4-2 仙崎誠、古事記にもそう書かれている

※お詫び 2019.08.07

「4-2 仙崎誠、古事記にもそう書いてある」と「4-3 仙崎誠、シスター・シスター」の順序が入れ替わっていました。

謹んでお詫び申し上げます。



「双葉、帰ってたんだ。早いね。――って、誠……兄さん、なにしてる」

「お姉ちゃん! た、助けて!」


 突如リビングに闖入してきた晶子。この時間帯、家には誰もいないはずなのに、しくじったか。


「どうしたの。あの変態童貞マスかき性病野郎に、なにかされた?」


 ひどい言われ様だ。童貞なのに性病持ちっておかしいだろ。


「ううん、『まだ』なにも……」

「おいゴミ。私の妹にその精液臭い手でなにをしようとした」


 いまゴミって言わなかった?


「別に変なことするつもりはねーよ。ただ、兄妹の絆を深めようとだな……乳首をつねろうとしてただけだ」

「やっぱりそのつもりだったんじゃないですかぁ!」

「兄が乳首をつまむことで、妹との愛情をはぐくみ、引いては家庭円満につながる、なんてことは古事記にすら書いてある、日本人の常識だ。志津香を見てみろ、もはやあいつは俺が乳首をつねろうとするだけで甘い声を出し、ひとつねりすれば全身から汁が飛び散り、ふたつねり目にはアヘ顔Wピースだ」

「そ、そんなことはないような……」

「まぁ、ともかくだ。志津香、彩音、佳純、晶子と来て、あとは双葉だけだ。観念しろ」

「お姉ちゃんまでいつの間に……。いや、いや、助けて! お姉ちゃん!」


 切実な叫び声をあげて、晶子の胸に飛び込む双葉。だが晶子など所詮、俺の乳首クリップの前に、畜生以下の悲鳴を上げて地に伏すのが運命。

 一歩、一歩踏みしめていく。近づくたびに、晶子の視線が厳しいものとなっていく。もしも彼女が妹を守るために動いたのなら、その一瞬の隙を突いて、双葉に肉薄する。プランは完璧だ。剣道四段の足運びを舐めるなよ。


 と、ついに晶子が動いた。それに合わせて、俺も動く。絶妙な重心移動と足捌きで以て、目の前の相手からは煙のように消えてなくなる歩法を駆使し、晶子をかわそうとしたところで、


「ん。どうぞ」


 ぽんっ、と俺の目の前に双葉が差し出された。

 あまりにもあっけなく、頼りにしていた姉に裏切られ、双葉は目を丸くして驚くばかり。


「な、なんで! なんでお姉ちゃん!」

「この間、部屋から追い出されて鍵まで掛けられた仕返し。それに……女は、兄に乳首をつねられて大人になるもの」


 訳:私だけつねられて、お前がつねられていないのはおかしい。


 恨みつらみや八つ当たりをひっくるめて、晶子は裏切りを決意したらしい。ふだんハイライトの入っていない瞳が、いまはキラキラ輝いている。


「そこまで言われちゃ、俺も心を鬼にして双葉の乳首をつねるしかないな。獅子は子を千尋の谷に突き落とす。双葉、苦しいのはお前だけじゃないんだ、分かってくれ」

「うそ! うそ! 誠兄さん、顔がにやけてますよ!」

「まぁ、細かいことは一回つねられてから話そうや」


 諦めの悪い妹に現実を教えるために、俺は手刀一刀のもと、彼女の上着を取り除く。

 厚手のコートという外皮を捨て、あらわになる双葉の乳房。いまだ衣服に包まれているが、四人の妹の乳房を鑑賞してきた俺には分かる、彼女は着痩せ型だ。これは実食が楽しみだ。


「ささ、どうぞ。お兄様。四肢はこの晶子めが取り押さえておきます」

「良きに計らえ」

「お姉ちゃん、口調まで変わっちゃってるよぉ!」


 そろりと手を伸ばす。


「いや、いや……やめてぇ」


 双葉の瞳に雫が映る。あれをひと舐めすれば、いったいどれほど甘露だろうか。食後のデザートまで用意してくれるとは、至れり尽くせりとはこのことか。


「だめ、だめ……ほんとに……」


 残り5cm。それでもなお双葉は往生際悪く嫌々している。が、もう遅い。


「ターゲット、ロック、オ――」

「ほんとにダメ――――――!」


 双葉が、いままでに聞いたことがないくらいのボリュームで金切声じみた絶叫をあげるもんだから、さしもの俺も動きが停まった。間近で聞いた晶子は音爆弾を食らった某ゲームの怪鳥みたいになっている。


「ほんとに、ほんとに、ダメなんです。だって、だって、私……」


 そして彼女の口から発された次の一言は、俺をして混乱せしめるものだった。


「彼氏が、いますから……」


「は?」

「は?」


 俺と晶子の声がぴったり重なる。目を合わせて頷き合い、もういちど、


「は?」

「は?」


「だから、彼氏がいるから……その……いくら誠兄さんが相手だからって、申し訳が立たないというか、なんというか……」

「あー、カレシ、カレシね。知ってる知ってる。おでんとか肉まんに付けるやつな」

「それはカラシ。カレシっていうのは、……殺してもいい人類って意味の言葉。辞書にもそう載ってる。兄さん車借りる」


 言うや否や、車の鍵を握りしめ、駆け出す晶子。


「ステイッ、ステイッ。まだだッ、まだだッ。落ち着け晶子」

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」

「まずは詳しい話を聞こうじゃないか。そのあと、ゆっくり車で轢き殺せばいい」

「チッ……誠兄さんがそこまで言うんだったら仕方ない。ぺっ」


 最近、志津香と仲良くしてるせいか、だんだん仕草が似てきたな。


「詳しい話って言っても、言葉通りの意味で。同じクラスの田内くんって言うんだけど、ちょっと前から、お付き合いを……」


 もにょもにょと恥ずかしそうに、言いにくそうに、手を揉みながら事情を話す双葉は、まさに恋する少女そのもの。


「見ろ晶子、双葉のあの嬉しそうな顔を。お前にあの顔が出来るか? メスの幸せを噛みしめてる、あの顔が」

「双葉は、ついにメスになったの。悔しいけど、いつかはやってくること。受け入れるしかない」

「メスって言うのは、ちょっとぉ」


 双葉の肩に手を置き、こらえきれない涙をぬぐいながら、しかし俺は、妹の成長を祝福せずにはいられない。


「ううっ……お前の姉ふたりは未だに彼氏がいないどころか、兄におっぱいを揉まれて喜んでるというのに……双葉、偉いぞ!」

「別に喜んでない。目噛んで死ね」

「そ、そんな大げさな。でも、誠兄さんも祝福してくれて、よかったです」


 むず痒そうに、けれど、心底嬉しそうにはにかむ双葉――


「まぁ、それはそれとしてつまむんだけどな」


 俺の説得に成功したものだと、安心しきった双葉は隙だらけだ。

 手をすこし伸ばせば届くような距離にある乳首を、俺が見逃すはずがない。


「イヤーーーーーーーーーーーー!」


 次の瞬間、視界から双葉の姿が消えていた。なんのことはない、俺の顔が真後ろを向いただけの話。ではなぜ真後ろを向いたのか。それは双葉のビンタが炸裂し、俺の首を180度捻る威力があっただけという話。


 俺は全治一週間のむち打ちになった。

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