4-9 仙崎誠、ワンオーワン勝負②
〇
「さて……」
久しぶりに料理の腕を振るって、鉄鍋も振るって、一戦目から体力を消耗してしまったが、上々の成果といえよう。一戦目に白星を上げられれば、精神的に相手を追い込むこともできる。
「ここで、田内氏も調理を終えたようです。いったい、どのような料理が出てくるのでしょうか」
実況のテンションも心なしか低い。これはもらった。
「お待たせしました。『真鯛のロティ シラスと干し海老で作ったアンショワイヤードソースとの出会い フレッシュハーブのブーケで飾り立てて』です」
「――ちょっと待てぇい! なんだその結婚式でしか聞かないような料理名は!」
田内の皿は、鯛の切り身をローストしたものに何かしらのソースをかけた料理。鯛の白さと炙った皮の色合い、そこにソースまでもがグラデーションを演出し、添えたハーブが小粋なコントラストとなっていて、見目麗しい一品であった。
「仙崎氏とはうってかわって、非常に上品! ソースの香りも非常に芳醇で、わたくし、涎が止まりません!」
「待て待て。食材はこの学校の中にあるものだけだって初めに言ってたよな? 鯛なんて、学校の中で手に入る訳ないだろ」
確かに見るだに美味そうな出来の一皿に違いはないが、ルール無用の大立ち回りではなかったはずだ。鯛はもちろんのこと、アンショワイヤードソースの元となる食材には、白ワインやバジルも含まれている。それを校内で調達できようはずもない。
「いや、確かに僕はこの学校で手に入れました。それは、あの子たちが証明してくれます」
そう言って、田内が指し示したのは三人の女生徒。
「私、家が鯛の養殖業をしていて、今日は良いのが獲れたから、田内先輩にプレゼントしようと思って持ってきてたんですっ」
「私も、家が酒屋をしてて、三年前のモンラッシェが入ったので……」
「学校でバジル菜園をしてて……」
そんな訳あるか! どこの世界に鯛を抱えて登校してくる女子校生がいるというのだ。
「いやぁ、さすがの田内氏の人望と言わざるを得ませんねぇ。これは、彼女として双葉さんも鼻が高い」
「もぅ……恥ずかしい……」
さっきと同じ発言だが、心なしか意味が違うような気がする。
「おいしぃ……。誠兄さんの料理なんて、豚の餌」
「マジでうめぇな、これ。誠、これ家で作れねーのか?」
「審査員の反応も上々です。これは勝負は決まったようなものかー!?」
これがこの学校の日常なのか? 魚を担いで登校する女子を、この学校は容認しているのか?
「さて、判定が出ました! 晶子さん、青。佳純さん、赤。双葉さん、青!」
「豚の餌とじゃ勝負にならない」
「ウチは誠の炒飯結構好きだけどな」
「もぅ……恥ずかしい……」
その発言には、明らかな悪意が込められていると、お兄ちゃんは思うな。
「一本目、勝者田内翔! 続きまして――」
二本目、じゃんけん対決。勝ち。
三本目、お絵かき勝負。負け。
四本目、そろばん対決。五本目、おしゃれ対決。六本目、ハンドボール対決。……
四十八本目、ゲーム対決。
「そこだっ! インド人を右に!!」
「決まったぁ! 田内選手操るザンギュラの、スーパーウリアッ上だぁ! さらにダメージは加速する!!」
「こいつら何語喋ってんだよ……」
六十七本目、甘い言葉対決。
「”好きだ 気がおかしくなるほど惚れてる 俺が欲しいのはおまえだけだ”」
「顔が無理、顔が無理。お願いだから死んで」
「オ゛ロロロロロロロッ!!!」
「いま殴りたいと思った人、正直を手を挙げてくださいね。先着5000名まで受け付けます」
「俺の妹たち辛らつ過ぎない!?」
時刻は既に夕方午後五時半。本来ならば授業はとうに終わり、多くの生徒が部活に汗を流すなり帰宅するなりと、めいめいの活動に勤しんでいるはずの放課後、しかし、いまここには学校中の生徒が勢ぞろいしていた。
「いよいよ最終戦、百一本目! ここまでなんと、50:50と両者とも一歩も譲りません!! 正直、わたくしもここまでの熱戦が繰り広げられることになるとは、思いもよりませんでした!」
実況が声高に叫ぶ通り、俺と田内の勝負はここまで完全に五分。まさに伯仲していた。田内を認める訳ではないが、なかなかどうして、大したやつだと言わざるを得ないだろう。
「良い勝負してるように見えるけど、誠が勝ったのって、あっちむいてほいとか、指スマとか……そういうしょーもないやつばっかだよな」
「悪運だけは無駄に強い」
「そこ! うるさいぞ!」
誰がなんというが勝ちは勝ちだ。ルールに則る以上、それは揺るがない。そしてこの最後の勝負でも勝ちを収めれば、見事田内を双葉から引き離すことができる。
「では、運命の最終戦……その勝負内容は――」
実況が声を潜めながら、これまでの対決内容を抽選してきた箱の中に手を突っ込む。多種多様、バラエティに富んだ競技内容を吐き出してきたその箱も、これでいよいよ見納めかと思うと、すこし名残惜しくもある。
「ジャカジャカジャカジャカ……ジャン! ストリートサッカー対決だ――――!!」
声高にそう叫んだとたん、会場が妙な空気に包まれる。弛緩している、とでもいうか、あるいは倦厭しているとでもいうのか、そして続いて聞こえるひそひそ話し声。
「これは仙崎選手、なんという不運! いままで田内選手と互角の戦いを繰り広げてきていましたが、年貢の納め時となってしまうのか!」
あたかも俺の敗北が決定しているかのような物言いに、思わずむっと眉をしかめるが、そういえば田内はこの学校のサッカー部のキャプテンであるらしいとか、佳純が言っていたのを思い出す。
つと冷や汗が首筋を伝う。田内が実際どの程度の実力の持ち主かは知らないが、高校のサッカー部のキャプテンを務めるとなれば、ずぶの素人では相手にならないのは言うまでもない。
それゆえの観客たちの盛り下がりであり、当人である田内さえも、俺に対して憐れむような視線をくれている。
「さすがの誠兄さんでも、こればっかりは……」
「双葉、帰って喫茶店行こう。ここに来る前に良さそうなところを見つけたから。……あんたも来る?」
「ついでみたいにウチを誘うなよ……。ま、行くけどさ」
妹たちでさえも、もはや敗色濃厚というようなムード。
この学校の常識に当てはめるならば、俺の惨敗はもはや決定事項なのだろう。授業時間を潰して茶番を繰り広げるように、一般の女生徒が鯛を抱えて登校するように、当たり前のことなのだろう。
「お兄様――」
「黙れ」
田内の声を一喝し、実況にボールを寄越すように催促する。どこからともなく、てんてんとサッカーボールが飛んできて、田内の足元に転がりつく。
ストリートサッカーの1on1においての勝敗は、ゴミ箱やドラム缶などをゴールに見立て、シュートが決まった時、とするのが通例だ。しかしここはグラウンドのど真ん中。実況開設席と観客席はあれども、それにふさわしいものはない。となれば、どちらかが負けを認めた瞬間に、その宣言で以て勝敗とするのが妥当だろう。
となれば、先に攻め手を得た方が有利なのは明らかだろう。ドリブルで目の前の相手を抜くのと、それを防ぎ、その上でボールを奪取するのとでは、前者の方に分がある。
再び、田内と目が合う。その瞳に憐れみの色は消えておらず、しかも、あろうことか足元のサッカーボールをふわりと蹴り出した。
ハンデ、とでも言うつもりだろうか。自分よりも十歳近い若造にハンディキャップを与えられるなど、なんたる屈辱! が、俺はそれを蹴り返すこともせず、インサイドでトラップし、お返しとばかりに目の前の男にガンをくれてやる。もらえるものものは、借金以外はもらっておくのが俺の主義だ。
「……では、一〇一本目、ストリートサッカー対決、始めてください!」
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