5-3 仙崎誠、家族団らんの夢
〇
ご褒美として志津香がなにを要求するのか、内心戦々恐々としていたが、翌日に彼女が俺に提案した内容は、至極まともなものだった。
家族全員でケーキバイキングに行きたい。そんな素朴な要求。
志津香のことだからなにか裏があるのかとも勘繰ったが、前回は佳純が不参加だったから、と付け加えられれば、目頭の熱くなる思いですらあった。
佳純の改心や彩音の一件、晶子の院進や双葉の交際発覚など、様々な事件を経て、以前に比べて仙崎家の絆は深まっている。だからきっと、当日はさぞ仲睦まじげな光景が目の前に広がることだろう、そう夢見ていた。
「てめぇ、それウチんだ。自分で好きなの取ってくればいいじゃねぇか」
「おいおいすみねー、冗談はよし子ちゃんだぜ。小学生だって、自分の持ち物には名前を書くもんだぜ? どこにすみねーの名前があるってのさ」
「もう、みっともない喧嘩しないでよ。ほら佳純、あたしのあげるから」
「ケーキも、意外と悪くない」
「お姉ちゃん最近甘いものばっかり食べてるけど、太るよ……?」
……が、現実はそんな穏やかなものじゃない。目の前に広がるのは、どんちゃん騒ぎというのも控えめな、戦争のような光景だ。
「ありがと、彩音姉ちゃん」
二年生へと進級した佳純は、なんとか学校でうまくいっているらしい。半年間非行に走っていたせいでクラス替え当初は周囲から恐れられていたが、学校行事なんかにも真面目に取り組む内に、次第に友達も増えていったようだ。なんでも、学校一のおしゃれさんで通っているらしい。
「他人の恩情に頼っているようじゃ、すみねーもまだまだよのう」
「んだと、てめ」
その粗暴な言葉遣いは治っていないけれど。
「あたし、こんどテレビ出ることになったの。前は一回流れちゃったんだけど、こんどはちゃんとできたらいいな」
彩音とはいまでもたまに飲みに行くが、無茶をすることはなくなった。それでも時々、二日酔いの頭を抱えながら原田さんのモーニングコールで叩き起こされるところを目撃する。
「深夜番組?」
「そうそう。ほら、晶子ちゃんも時々見てる番組」
ちなみに月の収入は完全に上回られた。兄ながら情けない。
「多少脂肪分がないと、大きくならないと聞いた」
晶子はいまはまだ研究室の見習い同然ではあるものの、毎日楽しそうにやっているようだ。もう二度と酒なんて飲まないと言っていたが、夜遅くに帰ってきて赤ら顔をしてソファに飛び込むこともある。
「ふふん、しょーねーにはもう勝ったも同然だからんな。目指すは、打倒あやねー!」
「私だって、いまに大きく……」
なお、風呂上がりに自分の体を鏡で見詰めている姿をよく目撃する。
「そういえば佳純ちゃん、最近翔くんとよくお話ししてるよね。なに話してるの?」
双葉と田内翔との仲は依然として続いている。やつのことを認めたくはないが、家に来るたびに、恭しい態度を示されるとそう邪険にすることもできない。
「べ、別に双葉が勘繰るようなことはないって」
「ふーん。そうなんだ」
ところで、人間ってほんとに瞬間移動するんだな。
五人の妹たちを眺めながら、カットケーキを口の中へ放り込む。うまい。甘いものを食べるとき、とある感情が励起されると聞くが、あながち嘘でもないらしい。
なぜなら、俺はいまこんなにも幸せなのだから。
半年前にもまして、毎日毎日騒がしいことこの上ないが、決して不快ではなく、いわんや悩みの種であろうはずもない。
しかしむろん、いまの幸福は俺ひとりの力でなしえたものではない。彩音が、晶子が、双葉が、佳純が、志津香が、それぞれが苦しみ、互いに手を取り合った成果に違いない。
ケーキの味に舌鼓を打ちながら、そしてコーヒーをすすり、ほっと一息――
「誠!」「誠兄さん」「誠さん!」「誠」「誠にーちゃん!」
「おわっ! なんだなんだ、どうした!」
「あんたがぼーっとしてるからでしょ」
「変な顔」
「お疲れですか?」
「またロクでもねぇこと考えてんじゃねぇのか」
「いまのうちに顔に落書きしてやろーっと」
騒々しくて、不揃いで、自分勝手で、馬鹿ばっかりで、
それでも最後は、みんなで笑っている。
それが、我らが仙崎家だ。
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