ですよね?」
「……そうかぁ?」
「そうですよ!」
自分では気にしたこともなかったが、身を乗り出してまで熱弁する双葉の様子を見るに、どうやらそうらしい。
「なにか、ケアとかされてるんですか?」
「まぁ、風呂上がりに化粧水を付けてるくらいかなぁ」
彩音も使っている化粧水で、すこし顔を湿らせているくらい。現役モデルが使うくらいだから、上等物に違いはないだろうが、それくらいのものだ。彩音のようにとっかえひっかえ顔パックを使ってみたり、そういったことは、面倒だし特にしていない。
「それでそんなに綺麗なんですか!?」
もはや抗議のような口調で叫ぶ双葉。男の俺からすれば宝の持ち腐れでしかないが、やはり年頃の乙女である双葉からすれば、羨ましいものらしい。
「そもそも誠さんって、中性的な顔立ちですから、余計に際立っているといいますか……」
女顔の自覚はある。小さい時はそれが原因でからかわれたりもしたもんだ。いまでこそもうなくなったが、彩音と隣に並ぶと、本当によく似ていると親戚たちから言われたこともあった。
「ふふん。だったら、こんど女装でもしてみるか」
「キモい。死ね」
ソファで寝転がって姿を隠している晶子から、罵詈雑言が飛んでくる。
「なんだったら、晶子と女装勝負でもしてみるか」
「私は女。勝負にならない。目噛んで死ね」
なんて嘯く晶子の今日の格好は研究室スタイル。擦り切れたジーンズと伸びきったシャツ。頭はひっつめ髪に結い上げ、むろんのこと、化粧もしていない。
挙句の果てに、背伸びしてソファに寝転ぶ晶子の姿を確認すれば、腹を出しながら論文に目を通している始末。女らしさの欠片もありゃしない。
なんて、ことを口にすれば、いよいよ晶子が武力行使に出かねないので、お口にチャック・ノリス。
「右か左かで言えば、右って感じですよね」
「右?」
「左?」
「いや、その、なんでもないですよ?」
突然双葉が訳の分からぬことを言い出すから問いただしてみるも、食器拭きを再開して、聞く耳持たず。
「しかしまぁ、俺が女装しようにも背格好があれだからな。できるもんならしてみたいもんだよ」
「あはは。誠さん、本当に気持ち悪いですね」
「辛辣すぎない!?」
なんて馬鹿話を、うっかり口にしてしまった俺が悪かったのか、あるいは運が悪かったのか。いや、誰が悪いかなんていうのは、もはや言うまでもない話ではあるのだが。
口は災いの元と俗にいうが、だからといって、この仕打ちにはあまりにもむごすぎではありますまいかしら。
――まさか、あんなことになろうとは。
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