4-8 仙崎誠、ワンオーワン勝負①
〇
「どうしてこうなった」
俺は食堂で田内翔に双葉の破局を迫った。ほとんど言いがかりのような要因を並べ上げて、他生徒たちからの評判を下げ、やつの学校における社会的地位を下げようとまで画策した。
そのはずなのに、
気が付けば、場所は食堂から家庭科室に移って、おびただしい数の生徒たちが集まり、教職員らの見守る中、俺と田内は向かい合っていた。
「お兄様、僕は負けませんから」
田内が話すたびに外から声援が飛び、
「お、おう」
俺が喋るたびに野次が飛ぶ。
なんだこれは?
目の前にあるのは調理道具一式。圧力鍋まで取り揃えられていて、なんだったらこのまま家に持って帰りたいくらいだ。
「さあいよいよ始まります。三年二組、仙崎双葉さんを賭けた、熾烈なる男と男の果し合い。実況はわたくし――」
なんか始まっちゃったよ。流されるままここまで来たが、流れ着く先がさっぱり分からない。
「では選手紹介です。向かって右手、青コーナーに立つは仙崎誠選手! 仙崎双葉さんの兄であり、現職の高校教師! 高身長で顔も良し、これは女子からの応援が期待できそうですねぇ。そして左手、赤コーナーで対峙するは、我らがプリンス、田内翔選手! ああっ、いつ見てもカッコいい!」
俺が挑戦者みたいな扱いを受けているのも納得がいかない。
「ていうか、いま授業中だよね?」
もっともらしい疑問をぶつけてみる。俺が田内に因縁を吹っ掛けたのは昼休み。それから教師が現れてすぐにチャイムがなったから、いまは本来なら五限目の授業時間のはずである。
「私が許可しました。田内くんの頼みとあれば、仕方ありません」
わあ校長先生まで出張ってきちゃったよ。仕事しろ、公務員。
「そういうことですから、心配はご無用です。良い勝負をしましょう」
実は田内って、この学校の影の権力者だったりしない? 脅迫手帳作って、いろんな人を裏で操ってるとか。
「一〇一番勝負、一本目は『お料理対決』です! 調理器具はこの家庭科室にあるものならばすべて使用OK。そして食材は、この『学校内』にあるものならばすべて使用可能。もちろん、食堂のおばちゃんから譲ってもらっても問題ありません!」
この無茶苦茶な茶番を一〇一回もやるのか。本当にここは教育機関か? そういうのはラブコメの中だけの出来事ではなかったのか?
「解説の晶子さん、まずはこの勝負、どう見ますか?」
「そうですね。誠兄さんには包丁で指を切り落としてもらいたいところです」
「なるほど、バイオレンスですね。佳純さんはいかがでしょうか」
「なんでウチまで巻き込まれてんだよ……」
家庭科室の中、特設された長机には、双葉と実況の女の子のほか、いつの間にやら晶子と佳純も収まっていて、晶子に至っては訳知り顔で、さも当然かのように振舞っている。
「双葉さんからは、なにかありますでしょうか?」
「もぅ……恥ずかしい……」
双葉は顔を覆っていますぐにでもこの場から逃げ出したい様子。それがふつうの反応だ。
「ではさっそく参りましょう。一本目、お料理勝負、始めてください!」
実況が手を振り下ろして合図する。その瞬間――
俺は走り出した。
逃げ出すためではない。
それは、食堂へ向かうため。
茶番といえど、無茶苦茶といえど、だとしても勝負は勝負。
仙崎誠ともあろう者が、勝負を前にして逃げ出したとなれば、その名が廃る!
時間制限は特に設けられていなかったようだが、料理勝負であれば先手を取った者が有利に決まっている。なぜなら、陳腐な言い回しではあるが、やはり空腹が最大の調味料に違いないからだ。腹が減っていれば、もやしを塩コショウで炒めたものでも旨く感じる。
それに、審査員があの長机に座っている連中ならば、晶子や双葉は昼休みのごたごたでろくずっぽ食事にありつけていない。そんなチャンスを見逃すような俺ではない。
食堂の調理室に急行すると、おばちゃんたちに事情を説明し、米と鶏肉といったメインの食材、数種類の野菜に加え、薬味を少々借り受ける。すぐさまに家庭科室に戻って、調理に取り掛かる。
「ところで晶子さん、誠さんはお家ではお料理をされる方なんですか?」
「いつも双葉が作ってる。酒のアテさえ、双葉に作らせてる」
「おっと、仙崎氏はどうやら家では双葉さんを奴隷のようにこき使っている様子! これには観戦の生徒たちも戸惑いの色を隠せない!!」
「やかましいわ!」
鶏肉の下味をこしらえながら野次に応える。続いてチューブ生姜やニンニクを混ぜ合わせて香味ソースを作る。
「ウチ、いっかい誠の飯食べたけど、わりと美味かった気がする。手抜きだったけど」
「これは白熱した戦いが期待できそうです! さて仙崎氏がここで取り出したのは……なんと冷凍ご飯だ! まさかここでも手抜き料理を披露するつもりかぁ!?」
ふっ、もの知らずな実況がなにか喚いているようだが、俺の調理の手は止まらない。ラップに包んだ白米を温めている間に、学校の家庭科室には不似合いな鉄鍋を、これまた明らかに学校には過分な、プロパンガスを使うコンロで赤くなるまで熱する。
「これは……中華料理の王道、炒飯だ――――!!」
双葉が来るまでの間、いったい誰が仙崎家の家事を切り盛りしていたと心得る! 双葉に家事を任せっきりの無能男だと思われるのは甚だ心外である! いまぞ見ておけ妹たち、この兄の雄姿を。
「ごま油の香ばしさがたまりません!」
「ウチも、お昼食べたのにお腹空いてきた……」
さらに五感で食欲を刺激する。見てよし、聞いてよし、嗅いでよし、噛んでよし、そして食べてよし。中華料理ほど、勝負向きの料理もほかにない。
なにより、俺は大学四年間の間、本格派の中華料理屋でアルバイトを続けてきた。鍋の振り方には一家言ある。
「鍋を温めている間に、鶏肉の作業にも取り掛かるようです! 中華で鶏肉といえば、唐揚げが一番初めに思い浮かびますが……」
確かに、唐揚げもうまい。が、味の変化を作り出すために一工夫を加える。そのための香味ソースだ。
「油淋鶏だ――――!! 油に移ったネギの香りを想像すると、わたくし、いまから涎が止まりません!」
ちなみに、本来の油淋鶏は鶏を丸々一匹使用するものだ。そこに油が全体に行きわたるように回しかけながら、ほかの食材の香りを移すのだ。本場では骨付きで衣を付けないものも多いが、今回は審査員たちの舌にも馴染みのあるように、日本定番の調理法だ。
「へいお待ち。仙崎誠特製炒飯と油淋鶏。熱い内に食べろよ!」
炒飯と油淋鶏、それぞれ四人前を手早く皿に盛りつけて提供する。中華は温度も命。冷めた中華料理ほど不味いものはない。
「おい、しい。なんかムカつく。死ねばいいのに」
「確かに美味いな」
「誠兄さん、お料理できたんですね……」
双葉すらそんな風に思ってたのか……。とはいえ、これで兄の威厳は回復できたし、勝利はほとんど確実だろう。勢いのまま炒飯を頬張る四人を見ながら、俺は満足気に頷く。
「う――ん! おいしい! これはいくらでもいけますね! 味の決め手は、いったいなんなんでしょうか!」
「そいつは、もちろん……これだ」
そういって俺が突き付けたのは、主婦の皆様にはおなじみ、赤い缶に太字の〇覇。しかしお手軽だからといって侮ることなかれ、味〇は動物性エキスや化調がバランスよく配合された万能調味料だ。下手に味付けをするよりも、これひとつに頼る方がよほど味がまとまるというものだ。
「おなかいっぱい。久しぶりに結構食べたかも」
「美味かった。誠、また作ってくれよ」
「ごちそうさまでした。やっぱり炒飯は火力が命なんでしょうか……」
こういう料理対決の場合、少量しか出さないか、もしくはあえて残すのがふつうだ。空腹感による差を無くすためだが、熱々の中華を前にして腹いっぱい食べずにいられる人間なんているはずがない。
彼女らの満腹も俺の作戦の内のひとつ。大人げない? 勝負のためにあらゆる手段を講じるのが、大人というものだ。
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